ショウリ

「相変わらず美味そうだな?」


 物陰で食事を詰め込む僕に、ミツヒデがそんな言葉を掛けてくる。手には紙コップが二つ。その内の一つが差し出される。薄く澄んだ琥珀色。スープだった。一口。オニオンスープと言う奴だろう。久方ぶりのチョコ味以外の味に僕の味覚がゆっくりと目を覚ます。


「お嬢さんは有能だ。俺も助けられてる。だから多少は――」

「恰好を付けさせてくれよ、ミツヒデ」


 好きな女の子へのプレゼントに他人の金を使うと言うのは流石に恰好が付かない。


「……それならちゃんと恰好を付けろ」

「? どういう?」

「お前の食生活はお嬢ちゃんにバレてる。そうなった原因もな。お嬢ちゃんからの差し入れだ」


 言って、ミツヒデが何かを投げる。受け取り、僕は絶句する。


「優しい子じゃないか」

「……優しい子ではあるようですね」


 手にはいつも食べている携帯食料の味違い。チーズ味の物。

 僕の好きな人の優しさは、どこか微妙にズレていた。







 取り敢えず撤退が出来るところまで仕事が終わった。

 街の有力者、重要施設の要、そう言ったモノの移送が完了した。あとは切符を買えた人と一緒に撤退して僕等の仕事はお終い。成功報酬が追加で支払われて目出度く僕の食生活は改善されるという訳だ。

 そこまで来て、思わぬトラブルが発生した。

 アイリが切符を買えなかった。

 正確にはアイリが切符を売って貰えなかった。

 戦果を上げ過ぎた。

 結果として今は亡きアホ様が引き連れて来たスクルート本家からの部隊に目を付けられた。

 脱出の切符が買えなかった貧しい人々。そんな彼等を見捨てることなく、必ず脱出させよ、というスクルート本家の皆様の理念は大変すばらしいモノだ。

 据えていた頭がちょっとアレ気味だったことを除いてしまえば、そして何よりも自分がその殿しんがりに関わることが無ければ拍手を送ってもいい。

 だが巻き込まれるとなると話が変わってくる


「……背骨が生身の女。逃がす対象だと思うのですが?」


 都市軍の本部。蹴り飛ばしたモノズが壁に減り込み、護衛の皆様が床にゲロをぶちまけて蠢く中、無理矢理押し入った僕は眼前のまとめ役に言う。

 子豚の様に太った男だ。細い目の男だ。眼鏡を掛けた男だ。若い男だ。


「……貴様か」


 彼は僕を認めると、そのまま何でも無いように書類に視線を落とした。「……」。無言でその書類を撃ち抜く。孔が開く。彼は大袈裟に肩を竦めるとその孔からこちらに視線を送って来た。


「……銃を撃ったと言うことは、そう言う対応で良いのか?」

「ここまでの道中、一人も殺していない。だからそういう対応でお願いしたい」

「私の護のリーダーが先程からピクリとも動かないのだが?」

「それなり程度には手強かったから、加減が効かなかった。だが、死んではいない。性別が変わったくらいだ」

「それは怖い」


 言って、孔のあいた書類が投げ出される。ひらひらと軽く踊りながらデスクの上に落ちる。ソレを傍らに控えていた秘書の様な女性が拾い上げた。


「書き直してくれ。それと転がっている役立たずを外に。……彼と二人で話がしたい」


 子豚の命令に女性が一礼。端末を触ると直ぐに彼女のモノと思われるモノズ達が転がって来て壁に減り込んだ装飾品とゲロ製造機を回収して行く。扉が閉まり、部屋の中には僕と子豚だけが残った。


「……先ずは礼を言っておこう」

「?」


 ん? と僕。


「我が従弟殿の件だ。始末してくれて助かった。来て早々死ぬものだと思っていたが、想像以上に長生き・・・されたせいでこちらに指揮権が回ってこなかったのでな。始末してくれて助かったぞ、A」

「……それは僕が聞いても良い内容なのか?」

「良くはないな。私は現場に受けが悪い。コレをお前が漏らせば――まぁ、愉しいことになるだろうな」


 BBQパーティくらいは開かれるだろうな、と子豚。


「では、何故?」

「こちらだけが銃口を突き付けていると言うのも悪いだろう? 愉しく、仲良く銃口を向け合おうじゃぁないか、友よ」

「……成程」


 信頼を得る為には先ずは対等の友人関係をと言う訳か。悪くない。

 僕は背もたれが圧し折れた椅子を起き上がらせて体重をそこに預けた。


「それでは友達としての頼みだ。アイリを殿軍から外せ。彼女は改造をされていない民間人だ」

「冗談を言うな。彼女が民間人ならとっくに戦争は人間・・の勝利で終わっている」

「……僕には普通の人間に見えますが?」

「彼女やお前の父親を基準にするな。私の様な脆弱な者を基準にしろ、A。いや、ナナシ?」


 ナナシ。

 呼ばれたその名に空気が張る。僕は反応を返さない。彼も反応を返さない。五秒経った。根負けしたのは僕だった。


「どこで?」


 溜息を吐き出し、頭をガリガリ掻きながら椅子に浅く座り、前傾姿勢。睨む様にして子豚を見ながら低い声での問いかけを一つ。


「私は情報をメシの種にしている種類の人種でね」


 威圧に近い目と声を受けても子豚は涼しい顔。太り過ぎて細くなった目を眼鏡の奥で更に怜悧に細めて口元に笑みを造ってみせる。


「答えに――」

「なっていない。あぁ、なっていないな。だが言ったぞ、A。コレは私のメシの種だ。聞きたければ――金を払え」

「……その腹を造る為の食費となると値が張りそうだ」

「ははっ! その通りだ。そして得られるのは精々が貴様の自己満足だけ。つまらん。やめておけ。金と情報は正しく使った方が良い」

「成程」


 参考にさせて貰いますよ、と僕。


「それで、貴方は? まさか名前も有料だとか言い出しませんよね、友よ?」

「勿論、無料だ。タダよりも高いモノは無いからな」


 子豚。にやりと笑って。


「ショウリ・スクルート。人類に勝利をもたらす為に、一人でも多くの弱者を救う為に生まれて来た男で――探査犬だ」

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