1-11 魔法の可能性、武術の誘惑。 

 1-11 魔法の可能性、武術の誘惑。 



 そして夜。

 全然眠くならなかった。まあ当然だろう。


「昼間寝過ぎた」


 みんなは寝てしまったが俺は車を抜け出した。

 エルメアさんとルトナの抱き枕状態だったので結構大変だった。柔らかくて大変だったとかいうことではない。純粋に拘束されていたのだ。


 獣人の人たちは習慣として一つの寝床で、家族が丸まって眠る習慣がある。らしい。俺もその中に引きずり込まれたわけだ。

 かなり寝心地がよくて昼間爆睡してなかったらきっと眠っていただろう。


 だがしかし、今俺は起きている。


「さて、やってみようかな」


 目がさえてしまっているのでぐうたらするのはもったいない。ここでひょっとしたらと考えていた魔法を実行することにしてみた。


 まずは設計デザインを起動、イメージを固めていく。

 最初はできるだけ簡単な構造でいいか…

 次に魔法の行使。


【スバーハ・パーティクル・機械の腕】


 結構使いなれてきたな。対象は水だ。水の分子に魔法が浸透し、ゆるゆると動き出す。

 細かい霧のような状態で舞い上がり、俺の腕の付け根に集まって形を成していく。


 対処のイメージはただの円柱だ。これがうまく行かないと話にならない。


「よし、いい感じだな。魔法の制御を魔導器に任せて自動にする。こうすればいちいち意識を向けなくても済む。

 もしこの機能がなかったらこんなめんどくさいことやろうと思わなかっただろう。魔法を自分で制御するのは結構集中力がいる」


 そしてだんだんわかってきた。この魔導器というのは魔法の杖というよりもむしろコンピューターみたいなものだ。

 術式を撃ちこんでやるとそれを処理して実行するデバイス。

 容量とかあって、その範囲内ならいくつものタスクを並行して処理できる。魔法が持続型であればそれを実行し続けるとともに、別の魔法を行使することもできる。

 どこまでできるかは魔法の情報の重さに寄るわけだ。


 現在俺がやっているのは、たとえは『基本魔法』というアプリケーションを使っているようなものだ。そのアプリを立ち上げて、使う魔法を指定して実行させる。その魔法の中に【パーティクル】とか【ディスインテグレーション】とかがあるわけね。

 このアプリの起動キーが【スバーハ】なわけだ。

 そんなこのアプリ、正式名称は『アルケミック・マギ・イク』というらしい。


 それとは別に『コンパイラ』というようなソフトもあって、こちらは外から術式を入力してやるとコンパイルして実行してくれる。

 つまり呪文の詠唱などをすると魔法を実行してくれる機能だ。つまり俺も呪文を詠唱すると魔法が使えるということだな。すごい。魔法使いだ。俺魔法使いになっちゃったよ。


 他にも緊急時に自動起動する『生命維持』とか、まだ何に使うかわからないが『読み取り』とかがある。もちろん『異空間収納ゲート』もそうだし、他にも『ストレージ』というのもある。

 この世界の大昔はこんな道具が生きていたんだねえ…そりゃ物凄い文明だったんじゃないかな…

 そんな文明もいつかは滅びるわけだ…諸行無常だね…


 さて話は戻るが俺の腕には太さ7センチぐらいの水の棒がくっついている。関節がないので肩からまっすぐに伸びだただの棒だ。なので今度は関節を作る。

 ただ人間の手のようにフレキシブルに左右にも上下にも動く関節は難しい。だから単純に肘のところに曲がるだけの関節を作る。二本のでっぱりで一本のでっぱりを挟む構造の単純な関節。そして動かしてみる。


「よし、うまく行った」


 ただこれだけだと可動範囲が狭すぎるので、ひじ関節の上に回転する関節を作る。

 これも構造が単純だから簡単にできる。


 これで肘はほぼ人間の腕と同じように動く、というか逆側にも動くし、回転はどこまでもだから可動範囲はかえって広いな。

 構造的にはプラモデルを思いだせばいい。


 さて、なんでこんなことができるかというと、この魔導器のアプリの中に『アニメーション』というのがあるからだ。

 これは『命のない物を生きているかのように動かす』ためのアプリだ。


 うん、確信した。前についてた金属製の義手のことと併せて考えるとこの魔導器の前の持ち主は隻腕だったに違いない。この魔導器は義手兼、魔法の杖だったんじゃないかな。


「よし、成功だ」


 そして今俺の義手が誕生した。いや、その元かな。現在の俺の義手はただの棒だ。それでも先端にフックをつければ某船長のような義手になるだろう。それで実用性がないかというとそうではないと思う。

 だがここまでやれたのだ。もっといろいろなことができるのでは? と考える。


 では次は指だな。


 人間みたいな…なんて贅沢は言いません。地球にあったようなマニピュレーターのようなものでいい。

 設計でイメージを固めていく。が……


「あかん。まともに動かんがな」


 五本つけた指をしばらく動かそうと悪戦苦闘して、全身に変な風に力を入れてみょうちきりんなポーズをさんざん決めた後俺はこれを断念した。


 はっきり言って動きの自由度が大きすぎて、イメージ通りに動いてくれないのだ。イメージが追い付かないのかな。

 動き過ぎたり動きが足りなかったり、ちょうどなれないピアノを弾くときに指がひきつれてうまく動かないような感じ。

 だがここは前向きに行こう。


「つまり慣れれば何とかなる」


 そう気楽に構えてみる。

 だが現実に今は動かない。ではどうするか。動きを制限すればいい。


「じゃあもうちょっと単純に」


 次に作ってみたのは指というよりは爪。片側二枚、片側一枚、板状の爪が開閉するだけの簡単な構造のクローアーム。


 動かしてる。


 カシャカシャカシャカシャ。


 うん、大丈夫だ。これならいける。

 ただ、なんか脳がざわざわするような感じがするのが気になる。この魔法って脳の神経系に何かフィードバックとか来てるのかな?


 そうそう、こういう時はイデアルヒールの魔法だ。


 よし、落ち着いた。


 とりあえず体を支えられるし、ものも掴める。間に合わせとしては十分だろう。

 俺はとりあえず足元に落ちていた木の枝を拾ってみる。


 バキッという音と共に簡単におれた。


「・・・うん、何事も練習が必要ということだな。俺は真理を見つけた。あっ、そうだ。あれもやっとくか」


 ズムッ!


 近くに生えている木の幹を殴ってみた。爪を閉じて握り拳を作るような感じで殴ってみたのだ。

 何かを殴ったような感触は帰ってくる。やはり何かの情報は帰ってきているな。

 感触としては…


「ゴムハンマー?」


 そう、ゴムの塊で硬い物を殴ったような感触だ。

 ついで正拳突きを…してみようとして失敗。

 左手を腰だめに引いた時に関節が回りすぎてしまった。突き出すときも同様。斜めに回転してしまう。


「これはあれだな、手を突き出すスピードと関節の回転がうまく連動していないでちぐはぐになっているんだ」


 その証拠にゆっくりやるとできる。

 何回か繰り返すうちにだんだんうまく行くようになってくる。

 俺は練習でより複雑で高性能な義手を作り、使える手ごたえを感じた。


「すごいね、それも魔法かい?」

「にゃーっ!」


 いきなり声をかけられてびっくりしたー。

 そこにいたのはシャイガさんで、問題はないんだが、この人今俺の知覚に引っかからずにそばまで来たよね。

 俺が緩いのか、それともこの人がすごいのか…どっちだ?


「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだけどね…ちょっと見せてごらん・・・・・うん、構造はすごく単純だけどよくできているね、ものを上手に掴むのは難しいかもだけど、普通に殴り合うぐらいなら問題なくできるだろうね、それに今の木を殴った感触だと…攻撃力も結構あるかもしれないよ」

「ほんと? よかった」

「それにしてもこの魔法はいつも使えるのかい?」


 いつも使える? どういう意味…あっ、そうか。


「腕の魔導器が自動で維持してくれるから、いつでも大丈夫」

「魔力は足りるのかい?」

「魔力はですね…」


 俺はちょっと自分の中に意識を向ける。確かに少しずつ魔力が消費されているけど、それと同時に回復もしている。

 そして回復量の方が多いようで、常に満タンな感じがする。


「使う量も少ないから、いつもやりっぱなしができるよ」

「そうか…」


 そう言うとシャイガさんは黙り込んだ。

 そして少ししてもう一度口を開く。


「ディア君、君が家の子になりたいと言ってくれたのは俺はとてもうれしいよ。積極的にお仕事も手伝ってくれるし、その能力もすごいと思う。

 でもね、いや、だからこそ、本当にいいのかい。

 これだけの才能があれば、おそらく素晴らしいギフトをも持っていると思うんだ。そしてギフトというのは大概天職に通じるものが多い。

 それを考えれば君は魔法使いの道に進むべきなんだと思うんだよ」


 その話を聞きながらお人よしだなあ、と、心の中で苦笑する。

 エルメアさんは天然で多分あまり難しく考えてない。武術の才能のありそうな子供を見つけたから確保しようという程度だともう。

 だがシャイガさんはちゃんと計算のできる人だ。

 俺が仲間に加わることの利点に気が付かないはずはない。


 まず魔法の利便性、これはまだまだ検証が必要ではあるが将来性は多分バカみたいにある。

 まず水の保持能力。ほぼ際限なく飲み水を確保できる能力は荒野を旅するにおいて恩恵以外の何物でもない。

 さらに異空間収納。時間凍結のできる収納は狩りをする彼らにとって無敵と言っていいアドバンテージをもたらしてくれるはずだ。

 なのに彼は言うのだ。それでいいのか? と。


「ディア君はよく覚えてないかもしれないけど魔法使いって言うのは実はあまり多くないんだ。特に実力のある魔法使いはとても少ない。だから魔法の才能がある子供が希望するなら王国が運営する魔法学園という所に無償で入れる。しかもここを卒業すれば後の仕事に困るような事はないという話だよ。

 ディア君ほどの実力があれが間違いなく将来が保障される…はずさ」


 ホウホウ。そう言うのもあるのか。

 しかし魔法使いって少ないのか? なんかずいぶん簡単に魔法を使ってきた様な気がするが、結構お手軽に…タダで…ここ重要。


「うーん、実は俺も魔法の才能がないから詳しくはないんだが、常識としてな」


 まず魔法を使うには魔導器がなくてはならない。まあこれは聞いた。

 さらに魔力がなくてはならない。そらそうだ。

 さらに呪文の詠唱ができないといけない。とりあえずどんなものかはわからない。が難しいらしい。

 しかし意外と大変なのか?


 だが逆にそれがそろえばだれでも使えるのが魔法というものらしい。

 うんうん魔法文明だからね、そうでないといけないよね。


 ただ才能に差というものはある。

 一番簡単な『火をつける魔法』『ちょっと水を出す魔法』『光をともす魔法』『ちょっと汚れを落とす魔法』などは呪文も簡単で、魔導器も高性能なものは必要なく、消費魔力も大したことないので努力すれば結構誰でも使えるらしい。


 まあ魔導器自体がピンキリではあるがそれなりにお値段がするので、みんなが魔法を便利に使っているという所まではいかないらしい。一家に一台の贅沢家電。という感じか?


 だが高度な魔法になると使える人間は極端に減ってくる。

 呪文が難しくなる。多くの魔力が必要になる。高度な魔導器が必要になる。


 まず獣人には一〇〇%いない。彼らは自分の体外に魔力を放出するのが苦手な種族だそうで、高位の魔法は全く使えないそうだ。

 人間は才能しだい。さっきのグラトンのような魔物と戦えるレベルの攻撃魔法を使える人間は一〇〇人に一人ぐらいらしい。


 魔法は一番簡単な物が第一位階魔法と呼ばれ、一番難しいものが第八位階魔法と呼ばれている。この位階が上がるごと魔法を使える人間が減り、第五位階魔法が使えるようになると『宮廷魔導師』みたいな職につけるらしい。第六まで使えれば『宮廷魔導師長』確定だって。

 歴史に残る大賢者みたいな人が第七位階魔法を使ったという記録が残っていて、第八は過去の文献の中に伝承として見られるぐらいだそうだ。


 つまり第五位階魔法が使える人は世界で数百人ぐらい。第六位階レベルになると数十人というレベルらしい。ちなみに現在第七が使える人は聞いたことがないそうだ。


「ディア君の魔法は多分第三位階ぐらいにはなると思う。魔法使いになれば将来は約束されたようなものだと思うよ」


 うん、それはここで生きて行くうえでとても魅力的だ。だが俺にはもっと魅力的なものがある。


 健康と、それに支えられた躍動する肉体。

 憧れて憧れてついに手に入れられなかったもの。

 夢にまで見たもの。

 手に入れることができなくて何度ほぞをかんだことか…

 それが目の前にあるのだ。


 ああ、感謝でいっぱいになってしまう。


「シャイガさん、僕は武術家になりたい。自分の身体をもっと上手に使ってみたい。どこまで行けるのか行ってみたい。限界を見てみたい」


 多分この情熱は事情を知らない人には伝わらない。でも俺の目はきっと燃えていた。

 きっと他を圧倒するほどに燃え盛っていた。


 説得力抜群。


 一瞬たじろいだような反応を見せるシャイガさん。

 彼はそのあと苦笑したようにただ一言『わかった』とそう呟いた。


 きっとこの瞬間、武術家『ディア・なにがし』の人生が始まったのだ。

 ・・・いや、武術家になれるとは限らんけどね・・・

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