1-08 魔法で戦ってみよう。

1-08 魔法で戦ってみよう。



 その三匹を探すのは簡単だった。

 どこにいるのかなと意識を向ければ何となく引っかかる方向があり、そこに意識を集中すれば重なりあう風景の中からあいつらが見えてくる。距離感もばっちり。


「いた…」

「なに?」

「ん~ん、なんでもない」


 いかんいかんつい声に出てしまった。


 当の三匹のグラトンは、川岸ぎりぎりを、時には川に踏み込みすらしてこちらに向かっていた。

 どうやら先の三匹はおとりというか陽動であったらしい。

 三頭がシャイガさんたちの気を引いているうちに残る三匹がこちらに接近する。もっとも狙いはインパクトサウラの子供であったのかもしれない、そこに俺達がいたから結果的にそう言う形になったのだろう。


 シャイガさんの話だとグラトンというのは水が苦手なんだそうだ。まず泳げない、だから水に入ることはない。そう判断したから車を川岸に寄せたんだがそれが仇になってしまった。


 俺は思う。このグラトンは間違いなく手ごわい。


 野生動物なのだから本能的な部分には逆らい難いはず。だが自然の中には時たまそれを踏み越えることができる個体が生れることがある。

 人間でいえば天才というやつだ。

 水に対する苦手意識を克服し、あまつさえ部下を従えて川を進んでくる。

 ふつうはできることじゃない。


(だとするとちょっとやばいかな…このままだとエルメアさんが一人で三匹相手にしないといけなくなってしまう…シャイガさんはまだこっちには気づいてないか…)


 となるとここは俺が出るべきだろうか? 魔法で何とかなるかもしれないしな。というかなりそうな気がする。よし、行こう。


 俺はすっくと立ち上がってドアを開け、外に顔を出した。グラトンはもう結構近くまで来ている。


「どうしたの? っ!」


 グラトンの姿を確認したのだろう、ルトナが息をのんだ。


「おかーさん、こっちから魔物がくるよー」


 エルメアさんの反応は早かった。あっという間にこちら側に駆けつけるとグラトンの姿を確認してシャイガさんを大声で呼ぶ。だがそれでグラトンは奇襲に失敗したことを覚り、全力で駆けだした。

 当然シャイガさんが間に合うタイミングじゃない。

 ならやってみよう。


スバーハ魔法起動パーティクル粒子制御


 俺は魔導器の中の便利魔法を起動する。記録されているものの中から使いたいものを選択し、起動キーを入力してやるだけだ。細かい調整はイメージでやるらしい。

 この魔法【パーティクル】というのは粒子を操る魔法だ。実際使ってみて分かったが、ここでいう粒子というのは小さな粒のことだ。大きいものは砂粒ほど、小さいものは分子サイズまで。その細かい存在ものの動きを制御する魔法だ。


 魔法の起動と同時に俺の魔力が川の水に溶け込んでいく。水の分子、その集まりである水が俺の意識とつながった。俺の意思に従って水が動くようになる。これ面白い。


 感覚としてはおもちゃのスライムをつまんで動かすような感じと言うと分かるだろうか?


 怪獣のおもちゃが置いてあって、そのわきに大量のおもちゃのスライムがある。そのスライムを手で操ってその怪獣を包み込んでしまうような感じだ。

川縁を走ってきたグラトンが横から押し寄せる水の塊に絡み付かれる。


 まさに水に襲われるグラトン。予想外の攻撃を受けて、更には苦手な水の攻撃だったためにさすがにあせったのだろう。そのグラトンは足を滑らせて転んでしまう。そこに押し寄せるうねうねした水の塊。


 これは本当に巨大スライムに飲み込まれたような絵面だ。

 粘性が高いのかグラトンは自由に暴れることもできない。

 知恵なき獣の悲しさだろうか、あるいはカナヅチであるが故か、人間なら息を止めて姿勢を立て直し、まだ抵抗出来たかもしれない。だが泳げない生き物にそれは無理な話だった。

 そのまま呼吸をつづけてしまう。


 だが肺の中に入ってくるのは当然水ばかり。そして陸上生物の気管というのは異物の侵入を確認するとそれを排除しようとする機能がある。

 つまり肺の中の空気を使って異物を押し出そうとするのだ。


 入り込んだ水にむせ返り、しかしそこは水の中。肺の中の空気を吐き出しつくしても入ってくるのは水だけ。

 少しの間激しく暴れたグラトンだったがすぐにぱたりと動きを止め、水の中心に力なく浮かんだ。ご愁傷さまである。


 残された二匹もあわてた。

 頼りになるはずのリーダーが、いきなり苦手な水に襲われ、飲み込まれてしまったのだ。

 グアグアとなきかわし、混乱している。だがそれで何かできるわけでもない。


 かなり頭のいい個体のようだったが見せ場がなかったな…哀れ…


「向こう側をお願いします」


 俺はエルメアさんの脇を抜けて前に出る。残りのグラトンを相手取るためだ。

 エルメアさんには一頭を受け持ってもらおう。この感じなら問題ないような気がする。


 エルメアさんはちょっと驚いたような顔をして、そのあと苦笑を浮かべて引き受けてくれた。


 本当は引きとめたそうなのがありありだったが、目の前でこの魔法を見せられれば大丈夫にも見えるだろう。

 それでも。


「お父さんがこっちに走ってきてるから無理はしないのよ。時間さえ稼げば大丈夫だからね」


 この気遣いに「はい」と返事をして俺は残された二頭のうち、俺に近い方の一頭と対峙した。

 グラトンは逃げればいいのにやる気のようだ。なんでだ?


 グアッ、グアッ、グアッと鳴き声を上げるグラトン達。


「そうか…向こうのグラトンを呼んでいるのか」


 おそらくそうなのだ。まだこいつらは陽動に残った三頭がやられたのを知らない。このグラトン達にとってはやられたのはまだ群れの一頭でしかないのだ。

 それにこいつはなかなか体格がいい、ひょっとしたら群れのナンバーツーとかじゃなかろうか。

 ナンバーワンがいなくなった今、群れを掌握するチャンスなのかも…いやわからんけど。


 さて、俺としてはシャイガさんの救援を待つつもりはない。

 自分の手でこの魔物を始末するつもりでいる。


 命のやり取りだが忌避感は感じなかった。生き物を殺したという重さは感じなかった。


 いや、これが一方的な虐殺とかならさすがに気持ちが悪いと思ったかもしれない。だがこれは戦いだ。勝ったものが生き残り、負けたものは倒れる。それは対等な関係で、殺すとか、見逃すとか、そう言った上から目線の関係ではないのだ。

 人間だって生きるために戦わなくちゃいけない。

 多分そう言うことなんだ。

 俺の中に闘志が渦巻いていた。


 グラトンはこちらを警戒しながら横に動く、俺はその間に魔法を構築する。


 【デザイン】


 意味的には設計ということだな。この魔法はイメージを補助、補完する魔法だ。

 空中に透明のイメージ映像のようなものが見えてくる。イメージというのはそれ自体はかなりあいまいなもので、実際にこうして浮かべてみると細部や輪郭がかなりあやふやだ。

 それが目に見える『形』になることでイメージの明確化が急速に進んでいく。俺が求める形に向かって。


 そしてもう一つの魔法を起動する。

【スバーハ・パーティクル・アトモスシールド】


 この粒子制御の魔法はすごく可能性のある魔法だと思う。

 これはさっき水を動かしてみて思いついた魔法の使い方だ。

 大気というのはこうして動いているとそこになにもないように見えるが実際は酸素や二酸化炭素そして窒素に満たされている。つまり何もないような大気も分子の集まりで出来ているのだ。

 なにもないように感じるのは空気があまりに簡単に流動するためだが、空気抵抗というものを考えるとそこに明確に物質が存在することは分かるはず。

 だったらこの大気中の分子が逃げないように固定したら?


 ゴツン!


 飛び掛かってきたグラトンが口を開けた間抜けな格好で止まった。

 まるで分厚いガラスの壁にぶつかった様な感じだ。


 ガラスと違うのは固定が緩いのかそれとも魔法の限界なのか、ある程度は分子が動くらしい。ものすごく粘度の高いジェルの壁があるような感じだ。


「これは多分面には強いが点には弱いというやつじゃないかな?」


 ハンマーのようなものならば簡単に受け止められる。だが針のようなものや剣のようなものは受け止めるのに力がいりそうだ。

 そう言うのを相手にする場合はもっと分厚く強固にしないとだめだろう。うん、要研究。


 ちなみに盾は完全に透明。かすかな陽炎のような感じには見えるかな。形は円形、現在の厚みは五〇cmほどだ。


「よし、攻める!」


 俺は気合を入れた。


 でもどうやって?

 できればシャイガさんがやってたあの『魔力撃』みたいなのをやってみたいんだが…あれはかっこよかった。あれができるとこれからの人生、豊かになりそうな気がする。

 それに身長一メートルちょいの俺が全長五メートルのグラトンと戦うって、ああいうのでもないと無理でしょ?


 そんなことを考えているうちにグラトンが盾を回り込んできた。横に行けばこちらに来れることに気が付いたみたいだ。


 俺はグラトンの突進をひらりと躱す。こいつら動きがゆっくりだからここら辺は問題ない…ついでにシャイガさんを真似して横っ腹にパンチを一発。イメージは拳に集めた魔力が敵を破壊するようなイメージで…って駄目か、なんかすかってすり抜けた。

 ムズイぞこれ。


 さらに真正面からの噛みつき攻撃をかわす。でも今回は殴らない。顔って牙とかあって怖いし。それに今回は横に抜けたりせずにバックで戻っていくからそれほど隙が無い。


 あっ、今度はジャンプした。踏み付けというかラプトルみたいな足爪攻撃だな、これも躱す。躱しながら間にアトモスシールドを展開。ふむ、やっぱり爪のようなものは通りやすいな。それでもかなりの抵抗はあるみたいだ。足を取られるみたいにバランスを崩してくれた。

 そして魔力撃・・・失敗!


「うん、これはだめだな、一朝一夕にできるものじゃない。後回しにしよう」


 俺は魔力撃をいったんあきらめた。これやってるとお終らない。


 シャイガさんを確認すると、もう結構近くまで近づいて…近づいて…あれ? なんか遅くね? 動きがゆっくり目な気がするんだけど…

 あれ? ひょっとしてグラトンも遅いんじゃなくて俺が速いのか?


 ・・・あー、そうか、イデアルヒールを使って神経系を強化したんだった。魔導器に使われている神経細胞に合わせて…たぶん処理速度が早くなっているんだな。

 シャイガさんの動きを見て思うに、多分相手の動きが二割から三割ぐらい遅くなっているんじゃないだろうか。


 余裕をもってかわし、考え、反撃できる。

 二、三割りの差がこんなにおおきいとは…


 ちょっと慄いているとまた噛みつき攻撃がやってくる。それを今度はまた空気の楯で受け止める。そのまま離れるかと思ったがグラトンはそのまま空気の盾をガシガシ噛んで少しずつ前に進んでくる。

 ゆっくりなら進めることに気が付いたか、はたまた何か策を考えるような頭もないのか…

 顔を見ると後者みたいな気がしてくる。


 しかし自分の体の変化に戸惑っている暇もないな。まあいいや、これも後回しにしよう。


 俺は一歩下がってまた魔法を起動した。

 魔法の起動にも結構慣れてきたな。やってみると意外と使いやすいし、そして面白い。この魔導器というやつは本当に優れものだ。

 そして今度起動するのは【ディスインテグレーション】の魔法だ。


 これは対象を細かく分解する魔法。細分化する魔法。粉々にする魔法。


 !?


 ふと思いついてグラトンに直接かけてみた。直接分解できればそれだけで片が付く。と思ったんだが弾かれるような感じがあってうまく行かなかった。

 グラトンの中にこの魔法に対抗するような力があったのだ。たぶん魔法抵抗力とでもいうものなのだろう。


 だがこれは試しだ。それでもいい。次こそ本番。


【スバーハ・ディスインテグレーション・大地よ砕けよ】


 ちなみに呪文というか起動キーはディスインテグレーションまで、その後の大地よ砕けよはイメージを形にするための掛け声みたいなものだ。まあノリとも言う。


 俺はこの魔法でグラトンの足元の地面、これを徹底的に細分化する。

 ずぐっとグラトンの足が地面に潜った。

 だがまだそれだけだ。その足元の地面は非常にきめ細やかな砂のような状態になっていて踏めば足が沈み込むほどにもろい。だがそれだけともいえる。

 土自体に重さがあり、細分化された粒子同士に摩擦があるために足の沈み込むにも限界があるのだ。だがここで摩擦を下げる方法を俺は知っている。


【スバーハ・パーティクル・鳴動せよ】


 ぐぎゃあぁぁぁっ!


 グラトンの足がいきなり沈み込んだ。それこそ床を踏み抜いたかのように。

 その足元の地面は細かく振動してかすんで見える。俺は足元の砂を細かく、激しく振動させたのだ。こうすると砂と砂の間に空気の層ができ、砂粒は極めて流動的になる。

 これが水ならば液状化現象というやつだ。


 グラトンはもがき、何とか砂から這い上がろうとするがすでに手遅れ、その体は蟻地獄のような砂の中心に捕らわれてしまった。

 まるで陸上でおぼれているみたいだ。


 そして体の中の重い部分。お尻が半ば沈んだところで魔法解除。

「よし」

 思った通りに砂はただの砂に戻り、砂に埋もれたグラトンができあがった。これでもう簡単には抜け出せない。


「うん、いい感じだ。このコンボは落し穴ピットフォールと名付けよう」


 そして最後にもう一度魔法を使う。今度はメイヤ様からもらった【力撃パワーショット】の魔法だ。

 こちらの魔法は起動指示はしなくてもイメージだけで起動する。

 ここら辺がどうなっているのかよくわからん。


 目標を定めるために人差し指を伸ばしてグラトンを指す。

 指先にくるくると魔法陣が踊り、魔力が集まって小さな光弾を作る。光弾の色は白い光。

「撃て《ファイエル》!」

 なんて言ってみる。


 ズドン! 指先の魔力弾が勢いよく打ち出された。魔力弾は白金の尾を引いて一閃。グラトンの首筋を貫く。そしてそこで解けて魔力を開放する。

 その魔力は何かを、グラトンが生きて行くために必要な何かを完膚無きまでに粉砕した。

 それはあの世で見たあの世界の死を司る力だったように思う。


 グラトンの目から光が消え、ゆっくりとその活動を停止する。

 グラトンは『死』によって死をもたらされたのだ。


「見事だ」

「すごかったわよディアちゃん」


 俺は称賛の声で我に返った。

 エルメアさんはとうの昔にグラトンを仕留めていて、シャイガさんもいつの間にか帰ってきてどうやら俺の戦いを見物していたようだ。

 戦いというか魔法に夢中になってすっかり忘れてた。

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