密談

 車輪が砂を削る。

 人間はモノズをタイヤとするボール・ホイールと言う技術を使い、トゥースは主に騎乗用の生物を使う今の時代、くるくる回るだけの単一機構を使う乗り物は趣味の領域のモノだ。

 黒のレザージャケット。おしゃれの基本は足元からとでも言うのだろうか? ゴツめの編み上げブーツは僕の中の少年が疼き出す程度には恰好が良い。


「……」


 僕の目の前にサイドカー付きのバイクを止めた男は、無言でサングラスを外す。その様子は――


「久しぶりだな、A」

「……お久しぶりです、ショウリ」


 残念なことに、腹が出てるせいで微妙にコミカルよりだった。







「カギだ」

「どうも」


 喫茶店のボックス席。

 下にアルを入れ、ショウリの対面に座った僕は、助かりました、と頭を下げた。

 処分されているだろう。そう思って諦めていた僕のバイクを、ショウリはわざわざカンパニー×カンパニーから回収してくれた。

 そしてソレを引き渡すと言うのがショウリが僕を呼び出す為に用意したエサだった。


「――こういう店で打ち合わせをする際、私は偶に嫌な気分になる」


 言葉のとおり、不機嫌そうに眉ねを寄せながらショウリ。


「見た目で人を判断するのは良くないと思わないかね?」


 言いながらパフェをこちらに押し出して、代わりに僕の前にあったアイスコーヒーを引き取って行った。


「今回はちょっと迷ってたじゃないですか」


 注文を持って来たウェイトレスは僕を見て、ショウリを見て、もう一度目つきの悪い男をみて、子豚ショウリを見て、賭ける様に僕の前にコーヒーを、ショウリの前にパフェを置いた。


「こう見えて私は健康に気をつかっているのだ」


 子豚は付属のシロップ全てをコーヒーに流し込みながら随分と説得力のあるコメントを吐き出して下さった。


「それで? 内密の相談と言うのは何でしょうか?」

「そんなことを言った覚えは無いが?」

「そうですね。僕も聞いた覚えはありません」


 それでも、そうなんだろ? とパフェを攻略しながら僕。うっかりスプーンを差し込んだところ、表面のアイスが沈み込み、周りにデコられた果物が落ちそうになっていた。

 少し、慌てる。

 そんな僕の様子に足元の毛玉が三角形の耳をぴんと立てて待機していた。……そんな目をしても絶対に落さないからな?


「……お察しの通り。内緒話だ」

「ご安心を。アイリは置いて来た方が良さそうな気がしたので――」


 置いて来ました。言いながら大豆加工により造られた人工疑似サクランボの種を、ぺ、と吐き出す。わざわざ種を再現している辺り、中々の高級品だ。この種も元が大豆なので食べられる。食べられるが、別に美味しくはない。どうしたものか? そんな思考を三秒――も許さず、それはぼくのでは? と股の間からアルが顔を出して主張しだした。「……」。話の邪魔になりそうだったので、そうですよ、と種をくれてやることに。


「……話が早いのは有り難いが、貴様は微妙に可愛くないな」

「ありがとう。最高の褒め言葉です」


 野郎に可愛いと言われても楽しくも嬉しくもない。なので特にそこを突っ込むことなく「それで?」と先を促す。


「今回の仕事の報酬の件だ」

「ボーナス付きで頂き、ありがとうございます」


 また、ぺこり、と僕。

 殿軍の報酬は既に貰っている。ショウリはホワイト企業よりの思考らしく、結構な報酬を頂いた。


「……少し、脱線するが……一人も磨り潰さないとは思わなかった。趣旨変えか?」

「まさか。最初から僕はそう言う性格ですよ」


 少年漫画の主人公を張れるレベルで仲間を大事にするのが僕の方針です。


「あぁ、そうか。どうやら私は貴様を見誤っておったらしい。所で……お前と一緒に索敵に出て死んだ我が従弟殿に関してだがな、避けられない犠牲として処理されることになった」

「それは有り難い。痛くないお腹を探られるのはそれでも楽しくないですからね。……あぁ、そうだ。機会があるのなら彼のご両親にでもお伝えください『息子さんは勇敢でした』と」

「ほほぅ? 詫び錆を感じる奥ゆかしさだな」

「こう見えて、育ちが良いので言葉遣いには気をつかっていますよ」


 因みに育ちの悪い言葉で言うなら『息子さんは勇敢(という言葉に酔っ払い、暴走をする役立たず)でした』となる。

 オブラートで包み切れなかったので、外科手術による患部の切除が行われていると言うのが悲しい真相だ。


「……皮肉が過ぎる。伝えるのは止めておこう」


 シロップ入りコーヒーを一口。舌に乗る甘さと歯別の所で苦みを感じているのか、眉根を寄せながらショウリ。

 それは残念、と僕は肩を竦めて見せた。


「それで? 全員生き残らせたのは拙かったのでしょうか?」


 ヤレと言うのなら、少しくらいならヤって減らしますが?


「いや、それは良い。寧ろよくやったと感心をした程だ。……ただ、払った報酬に色が付いていただろう? 実はその出所は私のポケットマネーでね。予想より多く出て――痛かった」


 本当はケーキセットにしたかったのだ、とショウリ。

 かわいそうだったので「それ位なら驕りますよ」とメニューを差し出す。それを受け取り、嬉しそうに三本指を立てて見せてくる。「……」。調子に乗るなと中指一本立ててお返事一つ。


「失敬。追加だ。この…………………チーズ、いや、チョコ……チーズケーキを一つ」

「それとアイスコーヒーを」

「……」

「いや、自分で払いますから」

 ちょっとパフェが甘くて辛かったのです。

 だから細い癖にアルみたいに煌めく瞳を僕に向けないで欲しい。








 チーズケーキとアイスコーヒーが机の上に追加された。

 甘さは要らないが、ブラックは辛いので、ミルクだけを入れることに。ぱき、とプラスチック容器の口をきった音を聞きつけた仔犬が、それもぼくのだとおもうのですが? と主張をして、目の前の子豚は使われなかったシロップを奪って自分のコーヒーに追加していた。


「……」


 健康に気をつかっていると言うのはきっと僕の聞き間違えだったのだろうな。そんなことを思った。


「……今回の仕事の報酬の件だ」


 僕の何か言いたげな瞳に少しだけ居心地が悪そうにしながら、ショウリが同じ言葉を繰り返す。


「それは、払って頂いたモノでは無く――」

「私と貴様の間で交わした口約束の方だ、友よ」


 不器用にウィンクをしながらショウリ。


「そうですか。それなら取り敢えず、友人が減らなかったことを喜ばせて貰います、友よ」


 溜息に混ぜる様にして僕。


「それで? 残りの支払いの準備が出来ましたか?」

「レッド。申し訳ないが、トラブル発生だ」


 残念なことにな、とショウリ。


「それはそれは――喜ぶのが少し早かったようで」


 残念なことです、と僕。

 ショウリと僕の間には書面に乗っていない契約が四つある。

 一つは既に遂行されたモノ。惜しみなく払われた金。

 一つも既に遂行されたモノ。アイリの弟妹に対する教育の手配。

 そして残り二つは未だに果たされていない。

 一つは最高級のムカデの用意。

 こちらは用意するだけだ。なので、問題となったのは最後の一つだろう。即ち――


「猟犬の称号」


 口に出す。

 僕にとってはコレがメインだ。アイリを猟犬に出来る。それがあるから殿軍を引き受けた。それ以外の報酬は僕にとってはクソみたいなものだ。ソレが支払われないとなると――


「……困ったな」

「あぁ、困ったな、友よ」

「ショウリ。僕は、君を殺さないといけないかもしれない」

「そうだ。その通りだ。だが私は未だ死にたくない」

「……」

「……」


 間。

 数秒、或いは十数秒が過ぎる。それでも秒針が一周するよりも前にショウリが口を開いた。


「上、経営陣側は納得させた。今回の殿軍を果たした功績でな」

「……成程。あの仕事はその為でしたか」

「戦場から民間人を死者ゼロで引き揚げられたのは間違いなく貴様ら殿軍の働きがあってこそだ。これが出来る奴を評価できないならソレは組織として終わっているよ」

「評価に十分な成果を上げて、上もソレを認めた。……何が足りないのでしょうか?」

「足りている。足りてはいるんだよ、A。だから完全にコチラの問題さ。申し訳ないことでもあり、情けないことでもあるのだが……クソが詰まっている。君の御父上の功績の一つだ。猟犬と言う称号は有望な新人程度にくれてやるには――少しばかり輝かしいらしい」

「……それで? 自殺の手助け希望で無いのなら、僕にこの話を聞かせた理由は何だ?」

「依頼だ」


 電子マネーの支払いコード付きの小切手をテーブルに乗せてショウリ。


「君からだろうか?」

「私発で五人程噛ませてある」

「……」


 典型的な外道仕事アウター・ビズの発注方法じゃないですかやだー。


「内容は?」

「そうだな、オブラートに包むと……私と、私の友人の間の友情を保って欲しい、と言った所かな?」

「オブラートを剥がすと?」

「消して欲しい奴がいる」

「……」


 どれだけの量かは知らないが、オブラートで包んでしまうと殺人依頼がちょっといい話に変わってしまうのだから、恐るべきは日本語ジャパニーズだ。

 僕は軽く戦慄した。

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