シューター

 アホ様が勇猛果敢に戦ったことを伝えた。

 死人に口無しとは言うが、名誉位なら与えられても良いだろう。

 彼は勇敢に戦った。彼のモノズがだが。

 彼は僕等が逃げるまで敵に背を向けることは無かった。状況判断が遅かったせいで。

 僕は彼の様な男がいたことを忘れない。悪い意味で。

 コレの後半部分を省いて伝えてみれば勇者サマが出来上がるのだから、生きているモノにこそ口が無い方が良いのでは? と思えてくる。

 案の定、待ち伏せ部隊は空振り。僕の予想通りに威力偵察部隊は退いてしまったようだ。

 正しいメッセージは伝えられなかったが、こちらの戦力情報を持ち帰らせないと言う最低ラインは一応、確保した。

 ベストではなく、ベター。そう言いたい所だが、ワーストと言うよりはワースと言った方が良い状況だろう。

 引っ越しを急ぐ必要が出て来た。これからは忙しくなるだろう。

 だがその前に僕だけ先に一仕事こなさなければならないらしい。


「……何か僕に御用でしょうか?」


 一流の工兵であるモノズの手に夜モノだろう。砂と建材を混ぜて薄く布状に造られた天幕へと僕は呼び出された。

 そこには流石に空調までは用意する気が無いのか、一機の小型モノズを火鉢の代わりに抱いている上官殿がいた。

 顎で座れ、と指示をされる。向かい合う様に椅子に座り、モノズの代わりにアルを膝において湯たんぽの代わりにしてみる。


「……呼び出された件に心当たりは?」


 全体的に細い印象を与えてくれる上官殿はその見た目を裏切らない少し神経質な声音で僕にそう問いただして来た。


「ありません、と言えば?」

「馬鹿に“やる”対応で応じよう」


 そう言われた後に「内容は俺よりもお前の方が詳しいだろう?」と付け加えられてしまえば惚けようと言う気は湧いてこない。


「見られていましたか?」


 なので素直に『存じております』。

 僕とミツヒデが現場にいた。ミツヒデではなく、僕だけに話をしたいと言うのならば、そう言うことだろう。

 アホ様殺しの件だろう。


「……一応、死角でやったんですがね」

「モノズは転がりながらの移動だ」

「転がりながら景色を認識しているとは思わなかった……」

「……それが出来るから転がりながら攻撃が出来るんだろ?」

「……」


 言われて見ればそうだ。

 モノズを扱えないトゥース。そんな僕であるからこそしっかりと知っておかなければならない事柄だった。少しモノズを舐めていた。弱い人間が滅びずに生きている理由。それがモノズなのだと言うことは知ってはいても、認識出来て居なかった


「それで?」


 僕はどうなりますか? と、湯たんぽの顎の下を掻いてみる。


「モノズ達からお前の処分を求めるべく証拠映像が送られて来た。表に出せばあのアレの信奉者にお前は私刑リンチされるだろうな」

「それは怖い」


 泣きそうですね、と僕。


「だが今は俺の手の中だ」

「……それはそれで怖いのですが?」


 僕がもし美少女だったら大変な展開になっていそうだ。


「――もしかして、男でも行けたりしますか?」

「そう言う趣味は無いが、ソレを言われるとこのデータを外に出したくなるな」

「つまり、今は出す気はないと?」


 ぴ、と空気が張る。無言で見つめ合う僕と上官殿。一分。そんな時間が過ぎた。

 先に動いたのは上官殿だった。はぁ、と短い溜息。俯き、頭をがりがりと嫌そうに掻く。


「……お前がやらなければ、俺がやっていた仕事だった」

「……」


 つまり? と僕の片眉が持ち上がる。


「モノズの核たちが、今後人間と契約する気はないと言いだしたのが大きい。戦力が減った所に、更に戦力を減らす分けにも行かんからな。核は還す。使えん。ボディは再利用だ。死人に口が無い様に、ボディの無いモノズにも口は無いし、お前を殺す為の銃も無い」

「割と酷い話を聞かされている気がしますね……」

「――次からはもう少し上手くやってくれ」


 退室を促す様に手が振られる。黙殺する。つまりはそう言うことだろう。「……」。上官殿に無言で頭を下げながら、思う。

 ツリークリスタルの中にはモノズの核となることを拒むモノも居る。

 それは僕の様な奴がいるからであり――上官殿の様な奴がいるからだろう。

 個人は別として、種族でみればモノズと人間の友情には少しずつ罅が入っているようだ。

 人類としての僕は嘆くべきであり、トゥースとしての僕は喜ぶべきなのだろう。


「……」


 実家のお父さんのモノズ達のことを思う。

 アホ様の死体に集まったモノズのことを思う。


「……まぁ、あまりやらないでおくか」


 何の罰も受けることなく解放されてしまえば、後味の悪さだけが残ってしまった。







 輸送任務なり、引っ越しなり、どうしたって攻撃側に有利になってしまう。

 待ち伏せからの襲撃。

 道への地雷の設置。

 そういうことをやられない様にする為には頻繁な見回りが必要だ。

 そんな訳でシタッパーである僕の仕事はこの見回りだった。体力はある。重装甲でも歩き続ける程度の体力はきちんと持って居る。だが体力はあっても、それが楽であるとは限らない。簡単に言うと辛い。短い足をちょこちょこと動かすアルは散歩の時間が増えた! 位の認識しかないようだが、僕はそこまで楽しめない。

 それでも多少は楽な日もある。


「よぅ、A。今日はどこだ?」

「当りですよ。一番街に近い場所だ」

「……羨ましいな、俺は割と離れた場所だよ」


 肩を落とすミツヒデに端末を見せる今日がそんな日だった。

 街から一番近い区画。ここが一番の当りだ。出るのも楽だし、帰るのも楽だ。そして休憩中には街の店を使える。ぱっさぱさの携帯食料は嫌いではないが、連続すると少し悲しくなるのだ。

 大体、街に近いので襲撃の危険はそこまでない。更に言ってしまえば、街の警備隊が居るので、距離によっては援護も期待できる。実に気楽なモノだ。

 僕のそんな気持ちが伝わったのだろうか? 前を歩くきな粉おはぎもいつもよりもリズミカルに左右に揺れている様な気がした。







 そんな風に油断をしていたのが悪かったのだろう。

 有力者一家の乗る車の随伴を務めている時に襲撃を受けた。

 シューター。

 僕と同じく生体銃を右手に持つ、蜂に似たインセクトゥムの狙撃兵だ。

 相手の腕が悪くて助かった。銃声は響いても悲鳴は上がらず、死体も出来上がって居なかった。取り敢えず僕は発煙筒を焚きつつ、車から降りる様に指示を出す。


「く、車の中の方が安全ではないのかね?」


 少し離れたツリークリスタルの陰に移動した所で一家を代表してのお父さんの言葉に「いいえ」と返す。そしてソレを肯定する様に爆音。撃ち込まれたグレネードがトラックに爆炎を上げさせていた。タイヤ役のモノズ達もこちらに居るので、被害は無しだが、残って居れば――


「……、」


 ぽかん、と口を開けたお父さんがこっちを見て来たので、肩を竦めて見ての通りです、と僕。


「一番地区担当、A。襲撃を受けている」

『こちらでも確認した。どうだ? このままその場に留まっていることは――』

「出来ないでしょうね」


 あっさりと僕。

 間違いなく迂回部隊がいる。街から近く、直ぐにこちらの援軍を出せる状況である以上、それでも喰らいつくせるモノ、恐らくは足の速いホッパーだ。留まって居れば全滅だ。


「そちらから迎えを出してください。こちらも移動を開始します。合流しましょう」

『……狙撃手に狙われた状況でムカデも纏っていない民間人を徒歩で後退させると?』

「まぁ、そう言うことです」


 無茶苦茶なことを言っている自覚はある。

 それでも、まぁ、相手が腕の悪い狙撃手なのであれば――僕にはそれが出来るのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る