1-03 この女の子はおれの天敵かもしれない
1-03 この女の子はおれの天敵かもしれない
俺の身体は改めてみるとなかなかにひどい有様だった。
『これ本当に治るのか?』
まあ治るんだろう。
状況は生命維持機能によってバリアのようなものに包まれた状態で、胎児のように丸くなって川の中を流されている。いや、その途中かな、俺の感覚では時間がとまったかのように周りが止まって見えている。
その子供の俺を俺の意識が見下ろしているような感じだ。動いているのは霊体の俺だけである。
『さて、行けば分かるつもりでいたけど、どうすればいいのかな? まず持ってきた術式は…』
そう考えると胸のあたりで答えるものがあった。
何か温かいものが胸の中にある。肉体の方ではなく魂の方に。
それはメイヤ様と会ったあの世界のような温かさを感じさせるものでまるであの世界の欠片のような感じがした。
その中に確かにいくつかの術式が眠っていて、そしてその欠片から湧き出す力は俺を満たしてくれている。この力が
『世界の欠片なら【フラグメント】と呼ぼう』
僭越ながらそう決めた。
『で、ここから【リメイク】を呼び出して、この魔導器で起動させればいいんだな…』
俺は自分の中から術式を呼び出した。
摘まむような感じで自分の中から小さい透き通った球を取り出す、その球には細かい紋様が刻まれていて、まるで時計の内部のようにチキチキと機能している。それを肉体の方にある魔導器に落してやる。
すると魔導器はドロップされた術式を取り込んですぐ魔法が起動した。
『うん、よし』
丸いバリアの中いっぱいに光で描かれたラインや文字が広がり、緻密で膨大な量の術式が展開し、起動し、くるくると回り始め、俺の肉体の再構築が始まった。
破壊された部分が分解され、たんぱく質をもとに新しい細胞を創り出しては傷を埋めていく。
胸の傷もあちこち切り刻まれた後もみんな治っていく。一度分解して再配置という感じだ。
『すごいな魔法! この魔法!』
他の魔法は見たことがないからとりあえずこの魔法限定で称賛しておこう。
体はすぐに傷のない状態にまで回復してしまった。
『うーん、だけどこれじゃだめだな…』
問題は神経系だ。
多分魔導器をつなぐときにかなり無理なつなぎ方をしたようで、神経系が中枢神経の方まで焼き切れている。中枢神経は再構築に時間がかかるのかまだほとんど再建されていない。それでも少しずつ…いや、ダメだ。
魔導器との接点がどうしても焼けてしまう。魔導器の情報伝達能力と人間の神経の能力に差がありすぎるんだ。そこからダメージが全体に広がっていく。
大量の情報を一度に流したためにコンピューターがいかれるようなものだな。
『そうだ、ここで最適化だよ、イデアルヒールだよ』
俺は今度はイデアルヒールの魔法を取り出して魔導器に落とし込む。
うーん、うまく行くだろうか…
この試みは成功だった。
魔導器との接点から神経系の強化が始まる。
見たところ魔導器はもともとが人体に接続するものなのか神経細胞に似たものが存在していて、この性能の高さに体の神経細胞が付いていけないためにダメージが発生していたみたいだ。
この場合俺の身体の方の神経系を強化することになるのだが…うん、良好。
理想値に向けて穏やかに調整するだったか。俺自身の神経細胞にエナが溶け込んで魔導器のものに近い性能にバージョンアップしていく。
さらにこの魔法。他の部分にも良い影響を、調和をもたらしていく。
しばし経過観察。
・・・
・・・・
・・・・・・
よし、これで治療は終わり。
残念ながら左手の再生はできなかった。
なぜならそこに魔導器が存在するから。腕を再生するためには魔導器を外すしかなく、魔導器を外せば魔法が途切れて再生ができなくなる。二律背反というやつだ。これはどうしようもない。
左手はなくなったがこうして復活できたのだ、良しとしよう。
『さて、これでOKだな。あとは…どうしたら元に戻るんだ?』
時間のことだ。
このまま止まったままじゃ困る。
そうだ、とりあえず体に入ってみるか?
肉体の修復と連動したのかこれの霊体の傷もすっかり治っている。絶好調だ。
俺は静止した状態で止まっている自分の身体に飛び込むように入り込んだ。
ぱちっ、ぱちっ。ぱちっと何かが接続されていく感触。それと同時に俺に体の感触が戻って来た。よしよし、いい感じだ。この調子で…と思ったところで全身に冷たい水の感触。
『そうか…生命の危機を脱したから生命維持フィールドは必要なくなったのか…』
なんというかちょっと中途半端だ。
水の中に落っこちて生命維持とかどうなのよ。という気がする。
まあそれで死にかければまた生命維持機能が動き出すんだろうけど…なんというか、かんというか…
できれは自ら上がりたいところなんだが、まだ接続が終わっていなようで。水から上がれるほど体が動かない。
さてこうなるとどうしたものか…
と言ってもできることは魔法しかない。
そう言えば魔導器の中に便利魔法があるような事を言ってたな…
その思い付きは正解だった。
俺の左手の魔導器にはいくつもの魔法が保存されていた。
【パーティクル】・これは粒子状の
【ディスインテグレート】これは対象を分解する魔法。
【デザイン】これはイメージを形作る時の補助。
他に【加熱】【加圧】【減圧】【変成】
etc…
それにしてもこの魔導器の前の持ち主って何やってる人だったんだろ…ものづくりに適した魔法のラインナップだ。陶芸家とか建築家とかか?
まあいいや。全部を調べていると溺れてまうから早速魔法を行使しよう。
まずは【パーティクル】
周囲の水を掴んだような感覚があった。それを自分の周りに集め、外殻を作る。中は当然カラにする。
自分の周りに立体映像のようなものがみえる。作るべき何かが少しずつ形になっていく。そしてそれに合わせて水がうねり、形になっていく。
『ふむ、すごいな、デザインも便利だ』
俺の周りには厚さ五センチほどの球形の殻が出来上がった。大きさは一m強という所か。これでもう大丈夫だ。
俺は水で作った卵の殻の中で胎児のように丸まってゆらゆらと心地よくしている。
途端に眠気が襲ってきた。肉体的に限界な感じだ。
俺は魔導器の機能。自動制御を起動し、卵の殻魔法の維持を命じた。うん、本当に便利だ…
◆・◆・◆
眠りについたら夢の中…というわけにはいかなかった。
これも英霊の力ということなんだろう。脳が休眠していても魂である俺は普通に思考できる。つまり熟睡しているのにものを考え、外界を知覚できているのだ。
なんじゃこりゃ。
これって眠っているときでも意識は起きているってことで…ずっと意識があるっていうのはどうなんだろう? そんなことを思う。ちょっと嫌かも…
そう思ったら何となくだけど意識を休める方法も理解できた。夢の中でもう一度寝るような感覚で意識をサスペンドモードにすることができるらしい。うん、便利だ。
それに感覚としてはまどろんでいるような感覚なので微妙に気持ちがいい。
生体と肉体の接続はもうばっちりで心配ないのだがもう少しこのまま流れて行ってもいい気がする。
そんな風に外を感じてしばらくいたら進行方向に一人の女の子を見つけた。
川に水を汲みに来ているみたいだ。
でもこの川の水ってあの極悪秘密研究所の排水が流れている所なんだけど…まあ、大丈夫か、随分距離はあるみたいだし、他所から流れ込む水もある。たぶん浄化されているだろう。されているといいな。
で女の子なんだけどものすごくかわいい子で、年のころは十歳を超えたぐらい。そして恐ろしいことに、素晴らしいことにケモミミ付きの女の子だった。もちろんシッポもある。
獣人の子か? 獣人族なのか?
何の動物と聞かれてもはっきりとは言えないが犬系の特徴だと思う。
基本は人間と同じだ。顔立ちも人間だし、耳も普通にある。なのに頭に大きくて尖った三角の耳があって、そしてふさふさの尻尾がある。
俺はオタクなのでケモミミなんかは好きだが現実にいたらどうなのよ、と思わなくもなかった。コスプレは可愛いけど、現実だったら気持ち悪いんじゃないかな? という感じだ。
だが実際見てみると全然いい。違和感がない。可愛い。グットだ。
いかん、感動がほとばしりすぎている。
その子が流れてくる俺を、正確には俺の入ったボールを見つけた。
「お父さーん、何か流れてきたー」
『なんだってー』
「なにか流れてきた~、速く速くー」
彼女は少し離れたところにいる父親を呼び、そしてせかす。たぶんボールが流れて行ってしまうのを心配したのだ。
「これはなんとしたことだ。上流から奇怪なものが」
「卵だよお父さん、卵、私卵大好き、これで卵焼き作ったら何人分ぐらいになるかな?」
俺は戦慄した。まさかそういう意味だったとは。
そしてその子の隣に立つ父親も慄いてしていた。
「いやー、どうだろ…青い卵というのもなんだし、ここまで大きいのもなんだ、果たして食べられるかどうか…」
うん、うん、俺も彼の意見に賛成だ。もし俺がこんなものを拾ったら食べようなどとは思わないだろう。
「大丈夫だよお父さん、これは絶対いいものだから」
と言って女の子は舌なめずり、どこから来るんだその自信。
ああ、川をどんぶらこどんぶらこと流れてくるなんて、するもんじゃない。しかもこの女の子洗濯をしているじゃないか。
親父さんが背中に柴でもしょっていたら完璧だ。
包丁で上からズパンとかやられたらどうしよう、俺まだ真剣白刃取りは経験がないんだ。
あっそうだ、殻を解除すればいいんだよ、これは魔法なんだから意識の方でどうとでもなる。うむ、そうと決まれば…【魔法解除】
そう指示したとたんに俺はドボンと川に落っこちた。
まあ予定通りだ。
「子供だ、子供が入っていた。いかん、早く助けねば」
お父さんはいい人だ。ありがたや―。
女の子、すっごく残念そう…
その女の子が再び大きな声を上げた。
「お父さん、そのこすっぽんぽんだよ。男の子だ。ち○ち○ついてる」
・・・この女の子はおれの天敵かもしれない。
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