グラス

 人と言うのは居るだけで消費して行く。

 つまりは大した稼ぎも無いのに大所帯を維持すると言うのは現実的ではない。

 先のインセクトゥムと同じだ。戦う為に集めた人員を僕は維持することが出来なかった。

 なのでショウリから与えられた僕の部隊員達には自力で稼いで貰うことにした。アイリ、僕の形式に乗っ取り、人間を代表としてドギーハウスに登録したのだ。少年兵の何人かは才能を認められ、仔犬――犬の予備軍としての登録が出来たらしい。

 衣食足りて何とやら。元賊の少年はこうして一人の傭兵として更生したのだ。実に感動的である。

 さて、そんな感じで新しい人生を歩みだした方々も居れば、そうで無い方々もいらっしゃる。


「P」

「はっ、私を含め五人は隊長殿の指揮下に残ります。その他にも声を掛ければ何人かは直ぐに集まる様にしてあります」


 僕の短い問い掛けにPの返答。

 宿に向かうアイリと別れ、街の外れへ。

 傭兵稼業は儲かる奴は儲かるが、儲からない奴は儲からない。宿に泊まる余裕のない連中の方が多い位なので、街の壁の外に、肉の壁とでも言うべき傭兵連中のテント街が形成されていた。

 その中の一つ。Pの張った天幕の中は人口密度と獣密度が高く、空気の濁りが分かる程度には快適だった。


「……」


 無言で、ぐるり、と見渡す。僕を除いて五人。トゥースが三人に、人間が二人いた。一人、P以外にもトゥースの中に見知った顔があった。

 ファー型の若い男だった。キチン型に分類される僕が所々に虫の様な甲殻を持って居るのに対し、獣毛を持って居るのが特徴だ。

 そして彼以上に、彼の横でしゃんとお座りをしている静観な面構えのシベリアンハスキーに見覚えがあった。


「君、残ってくれたのか……」

「はい、いいえ、隊長殿! 残して貰えた、であります!」


 同年代からの最敬礼。その言葉の意味が分からず、Pを見て、片眉を持ち上げる。補足を。そんな僕の要望を正確に読み取り、一度の咳払いと共に、一歩前に。

「希望者が多かったので、こちらで選別しました」

 拙かったですかな? と言う問い掛けに「いいや、助かった」と返す。

 そうか。僕は思った以上に人望があったのか。『死んでこそ』と言う殿軍において、一人も死なせなかったことは思った以上に評価されているらしい。


「……」


 一息。

 深呼吸。深く吸った息を長く吐き出した。

 そうか。評価されているのか。運が良かっただけ。それが真相なのだが、評価されていると言うのなら――


「……今更で申し訳ないのだが、君達の名前を教えてくれ」


 アルファ型。率いる者として相応しい振る舞いを取るとしよう。








 皐月、長月、霜月、師走の大型四機がタイヤとなって車が用意された。そこに荷物と弟妹を乗せたアイリは、僕のバイクに近づいて来るとサイドカーで丸くなっているアルを抱きあげると、そのまま車の方に乗せてしまった。

 妹さんと弟さんは大喜びだ。アルを可愛い、世界一可愛いと撫でまわし、それに気を良くしたアルも、うわぁー、とひっくり返って腹を見せる始末だ。「……」。実にアホ犬である。

 そんな訳で僕は道中の話相手を失った。

 少し寂しいが仕方がない。

 そう思っていたのだが、何故かアイリが戻って来て、当然の様にサイドカーに乗り込んで来た。


「……」


 何となく、周囲を見渡す。

 アイリのモノズ達が何かを言いたげに僕を見ていた。無言が痛い。痛いが、僕に非は無いので許して貰うことは出来ないだろうか?


「隊長殿」


 そんなことを考えていた僕に声が掛けられる。

 トゥースの生体外骨格。犬を思わせるソレを纏い、シベリアンハスキーのイチノジョウに一人乗りのソリを轢かせたマサリが声を掛けて来た。


「Pからの伝令です。犬と自分、それとロミオさんのモノズが斥候として前に出ます。中心に荷物の車を、隊長殿は――」


 ちら、とマサリがアイリを見る。

 僕単体、或いは僕とアルであれば前で良い。だがアイリと僕だと――と言う顔だ。

 射程が被っていないのだ。僕とアイリは。織姫彦星を気取る気はないが、僕等は別々にしておいた方が仕事をすると言うのが悲しい事実だった。


「……」


 どうすればいいのか?

 簡単な話だ。

 アイリを別の車。それこそ当初の予定通りに防御が厚い運搬用の車に乗せてしまえば良い。高く造ってある車の上に乗せれば広がった視界に合わせてアイリは素晴らしい仕事をしてくれることだろう。

 だが、まぁ、単純に我儘としてこのままサイドカーに乗っていて欲しいと言うのが僕の意見だ。

 だから僕はアイリに降りてくれとは言わなかった。

 そしてアイリはその辺のお勉強中なので分かって居なかった。


「……マサリ、僕等は前に付く。それで接敵の際、アイリは移動砲台として使う。僕の参戦は期待するな」


 選べる中でベストの選択肢ではなく、ベターな選択肢。

 個人の感情を基にしてソレが行われるのを人は職権乱用と呼ぶ。







 因果応報と言う言葉がある。

 だが僕は特に妨害なく、無事に目的地に着いた。

 僕とアルの一人と一匹の旅では実入りが少なそうだったので襲われなかった。

 逆に今回は練度の高さが襲撃を防いだというのがPの評価だ。

 隊列がばらけない様に、細々と指示を出していた僕の手腕が評価されたという訳だ。


 ――やはり隊長殿は視界が広い。


 そう言って彼は僕を褒めてくれた。「……」。少しくすぐったい。

 さて、そんな感じに練度の高い武装集団が街に近づくとどうなるか?

 簡単だ。

 とても警戒される。

 状況によっては街から狙撃され、逃げ場のない荒野で屍を晒すことになる。

 因みに、そうなった場合、責められるべきは間抜けを晒したこちら側だ。

 実に世知辛いことである。

 安全と平和は値上がりした、と言うのがお父さんを始めとした古い時代のスリーパーのお言葉だ。

 そんな訳で――


「良いのか?」

「姫君の弟妹はお疲れです。そして初めて入る街なのですから、頼りにな――るかは別として姉といっしょが良い。そして隊長殿の生まれ故郷だ。話も通しやすいでしょう?」


 私らは外で待っています、とP。


「……分かった。なるべく早く街中に拠点を確保してくる。あぁ、物資は残していく。贅沢に使って貰って構わない」


 正直、そう言って貰えるのならば有り難い。僕はその言葉に甘えることにした。









 グラス。

 深い堀と高い壁に囲まれた街。

 街に入る際、警備のおじさんに「おかえり」と言われている程度には僕はこの街では有名人だ。


「ねぇ」


 アイリの弟妹が疲れて寝込んでしまった結果、暇になったアル。そんなコッペパンを膝に乗せた彼女が「大変だわ」と左程大変では無さそうなトーンで僕の袖を引いていた。


「わたし、あなたのお家に行くのに手土産を買い忘れてしまったわ」

「……別に要りませんよ?」


 サイコロの転がり方によっては実家で寝ることは無く、ホテル暮らしだって可能性がある。


「……でも、あなた、わたしのこと好きなんでしょ?」

「そうですね」

「それならわたしはあなたの恋人と言うことになると思うの」

「………………………そうなんですか?」


 オッケーを貰った覚えが無いのですが?


「違うの?」


 きょとん、と不思議そうにアイリ。


 ――勘違いだったのかな? 恥ずかしい!


 とすらならない辺り、何と言うか、僕とアイリが恋人であると言うのは彼女の中では確定していることらしい。……言い方はアレだが、ストーカーの素質がありそうだな。そんなことを思った。


「僕から好きだと言うことはありますが、君からは……」


 言われたことは無いですね、と僕。


「そう?」


 それなら、とアイリが柔らかく表情を崩す。

 手を伸ばされる。

 頬を包まれる。

 右頬の甲殻がゆっくりと撫でられて――


「わたしもあなたのこと、好きよ」


 そんなことを言われる。


「……」


 絶句する。

 言葉を失う。

 嬉しすぎて。

 そうして固まる僕の顔を引き寄せ、アイリの唇が左頬に触れる。


「どう? これでわたしとあなたは恋人かしら?」

「……そう、ですね」


 そんな返事をする僕は幸せの中に居た。

 それを現実に引き戻したのは音だった。

 何かが落ちる音。周りが妙に静かだったこともあり、その音はやけに大きく響いた。

 何だ? とそこで現実に戻って来た僕は周囲を見渡す。「あー……」と言う良く分からない声を漏らしたあと最終的に音もなく『あ、』となる。

 街に入る際に警備員に「おかえり」と言われる程度には街で有名な僕とアイリのストロベリートークは見世物になっていた。

 そしてその中のギャラリーに懐かしい顔があった。

 背の高い、金髪の女性。

 整った顔の彼女が膝から崩れ落ちていた。音の出床は彼女の横で地面に落ちたエコバックだろう。解けた口から割れた卵のパックが見えている。

 その横に居るこれまた金髪の小柄な女性。

 異形の両足を持つ彼女は凄く嬉しそうに尻尾を揺らしながら僕を見てニマニマしていた。……こっちの方のリアクションが僕の精神ポイント的なサムシングをごりごり削っていた。

 何と言うか、本気で見られたくなかった。

 そして最後に。

 彼女達がそうなった結果、持っていたリードから解放されたコッペパン。

 アルと同じウエルッシュコーギー・ペンブローグ。

 ただしアルとは違い、額に奔る白のコーギーラインは無し。

 代わりに右眼に傷跡と白い髭を持つその歴戦ワンコは――

 嬉しそうに僕に寄って来たかと思うと、歓迎する様に一吼えしてくれた。









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