ブーステッド

「フリーダム小隊、ホープ小隊、射撃継続」

「残りは塹壕作成を優先。先ずは死なないことを目指す」

「ミツヒデ、カウント5でアタック。敵正面左側を」


 首を振る。周囲を見渡す。敵を見る。味方を見る、戦況を見る。見て、見て、見て、指示を出す。戦場を動かす。


「……構わんが、流石に攻撃が激しすぎ――」

「大丈夫。二匹がリロードに入る」


 指揮官が横に居る弊害だろう。何匹かのリロードのタイミングが合ってしまっていた。それに――


「アル。前を横切れ」


 心配しなくても囮は用意する。


「いや、貴様、それはっ――!」


 自身への無茶ぶりよりも、アルへの無茶ぶりに慌てるミツヒデは多分、とても良い奴だ。


「死なせたくないなら、前に出ろ。アルの生存は君の攻撃込みでやっと・・・のラインだぞ?」


 だが残念。生憎と僕は悪い奴なのである。

 そんな悪い奴の指示にもアルは従ってくれる。ふぁん! と空気多めに吠えてツリークリスタルの陰から飛び出し、大きく弧を描く様にしてモノズの壁を超えて、敵左側に。突如最前列に現れたコッペパンにインセクトゥム達のターゲットがアルへと移る。銃撃。

 雪が爆ぜる。

 それは着弾のせいであり、ソレはアルの脚力によるものだった。

 ウエルシュ・コーギー・ペンブローグ・ブーステッド。

 この時代の犬は遺伝子改造され、能力者ならぬ、能力犬となっている。

 アルもそれだ。

 ブーステッド。人を凌ぐ獣の身体能力を、五感を、更に引き上げることが出来るソレがアルの能力だった。

 弾丸の様に駆けるアル。その背後を捉え切れない銃撃が追う。そして、予想通りに左端の二匹がリロードに入った。隙だ。そこを逃さず、ミツヒデがツリークリスタルの陰から姿を見せる。

 重さに雪が沈む。

 両手に抱えられたガトリングガンはつい今しがた彼のモノズの手により組み上げられたモノだろう。高火力の代名詞とも言える重機関銃が塹壕ごと銃撃の薄くなった左側面を食い破る。

 横切っていたアルを追っていた銃撃がミツヒデを狙おうとしたり、そのままアルを追うかで迷い、ごちゃっとする。これもまた、指揮官がすぐ傍にいない弊害だろう。


「ディスティニー小隊、右側面へ突撃チャージ。ジャスティス小隊、援護」


 だから遠慮なく使う。

 混乱を広げる一手。不意を突かれた。それでも数で勝っている。だから立て直してしまえば、こんなモノだ。

 だから僕も動く。

 情報を持ち帰らせない為、或いはさあに混乱して貰う為に側面に行ったホッパーと指揮官殿を仕留めなければならない。


「フリーダム、ホープ、ブレイブ、三秒間、絶対に動くな・・・・・・


 言って足元でリロードに入ったジャスティス小隊の一機を踏みつけて飛ぶ。

 少し溶けて柔らかく成った雪は足を奪う。

 だからそうならないモノズを踏み台にする。

 三歩の加速からの大跳躍で、見つかっていることに気が付いていないであろう別動隊を強襲する。「……」。するつもりだった。思ったよりも飛べない。モノズは硬くとも、モノズを支える地面は雪なのだ。最後の踏み込みでフリーダムが思い切り沈み込んだ。

 雪を少し舐めていた。

 反省だ。

 次に生かそう。そして次に生かす為にどうにかしよう。

 判断。背中の大楯を投げ捨てる。ソレを足場にするサイドの跳躍。ツリークリスタルに手を掛け、身体を揺らし、次のツリークリスタルに。

 首を振る。周囲を見る。

 雪原の足跡を追う、追う、飛ぶ、見つけた。

 指揮官のウォーカーだ。

 慌てた様子でARの銃口をこちらに向けるが、もう遅い、飛んだ勢いそのままに体当たりで銃口を逸らしながら、左腕の生体銃を向ける。撃つ。倒れる様にして避けられる。

 往生際が悪いな。そう思う。

 ホッパーは何処へ行った? そうも思えた。

 視界に入っていただけの景色が意味を持つ。

 雪の跡。

 強く蹴られたその跡は更にツリークリスタルの森の奥へと向かっており――


 刹那/判断


 無手で構える。雪を削る。

 半円を描き、指揮官を無視して、弾丸の様に剣身体ごと体当たりして来たホッパーに向きなおる。

 拳を握る。

 旧い文献に曰く――


 格闘技が銃が主体の戦場で通じるかは分からない。

 それでも格闘技は――戦場で産まれた。


 狭くなった視界の中、躰をひねり、剣先を捌き――左ストレート。

 僕の甲殻がホッパーの甲殻を砕き、少し濁った透明な体液を巻き散らす。

 半歩。

 着地に失敗したホッパーが下がった。

 その時間で、構えを変える。脇を締めないアップライトスタイルに。

 びき、と込められた力に足の筋肉が軋む。異形の左足を踏み足に、異形の右足を叩き込む。

 音を置き去りにする一撃。

 戦闘種族であるトゥースの中でも上位に入る身体能力を誇る僕のハイキックはホッパーの頭部の甲殻を砕き、彼を終わらせた。







 格闘技は戦場で産まれたかもしれないが、どう考えても銃の方が楽なので、僕は指揮官殿に生体弾を撃ち込んでこちらも終わらせた。

 アホ様に撃ったのとは違う、本気撃ちは距離の関係もあり、指揮官殿を貫き、彼が背負うコクーンと呼ばれるインセクトゥムの通信種も貫いた。

 これで現場には指揮官の死が伝わるだろう。混乱は広がる。ミツヒデなら上手く畳めるだろう。


「……」


 そしてこれで本隊にも別動隊の死が伝わってしまったと言う訳だ。

 僕が本隊を指揮していたのなら、もう退く。四分の一が全滅となっては威力偵察と言う当初の目的を果たすのは難しいからだ。

 つまり、こちらが意図するメッセージを伝えることが出来ずに、僕等とインセクトゥムの銃を用いての話し合いは大失敗という訳だ。

 ツリークリスタルの森を抜けると、アルが回り込んで逃げ道を塞いだ最後のウォーカーをミツヒデが仕留めるところだった。

 一時的に僕が使った三十六機のモノズが一か所に集まっている。

 その中心には人のカタチをしたモノがある。

 集まっているモノズ達には申し訳ないが――

 一人の馬鹿のお陰で戦場が読み難くなってしまったと言うのが僕の感想だ。








あとがき

Doggy House Houndの一巻が発売中です。

明日の帰りにでも本屋さんで買って土日のお供に如何でしょう?

そんな宣伝。

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