白い戦場
ラバー製のエサ入れに入れられたドライフードをアルがぽりぽりと齧っている。がっつく様な勢いはない。時折振り返る姿もどこか文句がありそうだ。どうやらアレは美味しくないらしい。
さて、話は変わるが、世の中には知らない方が良かった、或いは気付かなければ良かったと言うことが多々ある。
例えばソレはアルが文句ありげに齧っている
需要の多さからの大量生産、そしてコストの削減。
この終わり掛けの世界においてその流れに乗った携帯食料は間違いなくヒット商品と言う奴なのだろう。
「……」
その結果、犬の餌以下の値段に落とし込んだ企業の努力を思うと僕は色んな意味で涙が出そうになった。
腰に届く程の大きさの大型が四機。
膝に届くほどの大きさの中型が四機。
最後にサッカーボール大の小型が四機。
合わせて十二機がアイリが契約したモノズだ。
睦月から始まって師走。
最初、単なる数字を名前にしようとしていたのを「流石に」と僕とミツヒデが止めた結果、彼女がモノズに付けた名前だ。
一月から十二月も、言い換えると手抜きに思えなくなるのだから日本語と言う奴は随分なポテンシャルを秘めた言語だと思う。
まぁ、そんなポテンシャルを秘めた言語を造り出した国と言うモノすらも滅んでしまったのが今の時代だ。
だから僕は戦場を見渡す。
僕のサポートとしてついて来た文月が送ってくれたマップを確認しながら敵の動きを見て、味方の動きを見て、戦場の動きを把握する。
勝つことは求められていないので、時間を稼げばいい。それならば――と街から少し離れた丘を拠点に前で守る戦いを僕は上官殿に進言した。
認められた結果が今、目の前に広がっている戦場だ。
塹壕戦。
個々の技能にバラつきが合っても例外なく一流の工兵であるモノズ達が昼夜を問わずに掘り進めた塹壕を用いての戦闘だ。
「……」
この戦いは、酷く泥臭い。
溶けた雪が水となり、大量の泥を造り出す。甲殻に覆われた僕の足は人間のソレよりも環境の変化に強い。だがムカデを纏って尚、防ぐことのできない冷気と言うモノは生身の足を蝕み、最悪、切断と言う結果をもたらしてしまう。
敵はインセクトゥムよりも寒さと言う訳だ。
それは四本脚の獣にも言えることなので、ここの所、塹壕の中で待機している間、アルは僕の腹の上に置いて居た。ムカデの硬い装甲越しであっても、彼にとってはだっこをされると言うこと自体が幸せなことらしい。
冷たい泥の中、只管の待機をしなければならない僕が陰鬱とした気分で腰を下ろす中、舌を出して呼吸とテンションを荒くしたアルは、早くしゃがんで! とぴぃぴぃと虫の様に鼻で鳴いていた。
「分かった。分かったよ」
言って、しゃがむと『まってました!』と言わんばかりにうごうごと昇り出す毛玉。
短い後ろ足が地面を蹴ることが出来ずに空振りするのを助けてやれば、無事に僕への登頂を果たしたアルがお礼を言う様に僕のムカデの頭部装甲を舐めて来た。
――来た。
警報よりもほんの数秒早く僕はソレを感じた。
塹壕から顔を出し、外を見る。
ホッパーに対抗する為に坂道に造られたその場所からは向かって来る虫の群れが良く見えた。
それを判断した。
「僕、水無月、文月、葉月、A1、チームリーダーは僕が」
「皐月、長月、アル、A2。チームリーダーは長月が。ポイントを送る、先行してくれ」
ムカデの腕部分に嵌め込んだ端末にポイントを打ち込んでやれば球体達が素早く転がり出し、戦闘用に遺伝子を弄られた仔犬は楽しそうに駆け出した。
アイリから彼等五機の指揮権を貰った時は随分と反抗的な態度を取られたものだが、A分隊の五機に関しては随分と僕の言うことを聞いてくれるようになった様に思う。
問題はそうではない部分だ。
「アイリ、S1、S2、S3、それとC1は君の担当だが……」
『……がんばる』
むん、と音の向こう側で気合いを入れる彼女の姿が見えた。「……」。よく言えば集中力があると言えるのだが、彼女は少し視野が狭い。恐らくS2、S3の狙撃分隊は途中から仕事をしなくなるだろうし、光学兵装と言う最大火力を持たせたC1も同じだろう。
「……」
非常に勿体ない。
だが仕方がない。得るに難く、失うに易いのが信頼と言うものだ。下手に刺激をしても面白いことは起こらない。『勿体ない』で済んでる今の内に少しでも信頼を稼いでおこう。そう決めた。息を吸う。吐く。S2、S3、C1に関しては作戦に組み込まない。その方針を決めた。
「ミツヒデ、正面を頼む。それとレオとマイキーを貸してくれ」
「いや、指示を頼むA。俺もそっちの指揮下に入りたい」
「ではミツヒデ、ラファ、スプリンターをM1。レオ、マイキー、ドナをM2に。チームリーダーはミツヒデ、レオが担当を」
「了解。それで?」
「M2はA2の逆サイドに。直ぐに動いて下さい。そしてその時間を稼ぐのが――」
「俺達の仕事ってわけだな?」
「そう言うことだ。汗をかこう、ミツヒデ」
「アイリ、先頭を頼む」
僕のその言葉に対する返事は弾丸だった。
最高点に達したホッパーが撃ち抜かれ、後続を巻き込む様にしてその死体が転がった。
時代がどれだけ変わろうと騎兵の武器は突撃だ。その突破力を落とすのに戦闘への狙撃は効果が高い。インセクトゥムでは心理的な方は期待出来ないが、物理的にも足は緩む。
首を振る。
今ので動いた戦場を見る。
M2、移動中。使えない。A2、未だ。S2とS3を使いたいが……アイリを介しての指示になるので無理。仕方がないので、C1の位置。射角を確認。スペースを確認。
「M1、A1、銃撃開始。右のスペースに寄せろ」
「アイリ、C1に指示を。それと先頭への狙撃を継続」
銃撃を開始、当たらなくてもいい。敵を寄せる様に動かす。向かう先には作り掛けの塹壕。アイリの狙撃で、或いはその塹壕のせいで、歩幅が狂ったホッパーが渋滞を起こす。
「アイリ、C1に指示を」
短くそれだけ言って、塹壕から飛び出す。丘を滑る様に、転がる様にして跳ねて次の塹壕を目指す。そんな僕を狙う銃撃が雪を跳ねさせる中、集まった虫をC1の霜月の光学兵装が焼く。一機でもコレが出来る奴がいると実に作戦が立てやすい。
高威力と言うだけで価値がある。
見せるだけで価値がある。
そう言う一手だ。
ホッパーを一気に削った。ホッパーの開けた穴を広げるはずだったウォーカー達が素早くまばらに生えたツリークリスタルの陰に隠れて銃撃を開始した。
側面。A2とM2の仕事の時間だ。そのはずだった。だが散兵になってしまうと側面を食い破る意味が薄くなる。更に広がったウォーカーが下がり、坂の下からA2、M2に対応しだした。そうなってくると二方向から攻められる形が出来上がり、A2、M2を動かし難くなってしまう。
膠着状態。
時間稼ぎと言う意味では問題が無い様な気もするが、物量で劣る状態だとコレは歓迎できない。時間は稼ぎたいが、この寒さだと時間は僕等の敵でもあるのだ。
「A1、突撃する。
だから行く。
「全員、撃ち方止め」
僕の指示に従ったミツヒデが、モノズが、銃撃を止める。戦場から音が減る。
首を振る。
戦場を見渡す。
僕等の応射が無くなったことをいぶかしむ様に、一匹のウォーカーが半歩、木の陰から顔を出すのが見えた。その瞬間に合わせて塹壕から飛び出し、大楯を掲げながら駆ける。
援護が無い状態での
「S1、S2、S3」
駒かい指示は出さない。『仕事をしろ』。言ったのはソレだけで、望んだのもソレだけだ。
射撃に集中してツリークリスタルの陰から身を出していたウォーカーが三匹、同時に弾け飛んだ。
首を振る。
戦場を見渡す。
狙撃手の存在を思い出し、陰に隠れる様を見た。「……」。笑う。
「アイリ、僕を見ろ」
言って、駆けて、木の陰に居たウォーカーを弾き飛ばす。頭が爆ぜる。左に握ったARの銃撃で隠れていたもう一匹をキルゾーンに追い出す。
「どうだ。なぁ、どうだ?」
言葉は通じないソレを承知で声を出す。盾を構えず、銃を構えずに、それでも余裕を見せる様に歩く。歩いて、不意に横を向いて、そこに居るウォーカーを見る。
見て、一歩。
全力で雪を蹴り飛ばす。加速する身体。残像を描く高速。
そうして飛び蹴りを彼の腹に叩き込む。
くの字に居り曲がる身体。
ツリークリスタルの陰から追い出される身体。
「僕に追い付かれると、
未来予知としか言いようのないタイミングで置かれた弾丸に細いウォーカーの首が吹き飛ばされた。頭が、ころりと雪原にころがった。
あとがき
犬飼ってると稀に良くあること
おやつタイム中、奴等の方が良いモン食ってる
あると思います!!
そんなポチ吉の食生活がオーバーラップのHPで見れるらしい。
何かね、作家メシと言う企画があるんすよ。
ランチを〇将にしようかな? って迷ってる時に背中を押す程度の効果はあると思うので、何喰うか迷ってる人は見てみて下さいな。
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