スーパーソサエティビィーム
仕事の終わりと共に上官殿の下に走る。
そのまま僕の援護をした狙撃手について聞き出す。
「何故知りたい?」
そんな問い掛けに「命を救われたお礼を」と答えてみれば、あっさりと教えて貰えた。個人情報保護と言う概念が上官殿には無いらしい。少し僕の目が湿度を帯びてしまう。
「普通なら教えんが……惚れたんだろ?」
だったら教えた方が面白そうだ。
ニヤニヤ笑いながら上官殿。所詮は雇われの傭兵稼業。コンプライアンスよりも面白さを優先することもある。そう言うことなのだろう。
「……」
特に肯定も否定もすることなく、僕は頭を下げて、教えられた場所に向かい歩き出す。
途中、ミツヒデが追い付いて来た。
「何だ? 食事の誘いなら後に――」
「お前がお熱なスナイパーのご友人からの依頼だよ。出会った瞬間にでも押し倒しそうな勢いだから止めてくれ、とな」
「……僕にそう言う趣味は無い」
男を抱きたいと思ったことは無い。
「そうか。だが今のお前には説得力が無い」
「……」
そうか? そうかもしれない。前を行くアルは僕の変なテンションに影響されてはしゃいでいる。走って、止まって、来ないの? と言いたげに首を傾げている。
自分以上にはしゃいでいるモノを見ると冷静になれるらしい。僕は息を大きく吸い込み、息を止めた。一、二、三、で大きく息を吐き出す。――良し。
「流石に……」
「ん?」
「流石に、手土産位は持って行った方が良いだろうか?」
「……少しは冷静になってくれたみたいだな」
軽く肩の力を抜きながら呆れた様にミツヒデ。それに合わせて僕も肩の力を抜く。引っ越し真っただ中の街の店は品揃えが良くない。それでも在庫処分中ではあるので安く買える。瑞々しいが日持ちがしない果物よりも、ぼそぼその携帯食料の方が今は価値がある。そう言うことだ。
そんな訳で培養液付けの安いリンゴを更に安く買った僕は目的の場所に立つ。「……」。言葉を選べば、趣がある。率直に言ってしまえばぼろい。そんな集合住宅だった。軽くノックをする。返事がない。ソレは認識できた。だが自分が未だ冷静ではないと言うことは認識できなかった。僕は自分が思っているよりも彼に会いたかったらしい。だから僕はその古い引き戸を開けた。その結果――
「スーパーソサエティビィームっ☆」
何か撃たれた。
少女が居た。それと少女の姉弟と思われる男の子と女の子も居た。
いたが、僕は少女から目が離せなかった。
多分、年齢は僕と同じ位だ。
女の子のしては背が高い。
それでも身体は細い。
黒い髪。どこか不自然な満面の笑顔。夕飯でも作っていたのだろう。片手に持ったおたまをこちらに向け、何だかポーズを取っている。
そしてスーパーソサエティビームを撃っている。
多分、ごっこ遊びか何かの最中で、そのビームは姉弟にでも当たるはずだったのだろうが――残念。おたまの先にはまさかの僕だ。
「……」
「……」
間。
僕と、ミツヒデと少女と、少女の姉弟と思われる子供。全員が何となく固まる。少しはしゃいだ結果、呼吸の荒くなったアルの、はっはっは、と言う呼吸だけが奇妙な静けさの中を泳いでいた。
「……A。お前、撃たれたぞ?」
沈黙に耐えかねたのか、ミツヒデがそんなことを言う。
……いや。それ、アルに芸をさせる時に僕が言う奴ですよね?
指鉄砲を造って、バーン! 「アル、撃たれたぞ。撃たれたらどうするんだったかな?」と言うとアルがこてーん、とひっくり返る奴ですよね?
すん、と少女から笑顔が消える。小さく、整った、可愛いと言うよりは美人と言うに相応しい顔だちの彼女には笑顔よりもこう言う表情の方がよく似合う。
――あぁ、こちらが素か。
薄っすらとそう確信出来た。そんな綺麗な少女。その眼の色には覚えがあった。色彩の色ではない。雰囲気と言った方が近いかもしれない。空気でも良い。お父さんがそうだった。兄の一人がそうだった。僕はそうでは無かった。
お父さんの目。それに見た目が似ただけの僕の目から抜け落ちた色、雰囲気、空気。それは狙撃手の目だった。
上官殿の『惚れた』と言う言葉と、ミツヒデが派遣された理由が分かった。彼女だ。間違いなく彼女が狙撃手だ。
「……外れたの?」
で。その彼女がそんなことを言って来たので――
「……」
ドシャァ、と音を立て僕は取り敢えず膝から崩れてみた。
倒れた僕の耳に濡れたモノが押し当てられる。
生暖かい空気を輩出するソレは濡れたアルの鼻だ。ふんふんふん、と匂いを嗅ぎながら倒れた僕を突き回してくる。「……」。アルは楽しそうだが、僕としてはとても止めて欲しい。
あと少し回りの空気が微妙に引き気味なのも気になる。
闖入者に驚いていると言う意味でお子様二人がそうなるのは、まぁ、良い。良くないが。
だが、撃たれたぞ? と言ったミツヒデ。外れたの? と聞いて来た少女。その二人が軽く引き気味だと言うのはどういうことなのだろうか?
「――A。やり過ぎだ。そこまでのクオリティは求めてない」
そう言うことらしい。僕が演技派過ぎたと言うことだ。
「……」
服に付いた汚れを叩くようにしながら、無言で立ち上がる僕。そんな僕にアルがもっと遊んでよ! と舌を出して飛び掛かってくる。軽く、その肩を叩いてやる。
その動作でお子様二人はアルの存在を認識したらしい。
「ワンコだ!」「犬だ!」
わぁ、と突っ込んできて、いいこいいこ、かわいいかわいい、と仔犬をもみくちゃにする。
――誇り高き猛犬、アルブレヒト。
そんな彼は最初は抵抗していたが、乱暴ながらはっきりと好意でのスキンシップに、うわぁー、とあっさり屈した。駄犬である。
「あ! さわっても良いですか?」
女の子の方が少し、しっかりしているらしく、コッペパンを捏ね繰り回す手を止めてそんなことを言ってくる。
「……あぁ。名前はアルブレヒト。アルだ。優しくしてやってくれ」
僕がそう答えてやればセリフが、アルいいこ、アルかわいい、うわぁー、に変化した。……一匹は変わってない。アホ面で楽しそうだ。
「それで……何か御用?」
犬にじゃれつく姉弟を見守っていた彼女が僕等に視線を戻しながら言う。
狙撃手の目。それが僕を見る。緊張から心臓が跳ねる。「……」。言葉が出てこない。そんな僕の脇をミツヒデがどつく。分かってる。だから急かさないでほしい。「――」。意識して呼吸を深くした。
「……僕は、先程君の援護を受けた者だ」
どうにかそんなことを言えば
「あぁ、そう言う。――ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました。お金は支払うので許してください」
何故だか頭を下げられた。
あとがき
いつも感想などありがとうございます。
大変励みになってます。
でもちょっと返信後回しにさせて下さい。
何か、今から、工場に……行くらしい……。えぇー……。
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