ミツヒデ

 腰に届くほどの大きさの大型モノズ。

 彼等八機をタイヤ代わりにした大型トラックで僕等は輸送された。

 荷物の様な扱いだ。

 まぁ、一緒に荷物も運んでいるので『様な』と言うか荷物扱いだ。

 運んでいる物資は保存のきく食料と、設計図と材料さえあればミサイル基地すら造って見せる一流の工兵であるモノズ達の為の建材だった。

 同じ車両に人間が五人とトゥースが僕を含め三人。僕を除けば全員がベテランと言うことからそれなりに厄介な仕事なのだろうと言うことが分かる。


「……」


 まぁ、嘘だ。

 その程度の情報では仕事の厄介さ何て僕には測れない。僕が厄介な仕事だと知っている理由は単純だ。出発前のブリーフィングで聞かされた。

 これから向かうのはスクルート・セカンド。

 雪が降る程の北の都市であり、企業では無く、個人が所有する都市だ。そして――

 一週間後にはインセクトゥムに滅ぼされるであろう、終わり掛けの世界の中でもとびっきりの終わり掛けの都市だった。







 つまりは負け戦だ。

 勝てない。いや、正確には勝つ気が無い。持ち主であるスクルート家すらも強力な戦力を割いてまで守る価値のある街ではないと判断した。

 そう言うことだ。

 だから勝つ為の戦力は投入しない。負けない、或いは負け難い者達が戦線を押し留めている間に街を捨てる。僕の初仕事はそう言う作戦で、僕はそう言う用途で使われる。

 傭兵業界用語で『引っ越し』と言うらしい。

 随分と物騒な引っ越しだ。そう思う。更に業界用語が造られる程度にはよくあることだと思うと、ふと実感してしまう。


 ――成程。人類やべぇな。


 と。

 そんなやべぇ人類の、滅ぶ予定の街に着く。既に街の防衛に当たっていた街の軍――と言うか、その街に居合わせた同業者たちと打ち合わせをするそうだが、入社直後のシタッパーである僕には、まぁ、関係ない。

 同僚の連れたモノズ達に混じって荷物運びをすることになった。

 ごろごろと転がって来た一機の大型が僕に軍手を渡してくれる。


「……どうも」


 お礼を言うと、気にするなとでも言う様にツリークリスタルで出来た一つだけの緑色の瞳が点滅した。

 受け取った軍手は未だ暖かい。がりがりと建材を噛み砕き、わざわざ発泡させて僕の為に造ってくれたのだろう。有り難いことだ。


「借りが、出来てしまったな……」


 何も言わずにごろごろ転がって行く背中はいぶし銀だ。そんな背中を見ながら、そんな言葉を呟いてみた。







 雪と言うのは中々に厄介だ。歩くだけも消耗する。そうなるとある程度使える道と言うのは決まって来てしまう。

 それは人であれ、インセクトゥムであれ、変わらない。

 今回の戦い、そもそも数が違うので、負けるのは確定だ。

 だが負ける時間を伸ばすのは割と簡単だった。

 プカプカと浮かぶバブルならば話は変わって来たのだが、相手はインセクトゥムだ。ある程度通れる場所と言うのは決まってくる。

 だから、そう言う道を見張れば良い。

 そんな訳で、僕は道の一つに配置された。

 ムカデを纏い、頭部装甲を纏い、ついでに支給して貰った白の貫頭衣を被る。そうして雪原に伏せ、時折頭部装甲の非電子タイプの望遠機能を使って白い世界を見張っていた。

 そんな時だ。

 横で同じ様にしていたアルの耳がぴん、と立った。

 遺伝子改造され、賢くなったとしても犬は犬だ。人よりも遥かに発達した五感が雪を踏む音か、はたまた風に乗った匂いを拾ったのだろう。

 耳を立てたアルは舌をしまってきりっ、とした表情で一方を見ている。


「……」


 頭の中で地図を開きながら、端末の地図アプリも開く。『LOADING』。暗転した画面の端でそんな文字が躍っている間に、頭の中の地図が明瞭になった。アルの鼻面はぱっと見では道を刺しては居ない様に見えるが、その先には蛇行した道があった。「……良い子だ」。仕事をしたな、と頭を撫でてやる。それと同時にようやく立ち上がった地図アプリが答え合わせをしてくれた。やはり、一度折れた道の先がありそうだ。

 直ぐにこの情報を上に――


「……いや」


 駄目だ。

 犬の五感は優秀だ。更にアルの様に遺伝子改造されているのならば、人の意志を理解し、望む獲物をちゃんと探してくれる。

 僕はソレを知っている。

 だが、ソレを知らない人は『犬の報告』と馬鹿にして受け取ってくれないことも知っていた。

 今回の仕事だが、僕以外にも犬を連れている人は当然、居る。遺伝子改造された犬は優秀だ。緩く笑っている様に見える優し気なゴールデンレトリバーを連れていたのは……残念ながら一番上と言う訳では無い。ならば――


「あの……」


 人の言葉に直した方が良さそうだ。

 そう判断した僕は、僕と一緒に仕事についている人に声を掛ける。「何だ?」と低い声。潰れた右眼を機械に置き換えたスキンヘッドの大男が居た。ミツヒデ。背は余り高くないが、分厚いこの男は自己紹介の時にそう名乗っていたはずだ。

 三十を超えている様に見えてしまうが、その実は僕と同じ十八だと言うのだから不思議なモノだ。

 もしかしたらソレはスリーパーであり、十をやっと超えた辺りから戦場に立ち続けている弊害なのかもしれない。そう思うと戦場と言う場所には僕の知らない残酷さがありそうだ。僕はそんなことを思った。


「……どうした?」


 そんな風に余計なことを考えている僕に、アロウン社製のモノと思われるデュアルアイの頭部装甲をわきに抱えたミツヒデが声を掛けてくる。「……」。この男は見た目から受ける印象よりも気遣いが出来るタイプなのかもしれない。

 それならば楽で良い。


「あぁ。少し聞きたいのですが、貴方のモノズの中に索敵が出来る奴は?」

「……索敵?」


 そりゃ勿論いるが、と言いながら『何でだ?』と言いたげに片眉を持ち上げるミツヒデ。

 そんな彼の疑問に答えるべく、僕はアルの鼻が指す方向を指差す。


「僕の犬が敵を察知しました。恐らく、このポイントに居ると思うのですが……」


 言って、地図を見せる。『何故お前が報告しない?』そんな言葉が来るのを覚悟していた。だが、ミツヒデは僕の指差す先を見て、その方向を見つめるアルの尖がった耳を見て「分かった。翻訳しよう」と言ってくれた。


「……」

「どうした?」

「いえ、説明が必要だと身構えていたので……」


 正直に「意外でした」と僕。


「――犬には何度も助けられている」


 言いながらモノズに指示を出し、懐からジャーキーを取り出すミツヒデ。

 彼はモノズに索敵を命じると、アルの頭を撫で、ジャーキーを手渡していた。貰ったアルが嬉しそうに僕を振り返る。「よし」と許可を出してやれば、前足で挟みながら齧りだした。

 そんなアルをミツヒデが撫でる。

 そんな彼を僕が眺める。

 その視線に気が付いたのだろう。


「……犬には何度も助けられているんだよ……」


 ぶっきらぼうに、照れ臭そうに、言い訳の様にミツヒデが、そんなことを言った。


「そうですか」


 それなら仕方がないですね、と僕。

 ……多分、ずっと撫でたかったのだろう。









あとがき

昨日の割烹みたのか、オーバーラップのアンケートに何人か答えてくれたらしい。

結果、モノズ達に格差が生まれだしたらしい。

え、えらいことやでぇ((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル

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