初仕事

 少し、遠い目になってしまった。

 世の中には気が付かない方が良いことが確かに存在する。

 ……今度、お父さんに会った時、僕は普通に接することができるだろうか?

 そんなことを考えながら、スノーが出してくれたモノをちみちみと摘まむ。

 ポテトサラダだった。

 グラスに盛ると言う気取った出し方に相応しく、普通のモノよりも美味しい。気がする。

 足元の茶色い獣がそれを察したのか、こちらを見上げながらぺろんぺろんと鼻を舐めつつ、耳を全力で後ろに倒して何かをアピールしていた。「……」。だが残念。人……ではなく、トゥースである僕には獣の言葉は分からない。許せ、アル。君が何を伝えたいかが分からないので、分けてはやれない。

 ぴー、と悲し気に鼻を鳴らすアルを見て見ぬふりをする僕の横では犬二匹が何やらハンドラーとわんわんと話合っていた。

 付き添いである僕には関係な……いや、アイリと一緒に仕事をする以上、関係ないとは言えないが、アイリ推薦の際に裏技、僕の功績も全てアイリの物にすると言うことをやってしまった以上、下手に口を挟めない。

 バレてはいけないのだ。

 アイリが狙撃しか出来ない普通の少女だと言うことは。

 猟犬になる為の条件の一つ『敵を追う』の技能は全て僕側の技能だと言うことを。


「ねぇ?」


 そんな僕の野戦服の袖がくいくいと引かれる。


「あなたも聞いてくれないと、わたし、困るわ」


 見れば、何をさぼっているの? とでも言いたげに頬を軽く膨らませたお嬢様が居た。「……」。待て。


「アイリ、事前に打ち合わせておいたよな?」

「えぇ。わたしは未だ未だだからあなたの功績も纏めてわたしの功績にする、でしょ?」

「だったら……」


 何故に直接語り掛けておられるのでしょうか?

 じと、と半目で僕。


「だって、もうばれてるわ」


 ソレを受けて、不満そうにお嬢様。


「……おい」


 豚。どういうことだ? とそのまま半目でショウリを見る。


「アレは表向きだ。流石にこっちは誤魔化せんよ」

「安心しろ、ジュニア。表向きにはちゃんとアイリ一人を猟犬として扱う。だが……」


 実際には。その言葉を音無く転がして、スノーが、くぃ、と人差し指を曲げて僕を呼ぶ。話し合いの席に加わる様に席を移る。胸倉を掴まれ、引きよされる。ワンハンドリフト。それに近い力業で僕の身体がバーカウンターの上に少し乗る。そうしてから、耳元に声。


「実際にはお前とペアだ」


 言って、解放。僕は移動した先の席に腰を下ろした。


「成程、ハウンドではなく――」

「ハウンズ」


 僕の言葉の先をニヤニヤ笑いのショウリが、複数形だ、と引き継ぐ。


「こう言う例外ことは、良くあるのですか?」

稀に良く・・・・あることだよ、A。主に欲しい対象がトゥースの場合に使われる裏道だ。おめでとう、A。現時点で言えば貴様はアイリよりも我々に評価されているぞ」

「成程」


 柔軟性のある素敵な組織だ。そのお陰で憧れていたモノに半分だけ成れたことに素直に感謝をしておこう。










「それで?」


 仕事の内容と言うのは? と僕も話に加わる体勢を造る。端末に感。ショウリからレジメが送られて来た。ざっ、と目を通す僕。そんな僕を見て、あなたが見るならわたしは良いわね、とアルの相手をしだすアイリ。「……」。おい?


「……猟犬らしい猟犬だな」


 そしてそんなアイリを見たスノーのお言葉がこれだった。

 ……猟犬らしさって何だろう? そんなことを思ったが、僕を見るスノーの赤い瞳に愉悦の色が揺れている以上、恐らく僕の一番よく知っている猟犬がやらかしてくれたのだろう。


「――」


 そんな訳で、スノーの視線には気が付かないフリ、端末の表面に指を滑らせながら文字列の意味を読み取って行く。

 依頼内容の種別は誘拐キッドナップ

 ただし、依頼主はターゲットの実母。

 幼い頃に企業に攫われた我が子を助けて欲しいらしい。


「……」


 成程。

 母子の愛を感じさせる話だ。是非力になって差し上げたい。

 攫われてから十年近くが経過しており、攫われた子供が若くして主任研究員の座に就いているホープと言う部分を見ないことにすれば、だが。


「戦争の理由づくりですか?」

「おいおい、A。良く読んでくれ表向きにはかって攫われた我が子の奪還だぞ?」

「だが、裏。この依頼料を用意したスポンサーの意向は優秀な研究者の引き抜きで、更にその裏は喧嘩の理由造りだろう?」

「A、裏の裏は表だぞ?」

「だから僕にもあっさり読み取れたんだよ、ショウリ」


 隠そうともしていない。

 恐らく、このターゲットは攫われてすらいない。

 優秀だから企業に拾われた。その恩に報いる為に努力した。そう言うケースだ。「……」。いや、スリーパーでは無く、この時代に親が居ると言うことを考えると、親が売ったケースすらありうる。

 優秀に育てて貰った・・・我が子を血の繋がりと言う良く分からない権利で転売しようとしている。

 ターゲットの経歴を見て見るとそう言う話が見て取れた。

 そして優秀な研究員であり、更には子供のころから企業の一員として育って来た彼、或いは彼女は仕事仲間との絆もありそうだ。

 そんな者を奪う。

 それは隠す気も無い宣戦布告だ。


「……戦争の方に参戦する必要はないんですよね?」

「そっちは自前で用意するそうだ。何と言っても、ターゲットは優秀では成るが、小さい会社だ。適度に痛めつけてから吸収が狙いだ」

「それならば良いですよ」


 戦争に参加しろと言われないなら、良い。負けるのが決まっている側で戦争に参加する様な趣味は僕には無いのだ。


「それじゃ、ハウンズ?」

「受けます。これが僕等の初仕事だ」


 炭酸水を出しながらのスノーの言葉にあっさりと僕。


「僕は傭兵で、アイリも傭兵だ。金が貰えれば仕事はする。そしてこの金額なら十分ですので」

「……良く読んだ上での判断なんだな?」


 確認する様なスノーのその言葉に「はい」と僕。

 外に出て気が付いたことだが、どうにもお父さんは悪い意味でも話題を造っていたらしい。恐らく、碌に書類を読まずにほいほいと仕事を受けて痛い目でも見ていたのだろう。情けないことだ。


「A、分かって居るとは思うが、この仕事は喧嘩を売るだけで良い。誘拐の成否は関係ない。だが……」

喧嘩を売って・・・・・・生き残る可能性が低い・・・・・・・・・・。そうだろ? 良いさ、確かに僕は他よりも生存率が高い」


 本当に少しだが、見逃して貰えると言う可能性が高い。


「――ねぇ?」


 僕とショウリの会話に不穏な物を感じたのだろう。アイリが袖を引く。それに僕は「詳細は後程」と返し――あぁ、と思い至る。


「ショウリ、アイリの姉弟の入る学校は決まっているのか?」

「……約束通り、それなりの学校を手配して――……そうか。そっちの方が良いな」

「そうですね。良い機会ですので、道中の護衛は僕等がやる」


 この時代、学校と言うの嗜好品の様なモノだ。金のある奴等しか通えないし、そもそも需要が余り無い。子供の可能性を育てる程の余裕はないのだ。

 だから余り子供の教育に力を入れていない。

 そんな中、街ぐるみで教育に力を入れている街がある。

 それはきっと、その街の始まりが一桁の大人と三桁を超える子供達から始まっているからなのだろう。


「アイリ、君の姉弟の学校だが、僕に心当たりがあるのですが……」

「……信頼できる人がいるところ?」

「そうですね。これ以上なく」

「なっくんが信頼するなら、わたしも信頼できると思うわ」

「ありがとう。それならば僕の故郷に行こう」

「………………………………………? ――――――――――――!」


 何故か固まって、再起動。何やらアイリがワタワタしだしたが――

 次の目的地は決まった。

 グラス。

 この時代では珍しく子供の教育に力を入れている街であり、次の仕事場でもあり――僕が生まれて、育った、僕のお父さんが造った街だ。








あとがき

おらタイトル未回収なんてゆるさねぇ!!

そんな訳でタイトル回収。

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