1-04 異世界転生って記憶がないと転移と変わんないよね
1-04 異世界転生って記憶がないと転移と変わんないよね
俺はゆっくりと目を開けた。
よし、ちゃんと見える。
これだけでもほっとする。
次に指を動かす。大丈夫動く。
そしたら腕、次に足、更にクビを動かし、最後は腰のひねり。
全部問題なく動く。
問題ないどころかずいぶん柔軟な感じだな。生前という言い方もおかしいが前世ではあまり運動をさせてもらえなかったので体は硬かったんだよね。
それに比べればタコだよタコ。
ナンチャラ雑技団にはいれるほどしなやかに動く。
次に声を出してみる。
「あ゛~~~っ」
「がぁ~~~っ」
「メガネっ子大好きマイシャスティス」
よし、声も問題なく出るな。耳もちゃんと聞こえている。
そこまで確認して俺はやっと起きだした。
ちなみにメガネっ子ナンチャラは地球で凰華が使っていた携帯のメールアドレス。俺はソフトなオタクだったがあいつはコアだった。
まあ腐女子入っていた癖にその手の文言を使わなかったのは褒めてあげてもいいかな。もし完全な腐女子だったらさすがに別れていたかもしんない。
「にしてもなんか見えてはいけないものまで見える気がする」
この世にあるすべてのものが妙にキラキラとした粒子のようなものを放っていて、どうにも気になる。
「うーん」
ちょっと首をかしげてみた。
そしたらそのキラキラした靄のようなものがゆらりと揺れた。
反対側に動くとやっぱりゆらりと揺れた。
俺が動くと波紋が広がるようにキラキラが揺れる。
「なんだこれ? あっ、そうか、これが
何となく閃いてしまった。理解してしまったよ。なぜか通じるものがある。
これがエネルギーでしかも俺の意思に反応しているというのが分かってしまったのだ。つまり魔力というものなのだろう。
「あっ、やっぱり起きてた」
ガチャリと入り口のドアが開いて外から眩しい光が差し込んでくる。
その逆光の中に立つ麗しい影。けもみみ。
入ってきたのは女の子だった。
さっき川で桃じゃなくて俺の入ったボールを拾ってくれた子だ。
逆光で陰になっているはずなのにこの魔力の所為だろうか、目で見るのとは別にはっきりと姿が見て取れた。
本当にきれいな子だった。
尖った耳、ふさふさの大きなシッポ。髪の色は黒で肩のあたりで切りそろえている。瞳は青く澄んでいて、肌の色は健康的な肌色。
可愛い顔立ちに少し眉がはっきりしていて意思が強そうな眼をしている。その目が好奇心いっぱいに光っていた。
「ちょと待ってて、今お父さんをよんでくる」
そう言うと女の子は踵を返した。
うん、どうやら意思の疎通も問題なくできるみたいだな。
にしてもここはどこだろう?
そう思って確認するとどうやら箱馬車の中らしい。シンプルな作りの扉付きの馬車だ。いや、違った馬車じゃないや。どうも引っ張っているのが牛みたいだから牛車かな?
ぶも゛~~~~っ
かなりおっきい水牛のような動物がドアの前を歩いて行った。
多分全長で三mぐらいはある。しかも牛にしては足が太いし牛もどきかもしれない。
まあいいだろう、馬車でも牛車でもないのなら
そんなくだらないことを考えているうちにさっきの女の子が戻ってきた。
「坊やよかった、気が付いたんだね」
そう言ってやってきたのは二人、さっき川で見た男の人、そしてもう一人若い女の人。男の人の方は普通の人だ。つまり俺と同じ人間族とでもいえばいいのかな。
そして女の人の方は女の子と同じ獣人の人だった。
◆・◆・◆
「さあどうぞ、ゆっくりね」
「ありがとう」
俺は女の人が出してくれたスープを頂いた。
女の子の名前は『ルトナ・ナガン』ちゃんというらしい。
お父さんは『シャイガ』さん。女の人はお母さんで名前は『エルメア』さん。人族と獣人族ではあるがご夫婦で親子だそうだ。ルトナちゃんはハーフらしい。
このナガン家の人たちは『冒険者』と呼ばれる職業の人だそうだ。
なんでもこのあたりで狩りをしていて、獲物をまとめて町に帰る途中だったそうだ。
で現在地は『北部大草原地帯』という。
危険な魔獣が多数生息する広大なエリアのかなり南寄りでアリオンゼール王国という国の、ギリギリ国内と呼んでいいあたりだそうだ。つまりかなり安全なエリア。
そこを流れる川のほとりで彼らは野営をしていた。
昨晩のことだ。
で朝起きて出発の準備をしていたら変なものがどんぶらこと流れてきたので“まあ吃驚”ということらしい。
その流れてきた俺はいま車の外にしつらえられた簡単なテーブルで食事中。片手なのでちょっと食べづらいが物がスープなのでそう問題ではない。
むしろ景色に気を取られてそっちの方が問題だ。
ここから見えるのは目の前の綺麗な流れの穏やかな川。俺が流れてきた川だろう。
そしてその川を目でさかのぼっていくとそこには大きな山脈が横たわっている。かなり大きな山脈だと思う、まるで世界の境界であるかのように北から南に走っている。
そしてその反対側は広大な草原、緑の木々がまばらに生えるどこまでも広大な草原。大草原とはよく言ったものだ。
地球でもテレビでしか見たことのない広大さだった。
「この山脈の向こうって何があるんですか?」
俺はシャイガさんに聞いてみる。俺がこの山脈から流れてきたのなら、そしてこちら側が草原地帯であるならばその反対側は当然気になる。俺があんな目にあったのはそちら側である可能性が高いからだ。
「この向こうかい? この向こうは帝国だね、正式にはペイルイスヘム帝国。かなり大きな人族の国だ」
人族の国という言い方が気になったが…まあいいや。
となると俺はもともとこのナンチャラ帝国に住んでいたのかもしれない。そこで何があったのか、攫われたのか売られたのか、その結果この山脈の中にある変なところに連れ込まれてということなのだろうか…まあ想像だけどね。
「それでディア君でいいのかな? いったい何があったのか…分かるかい?」
ディアというのは俺の名前だ。
自己紹介の段になって俺は驚愕した、なぜなら自分の名前が思いだせなかったからだ。
上月龍三郎? それは前世の名前だ。
で、今生の名前を思い出そうとしたら出てこない。
自分がどこで生まれたのか。どんな暮らしをしていたのか。親の名前は? 兄弟は? そんな情報が全然思いだせなかったのだ。
記憶はある。あるんだがまるで古い記録映像を見るようにセピア色の音のないイメージがあるばかりでそれに付随する情報が全く出てこなかった。
それでも何とか自分が『ディア』と呼ばれていたことを思いだして彼らに伝えたのだ。
そして『何があったのか?』と聞かれてまた困った。
なにがあったのかは明白だ。頭のいかれた魔導学者とかいうのに人体実験され、切り刻まれて、最後は川に捨てられたのだ。
だがそんな事言って大丈夫かという心配はある。今現在、俺は左腕はないもののこうして元気だし、いろいろ信憑性が…
「えっと、よくわかりません…」
そう答える以外になにができるだろう。
そのあともいくつも質問をされた。親のことや、生まれた場所のこと、当然答えられない。
出てくるのは溜息ばかりだ…
涙がちょちょぎれるぜ。なんかこの身体になってから妙に感情に過敏に反応するような気がする。泣きたくなるような話ではあっても昔の俺なら涙なんか流すはずもないのに。
でナガン家の人たちは御弥陀を流す俺を『記憶喪失』の子供と認識したらしい。たぶんつらい目にあったんだろうと。
『大丈夫だよ、何があったのかわからないがきっと思いだせるさ』
そう言って慰めてくれた。
そうであればいいとは思う。
だが記憶以前に常識を思いだしたい。
さっき話に出たけど魔獣って何?
冒険者って何?
この世界の文化レベルってどうなってるの?
こりゃ生まれ変わりとか忘れた方が良いかもしれないな…ここまで情報がなくて地球の記憶ばかりだと異世界転生というよりほとんど異世界転移だ。しかもデンジャラスゾーンになにもわからないまま放り出されるパターンの。
情報を早急にかき集めないとマジで詰んでしまう。
ふむ、してみれば記憶喪失というのは悪くないかもしれないな…いろいろ根掘り葉掘り聞いてもあまり不審がられなくて済むかもしれない。
とりあえず魔獣のことから聞いてみましょう。
「えっとね、さっきの話を聞いてて思ったんだけど…まじゅうってなんですか?」
ナガン家の人々は驚いたような顔で互いの顔を見合わせる。こんな質問をして大丈夫かこっちは内心ドキドキだ。
ドキドキ、ドキドキ。
「よし、じゃあ順を追って説明しようか」
よっしゃー、俺は賭けに勝った。
大した賭けじゃないけどね。
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