1-07 初戦闘で圧勝だ。あれ?
1-07 初戦闘で圧勝だ。あれ?
獣脚類に分類される恐竜。有名どころを挙げるとラプトルやTレックスなどがこれに分類される。
今、目の前のインパクトサウラを遠巻きにするように近づいてくる恐竜はそれに近いシルエットの恐竜だった。
頭の高さは二mほど。全長は五m。頭が大きくスタイルとしてはラプトルよりTレックスに近い、だがTレックスと違って前腕が大きく、爪も凶悪そうだ。
そして全身の質感はワニを思わせる物だった。羽毛ではなくワニ革。ただし色はカラフルでなかなか美しい。
「
?
首をひねるオレにシャイガさんが話してくれたことによるとこのグラトン、どうもライオンのような性質のハーレムを作るらしい。
つまり若い雄はある程度育つと群れから追い出されて独り立ちを余儀なくされる。その時に兄弟と行動を共にすることがあるのだとか。
数は六匹。話からすると腹を空かせているのかもしれない。それで絶対に勝てないと分かっていてもインパクトサウラの後ろをついてきてあわよくばというようなことを考えているのかもしれない。
「あれを見てごらん、ひと際小さいのがいるだろう? あれは多分生まれたばかりだ。生まれて四、五日と言う所かな。たぶんグラトンは出産時の血の匂いにひかれて付いてきたんだろう」
シャイガさんがインパクトサウラの群れを指して教えてくれる。
インパクトサウラの方は恐竜というより象に近い生態を持っているらしい。直接子供を産み。生まれたばかりの大きさ数メートルの赤ん坊を庇いながら群れで旅をする。
所変わればとはよく言ったものだ。
「さて、ちとまずいな、エル! ルティー!」
「はい、あなた」
「はーい」
シャイガさんが指示を飛ばす。
「ディアちゃんこっちだよ」
「あいつらは確かにインパクトサウラの子供を狙っていたんだろうが、もっと襲いやすい獲物があればそっちに来る。
インパクトサウラの方も移動を始めているし、距離が離れればこっちに来るぞ」
あっ、なるほど。
「本当はこの子たちについていければいいんだけど、ちょっと方向が違うのよね、それにグラトンはお腹が減っているときは絶対に諦めないし」
インパクトサウラにくっついて行けば襲われる心配はない、だがインパクトサウラの進行方向は本来の目的地と違う方向だし、グラトンがあきらめないなら何日かついて行っても意味がない、意味がないどころかより危険な草原の奥に行ってしまう可能性もある。
対処方法としては…どうすんだ? すでに武器とか持っているけど…
「まあ、迎え撃つしかないというわけだな」
マジか!
それからの行動は早かった。車を川縁に寄せて俺とルトナは中に入るように言われその通りにする。片側が川ということはそちらには気を遣わなくて済むということなのだろう。
それに車自体は大きくしかも頑丈そうな作りだ。
鎧牛のロム君はつながれることなく自由にされていて、それどころか鼻息荒く、地面を掻いていたりする。
妙にやる気になっているな。
シャイガさんは車の屋根から槍をおろし、それを構え、エルメアさんは両手に短めの剣を装備する。双剣というやつだな。
やっぱり闘いなれているのか様になっている。
なってはいるんだが…
「大丈夫かな?」
そう思わざるを得ない。
なぜって人間は動物としてはかなり脆弱な生き物なのだ。
どのぐらい脆弱かというと、地球では『本気になった中型犬よりずっと弱い』と言われるぐらい弱い。
それが五mもある肉食恐竜相手に戦って勝てるのだろうか…
「大丈夫だよ。お父さんもお母さんもロムちゃんも強いから」
そう言って俺の手を握るルトナの手は少し震えているように感じられた。
そして異世界で始めて(記憶に残る限りでは)の戦闘が始まる。
◆・◆・◆
シャイガさんはグラトンが近づいて来るのを待つのではなく、こちらから打って出ることにしたようだ。
インパクトサウラはゆっくり枝葉を食みながら移動を始めている。それでもまだ距離が近いためにグラトンはここまで寄ってこない。
つまり腰が引けているのだ。
こちらから仕掛ければ機先を制することができると考えたらしい。
それに旗色が悪くなれば後退してインパクトサウラの影響範囲に逃げ込むこともできる。手負いの獣という言葉もあるぐらいなのでそれで安全とは言えないがある程度近づいて来ればインパクトサウラも子供を守るために威嚇などの行動に出るかもしれない、状況をうまく利用するのは生活の知恵だそうだ。
それにほんとかどうかわからないがグラトン程度なら一対一なら負けないとシャイガさんは言っていた。
なのでシャイガさんは足音を消しつつグラトンに近づいて行き、ロム君はまるで大地を踏みしめるように堂々と進んでいく、エルメアさんは俺たちの護衛ということで車の近くに陣取っている。
これが危機感の違いとでもいうのか、あっという間に戦闘モードでここは戦場な世界になってしまった。たぶん日本人ではこうはいかない。
彼らの日常には戦闘があらかじめ織り込まれているのだと理解させられる一幕だった。
そして戦闘は静かに始まる。
俺は馬車の中から目を閉じたまま件の視線でその行方を見守っていた。この視界はどうやら部屋の中などに閉じこもっていても見ようと思えば見えるらしい。
なんじゃこりゃ?
だがまあいい、おかげで戦闘シーンが手に取るように分かる。さすがに閉じた部屋の中からというのは難しいらしく、普通にしながらというわけにはいかない。ある程度意識を集中している必要があるみたいだ。当然話しかけてくるルトナの相手もおざなりだ。
その所為でルトナは俺がおびえているのだと思ったらしく、俺に寄り添ってしっかりと俺の肩を抱きしめてくれている。妙に温かくて妙にくすぐったい。悪くない気分だ。
だが実のところ俺はいざというときの後詰めの気分だった。
(よくわからないけど貰って来た魔法を使えば俺でも戦えるんじゃないかな?)
そんな風に思えたからだ。
この妙に気のいい家族が俺はいつのまにか気に入っていて、守りたいなどと思っていたりするのだ。
そしてとうとう戦闘が始まった。
ロム君がグラトンが入ってこない位置からしきりに威嚇を繰り返す。
グラトンはロム君が気になるらしく、しきりに吠え立てる。しかも右に左にと落ち着きなく走り回りながら威嚇をつづける。
それはシャイガさんにとって格好の餌食だった。
ギュヤァァァァン
シャイガさんが振るった槍が一頭のグラトンの足を切り裂いた。
素早く走り寄ったスピードと長物の遠心力の乗った一撃だった。そしてその槍は『白魔鋼』という金属でつくられた業物だった。
つまり先の話に出てきた魔物を切ることのできる武器だ。あとで聞いた話だが『魔鋼』『黒魔鋼』の上に立つ優れものなんだそうだ。
切られたグラトンはものの見事に脛にあたる部分を切り飛ばされた。
これは野生動物としては致命傷と言っていい。ここを生き延びたとしてもこの後生きて行く手段は皆無と言っていいほどないだろう。いずれ死ぬことになる。
かくして一匹が倒れ、残りは二匹。二匹がシャイガさんの方に走り出すのを飛び出したロム君が妨害する。勢いよく突進するロム君。
グラトンだってばかじゃない…いや、馬鹿なのかな? でもそこまでじゃない。
ロム君の肩の高さはグラトンの頭の高さとほぼ同じ、長さはグラトンの方が圧倒的だが体積はロム君の方がずっと大きい。この突進を、鋭い角をまともに食らえばひとたまりもないのはグラトンにだってわかったのだろう。一頭が警戒しつつもロム君と対峙する。
俺の見立てではロム君圧倒的有利。
残りの一匹はVSシャイガさん。
槍で戦うかと思ったシャイガさんだが意表をついた。
槍を思いっきり投擲したのだ。ロム君が対峙しているグラトンに向けて。
槍は狙い過たずグラトンの胴に刺さった。シャイガさんて何気に達人だろうか?
槍が刺さったグラトンは一瞬槍に気を取られる。そしてそれは致命的な隙だった。
ロム君はそのスキを逃すことなく突進。ロム君の二本の角がグラトンの腹に刺さる。しかしそれで止まったりしない。パワーが圧倒的なのだ。ロム君はそのままグラトンをまるでブルドーザーか何かのように怒涛の突き押し。グラトンが倒れようが何しようがお構いなしだ。
多分あれって刺さった角で内臓ぐちゃぐちゃだと思う。
あっ、口から血を吐いた…やっと角が抜けたと思ったらロム君かその上を走りぬける。驚愕の踏み潰し攻撃。強すぎるぞロム君。
哀れグラトンは腹を踏みつぶされてご臨終。
そのころにはシャイガさんの方もけりがついていた。
シャイガさんはまるでというか本当にそうなんだろうけど武術の達人のようにゆらりゆらりとグラトンを躱す。
それは奇妙な動きだった。
シャイガさんが左手を振るとグラトンはその左手に気を取られ、すいっと前進する。シャイガさんの脇を通るように。
つまりグラトンはシャイガさんを自分の真横に位置させてしまったのだ。
シャイガさんからは至近距離、真正面。
しかしグラトンからはもっとも遠く攻撃しづらい位置。
シャイガさんが足を引き、合わせて右の拳を引く。
シャイガさんの身体から光の靄が立ち上るのが見えた。その靄はシャイガさんのうごきに合わせるように渦を巻き…
ズドン!
シャイガさんがグラトンの腹に拳を打ち込んだ。
衝撃が広がったように見えた。光る靄は螺旋を描くように前方に突き抜ける。まるでグラトンを蹂躙するかのように。
んぷっ!
グラトンの鼻から鼻水が飛ぶ。そして口がだらしなく開きよだれが…
グラトンはそのまま地に倒れ動かなくなった。
シャイガさんの放った光の靄、つまり魔力の渦がグラトンの何かを決定的に破壊したのだ。
グラトンの身体から急速に生命の光が消えていく。
すごい圧倒的だ。
俺は高揚していた、命がけの闘い、そこで味方が圧勝する。これほど血沸き肉躍るシチュエーションは今まで見たことがない。
あっという間に三匹のグラトンを…ん? 三匹? 六匹じゃなかったか?
いかんあと三匹何処に行ったんだ?
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