狙撃手

 着弾地点と銃声から狙撃手のだいたいの位置を割り出す。

 大体の位置から撃てる位置、撃てない位置、撃ち難い位置、それと撃ちたくなる位置を割り出す。

 僕は狙撃手に成りたかった。

 だが、その才能が無かった。

 ソレを誰よりも一番最初に理解したのは僕に銃では無く、盾を渡したお母さんで、その次に理解したのは他でもない僕だった。

 多分、七歳くらいの時だ。

 けれども僕はニート宣言をしたあの日までは狙撃手を目指すことは出来ていた。ある程度誤魔化すことが出来ていた。

 動く的をピンポイントで抜くことは出来ない。

 だが自分の撃ちたい場所に敵に来て貰い、当てる位なら出来るのだ。


「――、」


 だから、盤面を入れ替えろ。

 相手がどこで引き金を引くかを予想しろ。そこに美味そうなエサを持っていけ。

 腕の悪い狙撃手であるのならば、僕は彼が敵に“来て欲しい”と思う場所が良く分かる。

 だから僕は“撃ちたくなる位置”に非戦闘員のご家族を走り込ませた。


「――ひっ!」

「防ぎました。走り続けて下さい」


 一発目。一家のお父さんを狙い、予想通りの位置に来た弾丸を大楯で止める。

 次。

 今度は一家の末っ子のお嬢さんを囮に使う。ちっ、ちっ、ちっ、と舌を鳴らし、アルを使っての誘導で、お嬢さんをキルゾーンに走らせる。

 女で子供。人間で有れば少し戸惑う。トゥースであっても迷う場合もある。だが相手はインセクトゥムだ。だからタイミングはゼロ。引き金に乗った殺意がダイレクトに弾に乗るタイミングを選ぶ。――二発目。

 次は自分が担当する。

 だって狙撃を二発連続で防ぐと言う行為は僕と言う存在をアピールするのに十分な材料だ。

 一家の皆さんが撃ち難い位置、枝の多いツリークリスタルに入るタイミングで足を止め、警戒する様に周囲を見渡す。自然に、わざとらしくならない様に、盾を、開く。「――」。来た。鋭く吐いた息に合わせて戻した盾に弾丸が突き刺さる。

 これで三発。


「……さぁ、」


 ――ここからだ。

 敵の無能に期待してはいけない。敵は僕が思いつくことくらいなら思いつく。

 撃たされていることには、流石に気が付いただろう。そうなると撃ちたい位置に追い込んだエサはもう食べて貰えない。

 ツリークリスタルからツリークリスタルへと逃げる味方。その無防備とも思える背中を見る。

 ここから楽しくなってくるぞ、と唇を湿らして、僕は嗤う。

 かり、と頬の甲殻を掻こうとした指がアラガネの頭部装甲を撫でた。









 三十発ファイブクリップ迄は数えていた。

 後は止めた。

 その内の何発かは防いだ。

 だが一発がお坊ちゃんに当たった。足だ。致命傷――という訳ではない。

 それでも対強化外骨格用の弾丸だ。

 生身のお坊ちゃんの足はもげてしまった。悲しいことだ。だが金のある家なので、再生治療なり、機械化なり、どうとでもなるだろう。

 命さえ残って居れば良い。そんな訳で引きずり込んだ先で雑な止血を。傷口に医療用のスプレーを吹きかけると泡が固まって傷口を塞いだ。


「取り敢えず止血はこれで。お父様に、運んで貰えると助かるのですが――」


 どうでしょうか? そんな僕の問い掛けに、お父様は青白い顔でカクカクと頷いた。「……」。随分とテンパっていらっしゃる。


「ご安心を。時間も距離も稼げています。直ぐにでも迎えの部隊と合流が出来ますよ」


 足をもつれて転ばれても面白くないので良いニュースを一つ。


「ほ、本当かねっ?」

「えぇ。本当です」


 頭部装甲で見えないのを承知で、にっこり僕。

 見えなくても落ち着かせる為には笑うべきなのだ。

 尚、笑顔で隠した後半部分は『時間は稼いだが、時間が経っているとも言えるので、迂回部隊のホッパーは迫っています』となっている。


「……」


 言わずが花とは言わないが、言わない方が良いこともある。

 そう言うことだ。

 三十秒ほど平和だった。


「――きっ、君っ!」


 終わりの始まりはお父様のそんな叫び。視野の広さに定評のある僕とほぼ同時に気が付くのだから守るべき家庭モノを持った男と言うのは何等かのバフでも受けているのかもしれない。そんな下らないことを考えながら「あぁ、来ましたか。ご心配なく、想定の範囲内です」と低い声で言う。

 敵迂回部隊、予想通りにホッパー。それが三匹。跳ねながら銃撃は命中率が良くないことから相変わらず剣の様なモノを持って居る。

 速度と硬さは武器だ。そこに鋭さを咥えてみればそれだけで十分な攻撃となるし、これなら勢いのまま離脱もしやすいだろう。

 更に忘れてはいけないのがシューターの存在だ。

 ここはまだ彼のキルゾーン。ホッパーで追い立て、僕と獲物を分離してしまえば後は狙撃手である彼の独壇場だ。


「……」


 三匹。つまりは二匹以上。想定はしていても、手が足りなくて対応は出来ない数だった。

 それでも対応をしなければいけない。何故ならソレが僕の仕事だからだ。


「アル!」


 言って、大きく弧を描く様に手を振る。その軌跡を真似る様に突っ込んでくるホッパーの右側面を喰らう様にアルが駆け出す。ブーステッド種。ソレであるが故に跳ね上げられたアルの身体能力は仔犬にしては聊か過剰だ。その速さを警戒する様に外側の一匹が足を緩め、アルに対応をしようとする。これでタイミングをずらせた。

 残り二匹。

 一家の皆様は必死で走っている。地図を思い浮かべる。時計を一瞬見る。まだだ。「――」。一息、拾壱式の射撃により、真ん中の一匹を左に寄せ、固める。


「……」


 そうしてから僕は拾壱式を投げ捨て、大楯を構えて挑発する様に手を仰いだ。インセクトゥムにだって感情はある。二匹のホッパーの跳躍が離れていく一家を狙う大きいモノから僕を狙う小さいモノに代わる。腰を落とし、息を吐き、二匹の着弾の瞬間を待――たずに、跳ね上げる。ヘッドショット。ソレが来た。ソレを防いだ。

 馬鹿が。

 敵の無能に期待はしてはいけないが、敵の過大評価もしてはいけない。やはりその程度か。

 そう思う。チャンス過ぎるだろうが。露骨過ぎるだろうが。やっぱり腕の悪い狙撃手は読みやすい。自信が無いから止まった時を狙う。上手い狙撃手は動いている時を狙う。僕には出来ないことだが、今の戦況なら二匹のホッパーを僕が受けるこの瞬間こそが狙撃のタイミングだ。

 シューターを内心で馬鹿にする僕に衝撃が来る。

 異形の両足が軋む。

 異形の身体が軋む。

 それでも相手も異形であり、数が多い以上、拮抗させるのが精一杯だ。

 一匹の足を踏む。二重関節と言う跳ぶ為に特化したその両足では踏ん張りがきかない。だから一匹を縫い留めたまま、大楯に肩からぶつかる様にしてもう一匹の体勢を崩す。

 ここだ。

 この瞬間にこそ撃つべきなのだ。

 だが装弾中のシューターからは一撃が来ない。

 時間は稼いだ。わずかだが。だがホッパーの勢いを止めることが出来たし、合流部隊が到着するには十分だった。


『A、よくやった。シューターの排除が完了した』


 それを証明する様な上官殿の言葉。もう無理をする必要はない。踏んでいた足を解放してやり、下がる。視界が広がる。戦況を把握する。嫌がらせを終えたアルがホッパーと擦れ違う様にして駆け抜ける様子が見える。そのアルを追ってホッパーが方向転換をしようとしている所が見える。関節、一つ目、二つ目、折れて、く、と力を溜める。

 その動の中にある僅かな静の瞬間に――

 ホッパーの頭が吹き飛んだ。


「――え?」


 何だ? と振り返る。何処だ? と相手を探す。合流部隊。近くまで来ていると思っていたソレは居ない。未だ走る家族の背中が見えるだけだ。


 ――次。


 そう言いたげに僕が足を踏んでいたホッパーの頭が爆ぜる。

 銃声は遠くから。


「――狙撃手」


 そして自分で呟いた声も遠くから聞こえてきた。







あとがき

明日でDoggy House Hound発売から一週間たつらしい。

ワシも年をとるわけじゃ……


本作から入ってくれた方がどの程度いるかは分かんないですが、本作を面白いと思って下さったのなら多分、楽しめると思いますので、よろしけレバー。

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