偽恋
本日は二話更新(1/2)
「……」
まさか。
その三文字が浮かんで消えた。絶句。音に成らず、舌にすら乗らない。
昨日の夜、僕は自覚をした。
父と次兄。そんな二人に並ぶ才能に僕の目は眩み、アイリ個人を見ることなく、才能を見ていた。そのことを自覚した。昨日の夜に自覚をした。自覚をして、それでも気が付かなかった。
――あぁ。
愚の、骨の、頂き。
暗愚と言うのは僕のことを表す言葉なのだろう。
アイリは、人を撃てない。
それを聞いても意外だと思えなかった自分のエゴに吐き気がこみ上げた。
きっと僕は何処かで気が付いていたのかもしれない。
恋は盲目とはよく言ったものだ。
見たくないモノを見なかったことにして、僕は自分の黒い感情から来た感情に『恋』と言う綺麗なラベルを貼り付けた。それだけだ。
淡々としたトウジの声が耳に届く。
『彼女は人が撃てない』
『彼女は猟犬足り得ない』
『彼女はその名前に押しつぶされる』
『ナナシ、君のせいだ』
『狙撃手の才能が有るだけの普通の女の子を』
『君は猟犬に、英雄の卵に、仕立て上げてしまった』
『だからな、ナナシ』
『君は、いや傭兵としての君達は
言葉尻に。
合わせられる様にして銃声が鳴り響いた。
都合、五百メートルの音速トリップ。
空間を食い破って弾丸が飛ぶ。
殺意で加工されたソレは僕を撃ち抜く。右腕。利き腕であり、同時に甲殻を持たない生身の腕。ムカデの関節部を貫き、関節を砕く。
それで僕は戦線離脱。
怪我の具合によっては後遺症が残り、機械化でもしないと傭兵を続けられなくなる。
だから僕は動いた。
視線が刺さる。そんな感覚。攻撃の先には意があるのだと言う。一流の傭兵になるとソレを読んで狙撃を躱すのだと布団の中で聞かされた父の御伽噺。
何故だろう? 不意に、ソレが出来そうな気がした。
だから、それを実現し、盾で弾く。
『……動くなよ、当たらないだろ』
「当てないで下さいよ、痛いんですから」
間の抜けた会話が交わされる。
両足に力を入れ直し、腰を落としなおす。「――、――」。息。息を。深く、細く、吸って吐く。溶かしたのは内心の動揺だ。
指を動かす、ワキワキと。
首を左右に振る。目視で状況を確認した。
そうして僕は戦場に自分を落とし込んだ。
『……抵抗を止めろ、ナナシ。僕は君を殺したくない』
「殺したくない
『そうだ』
「奇遇ですね。僕も死にたくないです」
『……死にたくない
「そうです」
だからリクエスト通りの無抵抗にはなれません。
『それなら仕方がない』
「それは残念」
肩を竦める。優しさから来たであろう言葉を拒絶する。だって仕方がない。
「僕の次はアイリなんだろ?」
『……』
「ならば、あぁ、それならば――“無し”だよ」
後悔はしよう。
自分の馬鹿さに、絶望だってちゃんとする。
それでもそれは無しだ。止まったまま、撃ち抜かれるのは、無しだ。
未熟だったのかもしれない。未成熟だったのかもしれない。目が眩んでいたのかもしれないし、見ていたのは才能だけだったのかもしれない。
それでも。
それでも止まる訳には行かない。
負ける訳には、お前が正しいのだと、それを認めることは出来ない。
恋と呼ぶには黒い妄執だ。
それでも。
どうしようも無く歪で、どうしようもなく救いが無くて、どうしようも無い程にエゴに塗れていたとしても――
「トウジ、僕が普通の少女を英雄にしたと言ったな?」
この感情が嘘だとは誰にも言わせない。
「それは違う」
不器用であれ、滑稽であれ、愚かであれ、才能に眩んだだけであれ――
「僕がアイリを英雄に
これは僕の初恋なのだから。
人が撃てない程度で、目が眩むほどの彼女の才能を偽物だとは誰にも言わせない。
「全軍、撤退」
オープンチャンネル。敵、味方問わずに通信で声を届かせる。
そうしながらも秘匿回線でモノズの指揮権だけを集める。人は逃がす。トゥースも、犬も逃がす。その為に使い潰すモノは僕と、球体達だ。
首をふる。
世界を見渡す。
戦場を把握する。
勝つ為、逃げる為の配置を済ませる。
そうしてから――
「水無月、文月、葉月」
三機のモノズに呼びかける。
“応答:はっ、ここに!”
「大変申し訳ないのだが、アイリのモノズの内、僕を信頼してくれているのは君達だけだ」
“肯定:……ソウダネ”
“肯定:……ホントソウ”
“疑念:せやろか(ΦωΦ)?”
“警告:空気を読むべし”
“追従:今、ちょっと良いシーンだからそう言うことにしておくべきである件”
“疑念:せやかて工藤、勘違いさせとく方が酷いやろ!”
頭部装甲内に文字が躍る。……僕の片思いでしたか。そうですか。
少し悲しくなったが、まぁ、良い。僕の片思いだったとしても、この三機は僕の指示に迷いなく従ってくれる。それだけで良い。
「悪いが、アイリを逃がす為に僕と一緒に死んでくれ」
“やれやれ:仕方がないから付き合ってやる件”
“疑念:拒否権は(。´・ω・)?”
“回答:(拒否権)ないです”
“慟哭:ソンナー(・ω・)”
繰り返されるアホな雑談とは裏腹に中型三機が僕の指定したポイントに動き出す。
やることは決まっている。
やられると嫌だとご本人から聞かされたことだ。
距離を詰められることが嫌だと言っていた。
少ない弾丸で仕事をすると言う狙撃手の本文から外れるから嫌だと言っていた。
だから、良く。
砂を掻き、血を蹴り、重心は低く、前に掲げた盾で身体を隠し、左でSMGを撃ちながら駆け抜けていく。身体に合わせてブレる銃身は、笑える位に仕事をしない。それでもきっと嫌がらせ位にはなるだろう。
普通ならば。
実力差を魅せ付ける絶技。
銃口に入り込んだ弾丸が爆ぜる。衝撃で跳ね上がるSMG。保持が出来ず、、身体ごと持って行かれそうな勢いで吹き飛ぶ。
身体が流れた。隙が出来た。戻す前に終わる。
ちり、と皮膚が焦げる。一瞬、胸。それから流石に拙いと思ってくれたのか、肩に殺気が移る。それだけの差が僕と彼の間にはある。それを傲慢だと笑う余裕はない。
「水無月」
だから――
「仕事の時間だ、
二発目を僕以外に使って貰う。
僕が目を引いている間に近づいていた水無月が銃撃を開始。把握はしていても、攻撃をしてこなかった相手からの銃撃で、射線がズレーーない。
衝撃が奔る。
その程度ではブレない。弾雨に晒されながら、それでも微塵の動揺も指に乗せることなく、至高の狙撃手は弾丸を放つ。
左腕だった。
だから未だ捥げていない。
それでも肩からの衝撃が脳を揺らして、視界をぼぅ、と霞ませた。
「――っ」
口の内側を噛み千切る。鉄錆の味。削ぎ切った肉の食感。吐き捨てようとして、頭部装甲があることを思い出したので飲み込んだ。
それで一歩。無駄にすることなく、踏むことが出来た。
「文、葉」
二発。たったそれだけやり過ごしただけで、既に『月』を付ける余裕が無くなってしまうのだから救えない。
それでも文月と葉月はリスクを呑み込み、機動射撃に移ってくれた。
一人と三機。
どうしたって手が足りない。
だがその程度で落ちるザマでは英雄などと呼ばれない。
一発の銃声。狙われたのは葉月。外れた。いや。外した。足を止めた。その為の一撃。あぁ、と思い至る。ここで出すか。咄嗟、葉月たちに『モノズ核防御』の指示を出す。
間一髪。
それだったのだろう。僕の指示の後を追う様に――
『――C1』
短い指示が聞こえた。それに遅れて耳鳴り。
空気が鳴いた、空間が焼かれた。放たれたのは光線。辰号。敵の最大火力による砲撃。僕を殺す気はない。その言葉が嘘でなかったことを示す様に、狙われたのは葉月と、水無月。
僕の眼前を横切る様にして二機のモノズが一発で終わった。「……」。バイタル。レッド。ボディは完全に壊された。核は……無事。良し。それなら良い。後で拾う。それで良い。
これで三発。
砕かれた肩から昇ってくる痛みを無視。力なく、だら、と垂れるだけとなってしまった左腕も無視。足に力を入れる。前を向く。武器が無いことに気が付く。
まぁ良い。
銃が撃てないのなら殴れば良い。
拳が撃ち抜かれたのなら噛み付けばいい。
下顎を吹き飛ばされて噛み付けなくなったのならば体当たりをすればいい。
トゥースの膂力であれば、どれでもそれなり程度のダメージになるだろう。はは、と笑う。音を出さず口角を持ち上げる。そのまま足を進める。
『――君は、大きく、強く、育ったんだな、ナナシ』
狂気に揺らぐ脳に音が響く。
憐憫すら含まず、平坦な声。それはきっとあの目で言っているのだろう。温度の無い、狙撃手の目。僕が欲しかった目。
英雄には成れない。
凡庸な僕ではその紛いモノにだってなれやしない。
自分の信念に従って動いて。
その結果、多くの人を救ってみせた貴方の様には成れない。
あぁ。
その凡愚の妄想で一人の少女の背中を押したと言うならば――
僕だけは彼女を英雄だと信じ続けなければ駄目だろう。
だって彼女は本当に、本当に、本当に――強いのだ。
僕とは違い、損得勘定を抜きに、自分の信念に従って人を救えるのだ。
美味しいパンを焼く人の為に、戦場に残ることが出来るのだ。
だから――
「――後は任せた、水無月。お別れだ」
惚れた才能の為に/惚れた人の為に
「悪いが僕は先に逝く」
必殺の為の三歩。
射程に捕らえたが故、殊更強く地を踏む。
蹴って、止めて、残心。
走った勢いを止め足に乗せて、身体を地面に突き刺し、投擲。先端に殺意を乗せて僕の半身とも言う大楯が飛ぶ。
銃が主流のこの時代にて、成すは原始。放つは大楯。
人類最古の遠距離攻撃、投擲がここに成る。
不意を突いた。攻撃の後の隙を突いた。
だがその程度では英雄は崩れてくれない。
四発目。止め足となった左足の腿を撃ち抜き、そのまま何でも無い様に捨てられる狙撃銃を僕は見た。
そして抜き放たれる自動拳銃。
最終ラインの護衛についていた子号も、ハルトマンも使わない。彼等は僕が希望を託した水無月に向かい、トウジを振り返りもしない。
慌てることではないのだろう。
利き手とは逆の左でなされるファストドロウ。腰だめに構えることも無く、雑に、緩く、それでも“狙い”“撃つ”と言う機能に特化した男は何でも無い様に大楯の縁を撃って地面に落し、流れる様に僕の左肩。既に撃ち抜かれた場所を正確に射抜く。
痛みに意識が焼き切れた。
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