美味しいパン屋さん

 ドギー・ハウスと言う傭兵派遣会社がある。

 職人組合に属すソレは戦況を単騎で変えることが出来る様な凄腕を何人も抱えている。そしてその凄腕達に送られる称号こそが『犬』だ。

 犬は得意とする仕事で名前が付けられている。

 敵を追い、仕留めることを得意とするのならば、猟犬。

 護衛などの守る戦いを得意とするのならば、番犬。

 そして忍術を使えるのならば、忍犬と言う具合だ。


「……」


 いや。

 なんだ。

 忍術って。

 兎も角。幼い頃に聞き流していた情報群の中に紛れ込んでいるとびっきりのイレギュラーに関しては兎も角として、だ。

 子豚の様な男、ショウリ・スクルートは自らを探査犬だと名乗った。デジタル、アナログを問わずに情報の収集に特化した犬だ。戦闘向きの犬種では無いが、それでも犬だ。並程度の戦闘能力――そう見積もると痛い目を見る羽目になるのだろう。


「そう言えば、君のモノズは?」


 しれっ、とさり気なく。何でも無い様に。

 良ければ紹介して貰えませんか? と僕。


「悪いが友情ポイントが足りないな」

「……カードとか作った方が良いですか?」

「安心しろ。記憶力は良い方だ」

「成程」


 それはそれは――素敵なことだ。

 脳内にしかないので僕は数字の確認が出来ない。調子に乗っていると敵対ラインを超えて晴れて突き付け合った銃口から弾丸が飛び出すという仕組みと言う訳だ。


「ショウリ、僕と君は――ズッ友だよ☆」


 不器用にウィンクを添えてみつつ、友情を示す様に、威嚇を止めて椅子に深く座り直す。

 殴り合いなら勝てる。ただ、殺し合いの段階まで行くと僕もただでは済まない。そう言うラインなのだろう。

 モノズと契約している人間の戦闘能力は見積もりが難しくてよろしくない。この子豚が犬とか詐欺だと思う。


「さて、A。それでは私達の友情に関わる話、アイリに関してだ。それにしても――何時の世も男の友情を試すのが女性と言う存在だと言うのだから面白いとは思わないか?」

「……思いませんね」


 特に今回の場合。

 色恋沙汰と言うのならば多少の同意も出来そうなきがするが――


「それで。彼女は君が救うべき『弱い人』ではない、と?」


 ただの生死の話だ。


「さっきも言った。二度も同じことを言わせる気か、A?」

「覚えが良くないんだ」

「ならばもう一度。君のお父上並だ。君も弱いなどとは思っていまい?」

「女の子だぞ?」

「違うな。英雄人類救済システムだ」

「……」


 嫌な言葉だ。それでもソレを否定することが出来ない。

 強者に惹かれるというトゥースの本能が肯定をする。

 英雄の息子としての僕がそれを肯定する。

 アイリ。

 彼女は何時か人類を背負う。だが、いや、だからこそ――


「……英雄の『卵』だ。こんな所で潰す気か?」

「A。良いか? ――人を救ってこその英雄だ」

「いいや、生き残ってこその英雄だよ、ショウリ」


 こんな辺境の街の、脱出の切符を買うことも出来ない貧乏人。ソレを救う為。そんなことに使い潰して良い存在ではない。


「彼女の兵科は狙撃兵だ。これまで生身の彼女が戦場に出て生きてこられたのはその要因が大きい。だが殿軍に使えばその有利は薄れる」

「強力な盾があるだろう?」


 僕を見ながらショウリ。死んでもお前は守るだろ? と言わんばかりの態度だ。


「……事故への対応が不十分だ。ムカデ無しでは一発が致命傷になる」


 インセクトゥムは人類の敵だ。

 当然、強化外骨格も、生体外骨格も貫く手段を持って居る。ソレは最低ラインなのだ。


「ふむ。一理あるな。では背骨の換装してムカデを用意しよう」

「……そもそも彼女には何の利益も無い」

「民の笑顔だよ、A」

「……おい、ショウリ。僕を舐めるな。言葉遊びを止めろ。良いか? もう一度言ってやる。僕を舐めるな・・・・・・。君から指揮権を奪ってやっても良いんだぞ・・・・・?」


 一歩。椅子に座ったまま足を降ろす。力いっぱい。甲殻に覆われた異形の右足が床板を砕き、部屋を軽く揺らす。


「ははっ、貴様こそ私を舐めるなよ、A。こんなモノはな、貴様と私が話合っても意味がないんだよ。大事なのは彼女の意志だ。英雄の卵である彼女の、何時か英雄になる彼女の意志なんだよ、A」


 僕の威嚇に動じることなく、それどころか鼻で笑い飛ばすショウリ。

 優雅に、風雅に、上流階級の人間らしくゆったりと続ける。


「賭けても良い。彼女は私の申し出を受けるよ、A」

「そうか。そうかもしれない。彼女は優しい子だからな」


 チョコ味の携帯食料を食べ続ける僕の為にチーズ味の携帯食料を用意してくれるくらいには優しい子だ。受けてしまうかもしれない。それでも――


「無事に伝えられると良いな、ショウリ?」


 ぎ、と目が軋む。瞳孔が軋む。暴力の匂いに、自然と甲殻の無い左の口角が吊り上がり、凶相を造り出す。

 だが――


「全くだ! 全くだよ、A! ソレが私の懸念だった。何と言っても彼女の周りには怖い、怖ぁい猟犬の仔犬がいた・・からな」


 だが、それすらも笑ってみせてこそ、犬。探査犬だ。


「ところで、A。私の秘書だが……帰りが遅い・・・・・とは思わないかね?」

「っ! そういう――」


 ことかっ!

 慌てて立ち上がる。二歩。床を踏んで加速して――三歩めで緩めた。ショウリが話したと言うことはもう手遅れと言うことだ。短い時間の交流であっても、彼がそう言う人物だと僕は理解して――いや。させられていた。

 探査犬。情報を扱う犬。彼に食べさせられた情報は随分と消化が良い。


「おや? 急がなくても良いのかい?」

「……」


 くくっ、と楽しそうに笑うショウリに負け押しみの様に中指おっ勃て、糞がファック、と僕。ドMな子豚野郎はそれが嬉しかったのか、更に笑みを深くする。


「安心したまえ、A。安く買い叩く気はない。最高級のムカデを用意するし、金だって惜しみなく払う。ついでに彼女のご姉弟には学校の手配もしてある。……それと、一つ。彼女向けの称号も用意してある。この戦いが終わったら一緒に弊社に行かないか?」

「……ぎりぎりのラインでまだ君を友人と呼べそうだよ、ショウリ」


 でもタンスの角に指ぶつけろ。

 口内炎、三個くらい造れ。

 兎に角、何でも良いから不幸になれ。


「まぁ、未だ賭けだ。君の勝ちの目だって十分にある。早く愛しの彼女の下に行くと良い、A。我が友よ」

「そうさせてもらうよ、ショウリ」


 言いながら、今度は親指下に向けての、くたばれ糞がゴー・トゥ・ヘル

 それに対するショウリの答えは、優雅に、風雅に、中指立てた、お前もなファックオフと――


「あぁ、A。私は君のことも性能だけであれば、英雄の卵だと思っている。君が人間だったら当代の番犬は君だ。だからどうか、彼女人類の希望を守り切ってくれたまえ」


 そんな言葉だった。







 メリットとデメリットを測る天秤があるとする。


「あの人たち、貴方の会社の護衛を受けられないんですって」

「そうですか」


 お父さんもそうだったが、その天秤がズレるか壊れている人がこの世の中にはいる。


「とっても美味しいパンを焼くパン屋さんなの」

「……そうですか」


 だから私は残ろうと思うの、そんなことを言う彼女の言葉に思わず座り込む。予想はしていた。いや、半分くらいは確信していた。だが、こうもあっさりと口にされると、頭が痛くなる。そして心臓の鼓動が大きくなる。そうだよな。そう思う。そうあってくれて良かった。そうも思う。


「アイリ」

「なぁに?」


 憧れたのだ。手を伸ばしたのだ。届かなかったのだ。

 だから手が届いた彼女のことを尊いと思いたいのだ。彼女は綺麗なもので有って欲しいと思うのだ。だから――


「僕はやっぱり君のことが好きだ」

「……そう。ありがとう」


 君がそう言う人物であってくれることに僕は少しだけ救われる。









あとがき

発売中のDoggy House Hound 1巻 サイン本プレゼントキャンペーンがTwitterで始まったらしいです。

興味はあるけど……と、戸惑ってる方は運が良ければ入手できるのでどぞ。

詳細はオーバーラップのHP……で良いのだろうか? 多分、良いです。

当たったのならおめでとう!

外れたら悔しさと千円札(と小銭)を握りしめて本屋さんにGOだ!!


そんな宣伝。

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