猟犬殺し

 ドギーハウスで使われている“犬”の称号は通信網が死んだこの時代に合わせて考えられたシステムだ。

 名乗る奴が死んだ場合でも、同じことが出来る奴に名乗らせることにより、組織としての弱体を分かり難い様にする。

 だから犬に必要とされるのはその犬を名乗る為の能力だけだ。どういう戦い方か、どう言う兵種かは関係ない。

 敵を追う能力と、その敵を仕留める能力。

 本来、猟犬と言う称号を名乗るのに必要とされるのはその二つの能力だったのだが、何代か前の猟犬が名前を売り過ぎた結果、世間様では猟犬=狙撃兵と言う風潮が出来上がってしまった。

 そうなってしまうとドギーハウス側も猟犬には狙撃兵を選ぶしかなくなってしまう。

 時代に合わせたシステムが逆に作用してしまったという訳だ。

 なので今の猟犬も狙撃手だ。

 カゲノブ。

 僕のお父さんのファンであった彼のことを僕は知っている。

 着任の際、お菓子を持って我が家に挨拶に来てくれたのだ。


「……」


 いや。ハムだったかもしれない。

 兎も角。

 持って来てくれたお土産に関してはあやふやだが、僕は彼のことを知っている。

 そして今、同じ街にいることから携帯端末を使用しての通信ができる。

 そんな訳で番号を打ち込みコール。

 ショウリが持って来た情報により、今現在彼が仕事を入れていないことを知っているので、出るまで遠慮なくコールを鳴らし続ける。


『……カゲノブだが、どちらさん?』


 男が出た。隠そうともしていない迷惑そうな声音。

 知らない番号からしつこくコールされた者の対応としては実に正しい。


「トウジの息子の一人です」

『!? トウジさんの? あ、いや、本当か?』

「あぁ、すいません。言っといて何ですが、そこは証明できないし、する気も無いです」


 ただ話を聞いてくれる体制を造って欲しかっただけです。


「猟犬の称号に関してです。大人しく渡して頂けませんか?」

『……は?』


 溜息を吐く。まぁ、無理だろうな。

 何言ってんだ? を凝縮した様なその言葉が答えだろう。

 残念だ。


「僕は貴方の次の猟犬の実力を知っています。貴方が猟犬として生きた二年の間に積み重ねた功績よりも大きい功績を立てたことを知っています」


 だからドギーハウスは貴方ではなく、次代に称号を与えることにした。

 これは分かりますよね? と一息。


「同時に僕は貴方を知っています。貴方が尊敬に値する狙撃兵であることを知っています」


 だから――


「潔く、引いて貰うことは出来ないでしょうか?」

『……無理だな。負けてもねぇんだ。渡したくねぇ』

「そうですか」

『そうだ。……上の連中が認めてるって言うなら勝手に名乗って見ちゃどうだ?』

「は、」


 白々しい提案に思わず渇いた笑いが零れる。


「冗談ですよね? ソレをやったら笑いモノにしかならないだろう?」

『そっちなら俺としちゃぁ文句は無かったんだが……残念だ』

「えぇ、残念です。交渉は決裂。そう言う訳で僕は明日、貴方を殺そうと思います。失敗したら諦めますので、生き延びて下さい」

『……』

「それと何の足しにもなりませんが、一応。……僕は貴方の狙撃の腕を尊敬しています」

『光栄だね。お前の死体にで良ければサインをやるよ』

「ありがとう。失敗した場合も楽しみが出来ました」


 携帯端末越しに薄い笑いを交換して、通信終了アウト

 言うだけの自己満足。ついでのおまけの殺害予告。それを送り付けて僕は街外れへと足を進めた。








 守りを固めた狙撃兵を仕留めるのは至難の業だ。

 特にカゲノブさんは三十四とモノズの契約数が多い。

 拠点を定めて、その周囲を守らせてしまえば先ず接触無しでの突破は無理だ。

 そしてモノズが造った一瞬はカゲノブさんにとって仕事をするには十分な時間だ。

 止まって、或いは炙り出された瞬間に頭を撃ち抜かれる。

 更に言ってしまえば、僕は時間を制限した。

 一日。

 それだけに区切った。そこを過ぎてしまえばカゲノブさんの勝ちだ。ドギーハウスがどう言うかは知らないが、僕はそう決めた。

 そして街の外れの廃ビルをカゲノブさんは選んだ。

 周囲に背の高い建物は無く、人気のないその区画の中では動くモノは酷く目立つ。

 どう考えても僕一人で攻め切るのは不可能だ。

 だから僕は動かなかった。

 だから僕は時間が来るのを待った。

 長針と短針が重なり合う午前零時。

 そこから、くる、と秒針が回って六十秒。

 少しだけ長針と短針がズレたその瞬間。

 僕は敬意で以って引き金を引いて、尊敬に値する一人の男の頭を撃ち抜いた。








「……どういう手品だ?」


 何時かの喫茶店。何時かと同じ様に向かい側に腰を下ろしたショウリがそんな言葉を言って来た。何時かと違うのは少し彼が興奮気味だと言うことだろうか? 鼻息が荒い。


「……」


 僕は無言で、おもむろに左手を前に出す。親指は垂直に、揃えた四本の指は水平に。そうしてから右手の平でその垂直に立った左親指を隠し――ばっ、と右手の目隠しを外すと同時に素早く親指を曲げて左手の平の内側に隠した。

 ショウリから見たら僕の親指が消えた様に見えたはずだ。


「……」


 呆気に取られた様な表情を浮かべるショウリを見つつ、僕は満足げにコーヒーを――


「舐めてるのか?」

「あ、やっぱダメですか」


 誤魔化せませんか。そうですか。せめて耳位でっかくしないと駄目ですか。


「……カゲノブが猟犬の称号を返しに来た」

「そうですか。老兵は死なず、ただ立ち去るのみ、と言う奴ですね」


 ふけぇー、と感心した様に僕。


「……背後からペイント弾で撃ち抜かれたらしい。『負けを認めるしかねぇ』。それが伝言で――」


 これが賞品らしい、と何とも言えない表情でショウリ。

 カゲノブさんのサイン色紙が置かれる。わぁい。受け取り、コーヒー等で汚れない様に直ぐにカバンに仕舞う。


「……消して欲しい、と言う依頼だったと記憶しているが?」

「猟犬・カゲノブは殺しましたよ」


 生きているのはただのカゲノブさんだ。僕はしれっ、とそう言った。

 だが残念。依頼主様はちょっと半目になっておられた。不満そうだ。


「良いか。ショウリ、腕の良い狙撃兵は宝だぞ?」

「……私情が入って居そうだな?」

「否定はしない。……だが、ドギーハウスとしてもこちらの解決案の方がお気に召して貰えるんじゃないかと思うのですが……」


 どうでしょう? 目線で問えば、とても嫌そうな顔のショウリ。


「……私からの依頼は失敗と言う形にさせてもらう。違約金は取らないが、報酬は下げるぞ」

「それは残念」


 机の上に置かれたショウリの携帯端末。そこに表示された後払いの報酬は三割程減らされていた。

 その報酬を受け取る為に僕も携帯端末を取り出し、コードを読み取ろうとする。した。だが読み取る前に端末が攫われ、ショウリの手に戻ってしまう。おい? と言う僕の目線に、待て、と片手をあげてショウリが端末を撫でる。


「そしてお前の推測通りウチの上はお前の対応に感謝している。なので――」


 これがその分を追加した報酬だ。

 机の上を滑ってやって来た端末には当初の契約通りの後払い金が提示されていた。有り難いことだ。僕はいそいそとコードを読み取り、報酬を受け取る。

 そうしてから自身の端末をポケットに、ショウリの端末をショウリへと返すと、それを待っていたのか、ショウリが軽く身を乗り出し、口を開いた。


「……やり合ったのは街の外れの廃ビルだろう? 周囲を調べた所、カゲノブのモノズが散っていた形跡があった。だがモノズの破片があったのはビルの中のみ。外に居たモノズは壊されていない」

「そうですか。ショウリ、コレは僕の推理だが……犯人はかなり隠密に長けた奴だ」

「お見事だ、名探偵。だが私は犯人を知っている。犯行の動機もだ。だから知りたいのは『どうやったか』だ。守りを固めたあのレベルの狙撃兵を、単騎で『どうやって』仕留めたか、だ」

「そうですか。だがそれは……単なる君の好奇心だろう?」


 教える必要はないですよね? と青年A


「そう、だが……」


 どこか悔しそうにショウリ。

 推理モノの解決編が世に出ないまま終わりそうな雰囲気にちょっと面白いことになっていた。


「……」


 実に滑稽である。

 そんなことを思った。

 コーヒーを一口。ストローを掻き回すと氷が一度、からん、と鳴いた。


「入れないんだから、入らなければ良いんですよ」


 それに合わせるように導入を口にする。

 別に隠す程大したことはしていない。

 別にドヤ顔する程大した種は無い。

 時間を区切って選択肢を狭める。殺すと宣言して、勝手に賭け金に命を乗せて場を重くする。死なない為に、全力で動いて貰う。

 次の『一手』は読み難い。

 だが『最善手』であれば、取らないといけない・・・・手であれば読める。

 つまり手品の種は――


「僕が隠れていた場所にカゲノブさんが来ただけだよ」


 そんなお粗末なモノだった。


「……賭けの要素が強過ぎないか?」

「お気に召しませんか?」

「いや、成果を上げてくれたから文句は無いが……予想が外れたらどうする気だったんだ?」

「まぁ、予想が当たってくれて良かったですよ」


 言いながら携帯端末を弄り、マップアプリを起動。何ヵ所かにマーキングが施されたソレをショウリに見せる。


「他の場所に行かれてたら……死体の確認が面倒だった。ミンチになる量を使いましたから」


 マーキングに使ったのは爆弾マーク。

 特に意味なくソレを使った分けではない。ショウリにもソレが分かったのだろう。あー……と、とても嫌そうな顔をしていた。

 当たり前だ。

 僕はカゲノブさんが使いそうな場所全てに問答無用で細工をした。中には普通に街中の、人が多い場所もある。テロリストみたいなもんなのである。


「……やり過ぎだ」

「一流の狙撃兵が相手だ。その言葉・・・・はジョークにしかならないよ」

「そうか。それにしても……随分と手際が良いな?」

「うん。まぁ、何と言うか……趣味なんですよ」

「趣味?」


 何が? と片眉持ち上げるショウリに、えぇ趣味です、と返して伝票を受け取り立ち上がる。そうして擦れ違う刹那に、耳打ちをする。


「狙撃兵の殺し方を考えるのは僕の趣味だ」


 軽く驚くショウリに、内緒にしてくれよ? とウィンク一つ。してから軽く後悔も一つ。

 しまった。売れば良かった、この情報。







あとがき

お見合いの場にて――


「Aさんのご趣味は?」

「狙撃手の殺し方を考えることです」


((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

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