スノー

 傭兵酒場ソルジャーサルーン、ドギー・ハウス。

 民間軍事会社であるドギー・ハウスと同名のその酒場はそのままドギー・ハウスの窓口だった。

 僕は今、その前に立っている。


「……」


 小さい頃に憧れた場所。

 少し成長してからトゥースである自分は所属出来ないと理解してしまった場所。

 そんな場所だ。

 足も止まり、少し感慨深くもなろうというものだが――


「なっくん、なにしてるの?」


 お嬢様と、もへ、と舌を出すコッペパンにそんな感慨はない。立ち止まった僕を放置し、既に建物の中だ。「……」。がりりと頭を掻いて、軽く一歩。腰で両開きのウエスタンドアを押して開き、中に。

 首の裏が、ぴり、と裂けた。

 分かって居る。そんな気がしただけだ。言ってしまえば気のせいだ。周囲から無遠慮に、それでいて鋭く注がれる観察の為の視線が僕にそんな感覚を押し付けた。それだけだ。

 同業者による値踏み。

 人間側の会社にトゥースが入って来たことに対する好奇心と警戒。それが肌を焦がす。

 一歩、大きく。踏んでアイリの横に。


「?」


 微妙に鈍いお嬢さんは周りからの視線には気が付かず、どうして僕が横に並んだのかが分からず、不思議そうで――少し、嬉しそう。

 そんな彼女を周囲の野獣から庇う様にして軽く店内を見渡す。バーカウンター。そこに目的の男、ショウリが居た。今回は内緒の話と言う訳では無いので、眼鏡の秘書さんも居る。

 そのせいだろうか?

 健康管理と言うか、品質管理の為に不味そうな緑色の野菜ジュースを与えられていた子豚は僕達を見つけると、歓迎する様に軽くグラスを掲げて見せた。


久しぶりだな・・・・・・、A。貴様に先の仕事の報酬を払おう」

久しぶりだな・・・・・・、ショウリ。忘れられているのかと不安だったよ」


 薄い芝居をしながら、軽く握手を一つ。

 あれぇ? とアルが小首を傾げる中、僕とショウリは久しぶりの再会・・・・・・・を喜び、カウンターの席に着いた。

 僕の前とアイリの前に小さなグラスが置かれる。ドリンクーーではなく、固形物が入っていた。何だろう? そう思って視線を上げる。

 白い人が、居た。

 白い髪、白い肌、赤い瞳。

 そんなどこか神秘的な女の人が居た。

 女性らしい曲線を描きながらも、鍛えられた肉体が、そして中身のないバーテン服の左腕の袖が、彼女が戦場で生きて来たことを表していた。


「……」


 いや、と言うか。

 現時点に置いても確実に僕よりも強い匂いがする。生きて来た・・ではなく、生きている・・のだろう。

 強者の匂いを漂わせるアルビノ。

 色の無い女の人は鋭い視線をアイリに、そして何故か僕に向けてくる。

 どう挨拶をしたものか? そもそも付き添いの僕も挨拶をした方が良いのだろうか?

 そんな感じに固まる僕等を見かねたのか、ショウリが動いてくれた。


「ドギーハウスに持ち込まれる仕事を捌いている、私達のハンドラー、スノーだ。A、アイリ、これから世話になるから挨拶をしておくと良い。スノー、話は聞いているだろう? 新しい猟犬と、彼女の雇っているトゥースだ」

「あぁ」


 隻腕であるスノーの補助なのだろう。バーカウンターの内側で細々とした作業を手伝っていたモノズから渡されたグラスを棚に戻しながらスノーの赤い瞳が僕を見て、アイリを見て、また僕を見る。


「聞いている」


 言いながら握手を求める様に差し出される右手。アイリがそれに応じようと手を伸ばすと――


「? あの……?」


 するりと抜けて。

 むにゅり、とアイリの胸を揉んだ。

 困惑するアイリ。絶句する僕。「ほぅ?」とショウリが楽しそうな声を上げたので無言で裏拳を叩きこ――あぁ、くそ。ガードされた。腐っても犬、探査犬だ。流石だな。「秘書さん、目隠し」。そんな僕の指示に従い、眼鏡の秘書さんがショウリの眼鏡を奪った。目が悪いショウリはそれで目の前の光景キマシタワーをしっかりと把握できなくなるらしい。

 そんな風に僕等が混乱している間も、アイリの胸はスノーの手で弄ばれていた。

 振り払えば良いのに。僕はそう思うのだが、アイリは無表情でされるがままだ。気にしていないのか、思考が固まっているのか。どちらでも良いが、どちらでも話が先に進まない。「……」。仕方がない。


「あの、どう言う意図があるのか知りませんが、その辺で」


 停めに入る。

 ソレで漸くスノーはアイリを解放した。

 そうしてから空の右手でもにゅもにゅとエア乳を揉む仕草。何かを確認したかの様に「ふむ」と言う頷き。


「本物だった」


 得られた確証を更に固める様に口にするスノー。


「本物よ?」


 当たり前でしょう? とアイリ。


「……」


 そして何となく、スノーの手の動きからナニかの大きさを推測してみる僕。

 いや、違う。別にアイリが着やせするタイプだとか知らない。


「父親よりは女の趣味が良いな、A」

「……お父さんを?」

「まあな。お前の父親がお前と同じ位の年齢の頃を知っているが……」


 一歩。下がって、僕を観察するスノー。


「見た目はそっくりだな」

「……よく言われます」


 見た目に関しては。


「だが性癖は似なかったようで良かったな。お前の親父、ロリコンだろ?」

「いや、そんなことは――」


 無いですよ。そう言おうとした。そう言えなかった。


 ――ナナ、今日は餃子にするから上の大きいボウルを取ってくれ。


 脳裏に浮かんだのは背伸びをする小さなお母さん。

 姉達と混ぜて、「年齢順に並べて下さい」と言うと、結構な確率で四番目、そうでなくとも三番目に並べられるお母さん。


「……」


 ごめん、お父さん。

 僕、否定できないや。








あとがき

前作読んでないと伝わらないネタはあんま書きたくないんだけど、許してね!!


そんな訳で父方の義祖母との邂逅

尚、Aは知らない模様


以下、本編で書けるか微妙なので小ネタ放出


謎の美女スノーさんがドギーハウスでポテトマンの真似事をしてるのは融通の利く仕事に変えたくて再就職したから。

融通の利く仕事に変えたかったのはお子さんがいるから。

血が繋がってるかは知らないけど、取り敢えずシングルマザー。

スノーさん仕事中は残りのおでんモノズとルド血統の二匹のコーギーが遊び相手とガードを勤めている模様。

尚、Aの妹とか言う怖いオチは無い。

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