トラジ

 P達の寝床はお祖父ちゃんの別荘を提供した。

 テントで暮らすからそこまでしなくてもいいと言っていたが、屋根と壁と床は人類リリンが生み出した文化の極みだ。是非ともゆっくりと休んで欲しい。

 そんな訳で、P達をバイクで先導してから家に戻って来た僕を出迎えたのは――


「おぅ、おかえり愚弟」


 風呂上りなのか、薄着で庭のベンチで涼んでいる次姉つぐあねだった。

 僕と同じ様に両足は異形、左腕も異形。兄弟の中で一番トゥースの血が濃いのが僕なのであれば、二番目に濃いのがこの姉で、お母さんに一番似ているのもこの姉だった。

 そんな彼女の足元にはコーギーならではの崩れたお座りをしたアルがいた。にぱっ、とコーギースマイルを浮かべて、おかえりー、と僕を見上げている。


「コレ、見覚え無いからお前が連れてった犬だよな?」

「そうですね」

「イジメてもバチバチしないんだけど……もしかして、サンダーボルトじゃねぇのか?」

「……いや」


 虐めないで下さいよ、に返される。冗談だ、ちょっと引っ繰り返しただけだ、というお言葉。……まぁ、次姉の足元で呑気にアホ面さらしているので本当だろう。


「ブーステッドですよ」

「へぇ! そらルドの子孫にしちゃ珍しいな!」

「……偶に混じってますけど、何でなんでしょうね?」


 ルドルフ系はサンダーボルト種との配合以外は無い。無いのに、遺伝子のいたずらか、偶にアルの様にサンダーボルト種以外の奴が生まれてくることがある。


「おれが知るわけねぇだろ。名前は?」

「アル。アルブレヒトです」


 名前を呼ばれてひゃん、とお返事。のってのてとやって来たので抱き上げてやる。未だ仔犬期ではあるモノの、随分と大きくなったアルはこの家を追い出された時よりも随分と重たくなっていた。


「ルドルフ、ハルトマン、アルブレヒトね……何だかんだ言って、結局お前が一番兄弟の中で父上似だったってわけだな」

「……」


 僕はとても嫌そうな顔をした。

 お父さんのことは尊敬している。でもあぁはなりたくない。そして次姉の言う、似ている部分は僕が尊敬している部分ではなく、その他の部分なのだ。


「はっ! 良い表情だな、愚弟?」


 それが分かって居るので、けらけらと愉しそうに次姉は笑っていた。









 何人か家を出てはいるが、元は大家族と呼んで差しさわりの無い我が家だ。

 食卓は無駄にデカいので、僕ら四人が増えた所で全員揃って食事ができる。

 お母さんが食後にプリンを用意してくれていた。


「――美味しい」


 と一口食べたアイリ。

 小さい頃から大好きだった物が好きな人にも気に入って貰えると言うのはとても嬉しいことなのだと僕はこの時、初めて知った。


「そうか、美味いか! 我が家の秘伝でな、嫁入り道具代わりに持たせてるんだ」

「そうなの……ですね。それなら、そのあの、お義姉さん達も――」

「えぇ、勿論。楽勝です。我が家に嫁ぐならこれ位の料理は出来てくれないと。貴女に出来――」

「アイリは料理美味いですよ」


 ――卵も割れない末姉と違って。


「――、」


 僕が足した言葉に末姉が固まる。

 因みに卵は割れるけど、目玉焼きを焦がす次姉は自分に火の粉が掛かる前にプリンを食べ切り、ブラシを持って犬の群れへと逃げ込んでいた。

 勝てないのであれば、戦わない。

 流石は学校で戦闘科の教師をしているだけあって見事な状況判断である。

 同じタイミングでお父さんも席を立つ。自分にはあまり関係の無い話だとでも判断したのだろう。ルドとハルト。二匹のコーギーと数機のモノズが後について転がって行った。


「秘伝だから家族以外には教えられない。嫁に来るなら教えてやるが、どうするアイリ?」

「教えて欲しいです…………………お義母さん」


 アイリの答えを聞いて、とても嬉しそうなお母さんが僕の背中をばしばし叩く。だから痛い。地味に痛い。トゥースの膂力でゴリラみたいな喜びの表現をしないで欲しい。


「ナナ、でかした!」

「いや、何がですか」

「良い子を捕まえたな!」


 末っ子に彼女が出来たことが嬉しいのだとお父さんは言っていた。末っ子だから一番可愛がってもらったと言う自覚はあるので大人しく背中を叩かれることにする。

 そんな時だった。

 お父さんが戻って来た。


「僕からもお祝いだ」


 そう言って、お父さんは――


「え?」


 アイリに狙撃銃を差し出していた。

 タタラ重工製、B型伍式狙撃銃。一度は生産が終了したものの、一人の男がソレで戦果を上げ過ぎたが故、復刻された名銃。

 それを躊躇いなく、アイリに差し出していた。


「『言った』覚えは無いんですが――何時から気付いていた?」

「見れば分かるんだよ、ナナシ。同族嫌悪……という訳ではないんだが、見れば分かる」


 そう言うものさ、とお父さん。


「そうですか」


 だから兄弟の中で次兄にだけ狙撃手としての教育を施したのか。

 だから傭兵であることを告げず、事実母も姉も、ルドとハルトの鼻すらも誤魔化し切った普通の少女にしか見えないアイリにソレを手渡せるのか。


「安心しろ。“万人撃ち”じゃない。ただのスペアだ。血は吸って無い」

「成程。それならば――」


 有り難く。

 僕がそう言うと、軽く笑い、お父さんはアイリに伍式を手渡す。


「良い目だ。お嬢さん。君が僕の息子と出会ってくれたことを、僕は嬉しく思う」

「……あの、ありがとう、ございます?」


 銃を受け取るアイリ。


「――」


 すっ、と空気に柔らかく切れ目が入った様な感覚がする。僕とアイリの世界がズレる。僕はここに、この場所に。アイリは先に、僕の行きたかった場所に。

 グリップがアイリの手に吸い付いた。

 それが分かった。

 有るべき場所に、有る様に。

 僕の欲しかったモノはこうしてまた僕の手から零れて行った。


「違約金が払えないなら払ってやる」


 何でも無い様に、「だから手を引け」とまた話していないことを話し出す。


「……」

「君では無理だよ、ナナシ」


 勿論、お嬢さんでもだ、とお父さん。


「……それも知ってるんですね」

「まぁな。猟犬は鼻が効かないとやっていけないんだ。それに一応、僕は探査犬にも適性があったらしい。……君は信じられないかもしれないが、僕にだって心はある。傷は付くんだ。だから出来れば・・・・やりたくない。手を引け」

「へぇ? 我が子相手で出来れば・・・・ですか?」

「そうだ。君はどうだ、ナナシ? 実の親相手に――」

「そうですね。僕は、出来れば――やりたい・・・・ですね」

「そうですか」

「そうです。止めますか?」

「止まるのなら」

「止まりませんよ」

「そうですか。では――」


 軽く、それだけ言って、何でも無い様に部屋を出て行くお父さん。今、彼は――何でも無い様に、子供を殺す覚悟を済ませた。







 お母さんに抱きしめられた。

 姉達にも抱きしめられた。

 子供のころから僕を知っているルドを始めとする何匹か、遊び相手を勤めてくれたモノズ達とも軽く触れあった。

 部屋に戻ると、扉の無い部屋の前に一匹のコーギーが居た。ライジンマル。次兄の相棒であった彼は何も言わずに僕を見上げたあと、自身の仔の様子を見る為に立ち去って行った。


「ねぇ、なっくん」

「……」

「眠れないの。外で話さない?」


 アイリに促されるまま、庭にでる。

 ウッドデッキから見えるのはお父さんが戦友から引き継いだという花壇。幼い頃、泥にまみれながら僕も手伝った覚えがある。


「まるで今生の別れみたいだったのだけれど?」


 わたし達が受けた仕事はそんなに厳しいの? とアイリ。


「……」


 流石に、胸が痛くなる。誤魔化す様に、深呼吸をした。


「アイリ。僕が言えた義理ではないが、書類の確認はしっかりしろ」

「あなたに任せっきりじゃなくて?」

「そうだ」

「でないと英雄と呼ばれる様な人が敵に居る様な仕事を受けてしまうから?」

「!」

「……ショウリとあれだけ思わせぶりに不穏な会話をしているのだもの」


 わたしだってちゃんと読むわ、とアイリ。


「……君も知っていたんだな」


 仕事の、敵のことを。相手が僕のお父さんだと言うことを、


「えぇ。でも、わたし正直、談合か何かで話を付けるのだと思っていたわ」

「……黒いですね」


 思わず苦笑い。


「そうかしら? 傭兵稼業ってそう言うモノでしょう?」

「……やって、長引かせて給料引っ張るってのは、まぁ、確かにありますね……」


 僕の言葉に「でしょ?」と得意気にアイリ。


「ねぇ、なっくん。わたしね、それで気が付いたんだけれど……あなた、本当はわたしのこと、好きじゃないと思う」

「……いや、それは――」

「無い? 本当に? それなら、あなた、わたしの弟の名前言える?」

「……」


 何を当たり前のことを。そう思う。思うだけだ。口から音は出ない。息を吸った。息を吐いた。それだけだった。


「妹の方でも良いわよ?」

「……」


 条件を変えられても答えは同じ。

 僕の口は何か言葉を瞑剛と開かれるが、音は出ない。


「本当に好きな人なら、相手の兄弟の名前くらいいえるでしょ? わたしは勿論、言えるわ」


 ――だから、ね?


「なっくん。ナナシ。あなたは、多分本当の意味ではわたしのことを好きじゃないの」


 あなたが好きなのはわたしじゃない。

 あなたが好きなのはわたしの中の“狙撃手”なのだと彼女は言う。


「でも良いわ。それでも、わたしは、私の方があなたを好きになったんだもの」

「だから、君は――」


 だから、貴女は、僕の安い嘘に乗って、こんな仕事にもついて来てくれたのか――。

 恥ずかしさで顔が上げて居られなくなる。己の身勝手さに、浅ましさに嫌悪の感情が湧いてくる。だが――


「だから聞かせて。わたし、逃げないから」


 そんな僕の頭を優しく撫でながら彼女は笑う。


「……話す前に言っておく。僕は君のことが好きだ」

「そ?」

「そうだ」


 あぁ、確かに、そうじゃなかったかもしれない・・・・・・。才能に惚れ、アイリと言う個人には惚れていなかったのかもしれない。

 それでも今は間違いなく、そうだ・・・


「君の弟妹の名前を覚えていなかったのは、ただ単に僕がアホだからだ」

「あらら」

「だから後でもう一度教えて欲しい」

「えぇ、勿論。喜んで」


 さて、と一息。

 深く吸い込んだ夜気で胸を冷やし、準備をする。

 どうして僕がこの仕事を受けたのかを。

 お父さんと敵対する仕事を受けたのかを。

 それを話す準備をする。した。出来た。


「――僕には、二人の兄さんがいた」

「うん。知っているわ」

「でも今は一人しかいない」

「……」


 次兄。トラジ。僕と年齢が近く、僕を良く構ってくれた彼。

 僕同様にお父さんによく似た、それでも姉弟でトゥースの血が一番薄く、一番人間に近く、その結果、はっきりとお父さんの才能を引き継いだ彼。

 僕が本当に・・・憧れた身近な狙撃手。

 彼は死んだ。戦場で死んだ。傭兵として死んだ。


「こんな時代ですし、選んだ職業が職業ですので、そこは良いんです」


 そう。ある意味で彼が死んだのは彼の責任だ。

 一切のフォローが出来ない自業自得。何故なら彼は戦場で敵を甘く見た。自分なら殺されないと、殺さないでいてくれる・・・・・と判断し、それを組み込んだ作戦を取った。

 だから家族のだれもがそうなって当然だと思っている。戦場で殺されない。その理由が相手が自分の家族だから。そんな理由に賭けたのだから。

 馬鹿が。僕だって素直にそう思う。


「殺したのはお父さんだ」


 思うが、どうしたって呑み込めないことだって、ある。







あとがき

【R.I.P】次若様を偲ぶスレ【せめて安らかに】

四ヵ月前に張った伏線

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