クソ野郎

 ブロックタイヤのパターンを刻んだゴム製ボディの大型モノズ。

 何処かで見たことがある気がするソレはミツヒデのモノズであり、僕に軍手をくれたモノズだった。

 袖振り合うも何とやら。世界は狭い。……いや、同じ仕事を受けているのだからそこまでの偶然ではないのだろう。

 僕はひっくり返ったアルの白い腹を撫で続けるミツヒデに彼のモノズに世話になったことを話した。彼は少し驚いた顔をした後、『よくやった』とでも言う様に大型モノズをノックしていた。良い関係だと思う。

 そんなミツヒデは五機のモノズと契約をしているらしい。

 人間が契約できるモノズの数は生涯で変わることは無く、その平均は十機だと聞いたことがある。あるが、どうもコレは『稀』に『結構』いると言う矛盾を孕んだ大量契約者が底上げしているようであり、その『平均』という言葉は僕には胡散臭く思えた。

 ラファエロ。ラファ。僕に軍手をくれたモノズはそう言う名前らしい。

 因みに他のモノズはレオナルド、ミケランジェロ、ドナテロ、スプリンターと言う名前が付けられていた。


「……カメとネズミですね」


 と、僕が言うと。


「分かるのかっ!?」


 と少しテンション高めのミツヒデに言われた。

 スリーパーの八割は記憶喪失だ。大戦で記録が途絶えていれば本名だって分からない。そんな中、ミツヒデが覚えていた数少ない記憶がソレだったらしい。


「……」


 もう少しまともなことを覚えておけば良かったのに。

 僕は青い空を見上げてそんなことを思った。








 アルの言葉をモノズが人に分かる形に翻訳した結果、インセクトゥムの数は四十程。ウォーカーと呼ばれる蟻に似た二足四腕が三十、ホッパーと呼ばれる飛蝗に似た二重関節の足を持った奴が十。

 本気で攻めると言うよりはこちらの戦力を測りに来たと言う雰囲気だ。

 白い雪の世界では使える道は限られている。

 僕等が道を見張って居た様に、インセクトゥムだってソレをやっていたのだろう。だから戦力を測る為にやってきた。道を通ってやって来た追加戦力。つまりは僕達を測る為に。

 真性社会を形成するインセクトゥムにおいて、歩兵の役割の一つは死ぬことだ。数も多いので、そう言う使い方で問題は無い。

 ウォーカー達で測り、ホッパーが情報を持ち帰る。

 そう言う狙いなのだろう。

 そんな予想を交えて、拾った情報を上に報告した。

 今回の戦いは、負け難い人達が集まっている。だから比較的、硬い手を打たれるだろう。僕のそんな予感は当り、戦線を前に押し出した状態で威力偵察部隊を全滅させることに決まった。


「全滅は必須だ」


 と上官殿。その言葉に隣のミツヒデが小さな声で「全滅は必須なのか?」と呟いていた。誰にも聞かせる気は無かったのだろうが、隣にいた僕には聞こえてしまった。


「時間稼ぎの為ですよ」


 と、僕は答える。ミツヒデは一瞬、バツの悪そうな顔をしたが、気になったのか「時間稼ぎ?」と聞き返して来た。


「戦争は武力を用いた対話だと僕は教えられました」

「……それで?」

「メッセージですよ。足の速いホッパー混じりの部隊を一匹も逃がさないで全滅させる練度の戦力がこちらにはある。だから慎重に来い、と言うね」


 僕等が欲しいのは住人を逃がす為の時間で、インセクトゥムが欲しいのは領地だ。お互いの勝利条件が被っていない以上、そう言う落としどころもある。

 ついでに全滅させれば敵に伝わる僕等の戦力は『四十匹を全滅させられる戦力』と言う最低値だけだ。後は過小評価なり、過大評価なり、勝手に悩んで貰うこともできる。

 だから全滅。

 うっかり取りこぼし、大したことが無いと判断されてしまえば――


「欲しいはずの時間が得られない……」

「そういうことです」


 よくできました、と親指を立ててみたり。

 奇策をてらう場面でも無いので、上は堅実な作戦を立てる。道の側道――の更に外側にて待機して引き込み、一斉射撃で潰す。【潜伏】の技能を持って居る僕はここに配置された。「……」。まぁ、この状況ならば僕の射撃の腕でも問題ないだろう。

 話がまとまりかけた。


「背後に回り、退路を塞ぐべきだ!」


 そんな時に、アホが意見を出した。

 アホはアホなので、非情に良く動く。動く、であって働く、で無い所がポイントだ。声も大きい。大抵は無視をすれば良いのだが、アホの中には権力を持ってるモノもいるで、発言権と言う意味でも声が大きい場合がある。

 街から出された代表者。サラサラヘアの美少年。スクルート家の分家に連なるモノであると言うそのアホはそんな『発言権』と言う意味で声のデカい最悪の部類のアホだった。







「確実に叩く為に背後を取るべきだ!」


 アホが机を叩いて力説する。

 最悪なことに、このアホは権力と、悪いことに歩兵としての実力はある様で、僕等が到着するまでの間にそれなりの戦果を出して周囲の信頼を勝ち得ていた。

 そこに叩き込まれる力説に、そうだ、と言う空気が流れだす。


「……」


 どうするかな?

 かりり。頬の甲殻をゆっくりと引っ掻きながら思考を奔らせる。五秒だ。ゆっくり指を折る。パーが、グーに。言おう。


「足場が悪すぎます、無理です」


 一歩進みながらそういう僕に、視線が集まる。上官殿の申し訳なさそうな視線に、目礼を返す。

 意見をしなければならない。

 だが雇われの傭兵のまとめ役として余り雇い主に嫌われることも出来ない。

 中々に素敵な立場な彼に代わり、フットワーク軽めの僕がリングに上がる。そう言うことだ。


「……何だ、君は?」


 胡散臭そうにアホ。僕はそれに「傭兵です」とアホな回答を返す。あほにはソレで十分だ。


「もう一度言います。足場が悪いので、無理です」

「そこは考えてある。道が蛇行している以上、こうして直線距離を進めば――ほら、背後に回れる」

「……地元なので知っておられると思いますが、雪は行軍速度を著しく落とします。道を見張っていたのはその為です」


 それ位分かるよな? そう言うトーンが滲まない様に気を付けた。多分、出来ていた。

 だが、残念。

 僕のコレは失言だった。

 後で知ったことなのだが、アホはスクルート・セカンドに住んでいる訳では無く、スクルート家が、今回の事態の収拾に責任者が居た方が良いだろうと送って来たお飾りだったらしい。

 なので僕の先程の言葉は『そんなこともわかんねぇの?』と言う風に受け止められてしまったらしい。

 実にファックである。


「それは――そうだ! 途中まで道を行けば良い! そうすれば時間の短縮が――」

「道を見張っていた身から言えば、無理かと。中途半端に歩いたせいで、踏み固められると言うよりは凸凹になっていますよね? もっとも行軍が遅くなる路面状況です」

「ならモノズ達に車両を――」

「造らせて大きな音を立てて進軍しますか? 敵にも耳は有ります。音で警戒されて待ち伏せが機能しなくなりますよ?」

「……」


 黙った。僕はここを畳みかけるポイントだと思った。


「背後を取る部隊はもたもたしている内に接敵、そのまま全滅の可能性が高いですよ? 更には無駄だ。貴方は誰に『無駄死にしろ』と言う命令を出しますか?」


 僕のその言葉に俯くアホ。

 そして次の瞬間、顔を上げて――


「俺が死のう――ッ!」


 そんなことを言った。良く通る声での宣言に、割とそう言う雰囲気が嫌いではない傭兵たちの言葉が飲まれる。そんな不意に訪れた静寂の中。


「……いえ、今そう言うかっこいいセリフ言うシーンじゃないんですよ」


 僕のそんなツッコミが落ちていた。







 僕に軍手をくれたラファ。彼に借りを返すタイミングが不意に訪れた。

 敵を見つけたからと言う理由でミツヒデがアホに指名されてしまったのだ。

 仕方がないので、僕も立候補した。

 その際に射殺さんばかりの視線をアホ様より賜ったことをここに記しておく。


「……良いのか? お前の言う通りに――」

「生き延びるだけなら何とかなりますよ」


 割と得意です。と、僕。


「……モノズに軍手貰ったから付き合うのか? 助けてくれようとしているのは嬉しいが、死ぬ人数は少ない方が良いと思わないか? 俺だって生き延びる位なら……」

「僕はそこまでお人好しに見えるかな?」

「……みえねぇな」

「……」


 好少年に酷いことを言う。


「戦場は選んでいます。行き先が寺だって言うなら僕だって君に同行はしないよ――ミツヒデ?」

「……映画のことと言い、スリーパーって分けじゃないのに詳しいな。そういや、アンタ、名前は?」

「A。そう呼んでください。あぁ、足元の毛玉はアルブレヒト。アルです。それで、そう言う事情に詳しいのはお父さんがスリーパーだったからです。特にノッブは近所の子だったらしいですよ」


 紹介して貰えたので、ひゃん! と返事をするコッペパン。そんな炭水化物に手を振るミツヒデ。にやけていた。

 そんな彼を眺める僕の視線に気が付いたのだろう。こほん、と軽くミツヒデが咳払いを。


「あー……お前の親父さんは織田信長の知り合いなのか?」

「らしいですよ?」


 寝て、起きたら近所の悪ガキが歴史的有名人になっていて驚いたらしい。


「言い難いんだがな、間違いなく、アンタからかわれてる。織田信長の時代にコールドスリープ装置は絶対に存在しないからな」

「……」


 あのクソ野郎。









あとがき

Aが騙されたその他の嘘

・手に出来るマメは豆なので、熟すと取れる。醤油で食べると美味しい

・未だ君の見たい番組の時間では無い。時間に成ったら変えるからソレまでは野球を見せて欲しい(時計が読めない時期に)


そんなことばっか言ってるから信じて貰えなかった本当のこと。

・ママの方がパパに惚れて、アタックしてきた

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