ムカデ

 下水道の一角の壁を抉りスペースを造ったのだろう。薄暗いそこに、その男はいた。

 蚊を連想した。

 多分、鋭く長いふんがその連想の原因だ。

 キチン型。トゥースの外観による分類の一つであり、僕自身がそうであるように、甲殻を持つその種に中には虫に似るモノが生まれることがある。彼もそのパターンなのだろう。

 彼は僕の左腕を見て、頬を覆う甲殻と、何故か目を見たあとで「いらっしゃい」と言った。僕がトゥースであると認識してくれたらしい。……何故目を見た?

 少し問いただしたい気分になったモノの、余り居ても楽しい空間では無い。早急に用事を済ませて外に戻るべきだろう。僕はそう判断してカウンターにお金の入った革袋を置く。

 ジッ、と擦れる音。重い音。それを店主の昆虫の複眼が見る。

 万能無機物、ツリークリスタル。今の時代のエネルギー源であり、兵器の材料。そしてソレは貨幣としても使われている。国は滅んでいる。企業が今は人類社会の支配者だ。そうなってしまうと貨幣の価値を保障してくれるところが存在しないので、貨幣自体に価値を持ってもらわなければならない。そう言うことなのだろう。

 カウンターに置いたモノの重さは“それなり”だ。商売人の関心を買うには十分だろう。


「――それで、何をお探しで?」


 昆虫の表情は僕には分からない。それでも口調と態度から店主の空気が柔らかくなったのを感じた。


「クモはありますか?」

「クモ? 寄生用の?」

「はい。寄生用のです」


 僕の問い掛けに少し意外そうに店主。

 クモ。形態としてはツリークリスタルに八本の足を生やしたモノだ。用途は寄生。人間側の兵器である対敵性生物用戦闘型強化外骨格――通称、ムカデ。人間がプラスチック製の背骨に入れ替えることで使用可能となるこの兵器を僕等トゥースが使用できる様にする為の兵器だ。

 需要はあまり無い。何故なら――


「この金額なら生体外骨格も用意できますぜ?」


 うへへぇー、と手もみしながら店主。クモは需要が無いし、安い。大してトゥースに取ってのムカデ、生体外骨格は高いし、そもそも個人に合わせて一から造る・・ので、ムカデを無理して使うよりも性能が良い。普通に考えればそっちを買う。


 ――だが欠点が無いわけではない。


 そして、今回はその欠点が問題だった。


「いえ」


 だから僕は首を横にふりふりと。


「明日から僕は戦場に行くので」


 なので早急に外骨格が必要なのです、と僕は言葉を締めた。

 それに「あー……」と店主。

 一から造る生体外骨格の欠点。作成に日数がかかる。普通で一週間程。母体のことを考慮しないでも四日は掛かる。今の僕にはそんな時間は無い。そう言う訳だ。

 店主は軽くフリーズしていた。昆虫の表情はやはり読み難い。先程の「あー……」は納得しているのか、呆れているのか、僕には今一判別が付かない。

 だが、まぁ、別に良い。僕には男の表情を窺う趣味は無いし、そもそも店主の雌雄すら僕には判別が付いていないのだ。だからどうでも良い。僕は固まった店主を再起動させるべく、甲殻で覆われた硬い左手の指でカウンターをノックした。注意を引く。


「それで?」


 ありますか? ありませんか?


「あ、あぁ! すまんね。あるある。勿論あるよ。そりゃぁ、確かにクモじゃないと拙いな。……けど、勿体ねぇなぁー。兄さん、かなり良い血統だろ?」

「お母さんはBでしたね」

「ほら来た! エリート様だよ!」


 ヒュー、と店主が口笛を吹く。強さに直結するわけではないとは言え、トゥース社会において、血の“濃さ”は一種のステータスだ。良い武器が造れる・・・可能性が高くなる。……まぁ、ただそれだけだ。試行回数を増やせば薄い血でも誤魔化せる部類の強さだ。

 それでも良い所のお坊ちゃんと思われる僕の登場に、店主のテンションは上げ上げ。楽しそうな空気に反応したアルの耳もピン、と起き上がっていた。


「まぁ、お父さんは人間ですがね」

「……あー……、それは、まぁ、何と言うか……」


 ご愁傷様? と店主。悲しそうな声音にアルの耳も、くぃーと広がり困惑気味だ。


「まぁ、そう言う訳ですので、特に生体外骨格が惜しいと言うことはありません。なのでクモが欲しいのですが……」

「あぁ、分かった、分かった。籠ごと持ってくるから好きな奴を選んでくれ。……得物は? 一緒に買うなら、そっちも勉強させて貰うけど?」


 どうだい? と店主。

 思ったよりも良い人っぽい。商売もあるだろうが、声には準備不足で戦場に立とうとする僕を案じている色があった。

 そう言う情を見せられると少し申し訳なくなるのだが……それにも僕は「いえ」と答えて首を横にふりふり。


「そちらは使い慣れたモノを持って来ていますので」


 大丈夫です。


「そりゃ失礼。全くの新兵ルーキーって訳でも……まぁ、その身体なら無いわな。自前の生体外骨格が壊れたばっかってとこか?」

「……」


 その言葉に、右頬を覆う甲殻で動きにくいはずの僕の表情が、ひく、と動く。


 ――いえ、追い出す際に荷物を用意した末姉が入れ忘れたのです。


 そんな身内のうっかりを口にする代わりに――


「まぁ、そんな所ですよ」


 そんな言葉で誤魔化してみた。








 わきわきと良く動く生きの良いクモを選んだ。

 僕の手の中でうごうごするソレに興味を惹かれたアルが白い靴下を履いたように見える前足を僕の足に掛けて二足歩行に進化した。

 むへ、と舌を出して、それはなんですかー? そんな顔。

 足が短くとも、胴が長いコーギーは想像よりも高い場所に前足が届くらしい。

 そんな事実を再確認させてくれたお礼にアルにクモを見せてやる。生きてはいるが、自我は無く、ただ、ただ、蠢くクモの不審な動きにアルの鼻に皺がよる。ヴ、と唸っていた。お気に召さなかったらしい。

 そんなご機嫌が斜めってしまった仔犬の頭を撫でてやりながら、僕は手の中の端末を弄る。

 場所はトゥースの領域である下水道から、人類の領域である地上へ。適当な建物と建物の間。人の邪魔にならない階段を椅子に、僕は次の目的地を探していた。

 世間知らずなお坊ちゃん。

 準備不足の新兵ルーキー

 どちらが同情を、或いはは興味を引いたかは分からないが、蚊の様な店主は親切にも人間向きの中古装備を扱う店を教えてくれた。今はそんな店への道を検索中という訳だ。

 手の中に納まる携帯端末。使い慣れたソレにキダイの街のマップとナビアプリを読み込ませる。

 文明が滅びる前。

 或いは、言い換えてツリークリスタルが落ちてくる前。

 世界は情報のネットで繋がっていたと言う。通信を妨害すると言う特性を持つツリークリスタルにより、長距離通信が出来なくなった時代しか知らない僕には少し想像し難い。


「もし、今もそうして繋がっていたのなら――」


 ぽつ、と思わず空を見上げながら呟く。

 今更ながら僕は末姉に伝えたい。


 クソがファック、と。


 今まで気にしないでおいて何だが、外骨格無しで外の世界に放り出すとか普通に止めて欲しい。死んでしまう。








 今の時代、三つの大きな企業がある。

 戦時中だからだろう。何れも軍事関係の会社であり、その何れもがムカデやモノズを造っている。

 一つがタタラ重工。

 実は僕の所属するダブCの親会社だったりする。

 ここのムカデやモノズは重装甲を売りにしたモノが多く、戦場での荒い扱いにも耐えられるタフネスが売りだ。武器としては実弾を扱うモノが多く、光学兵器は余り無い。

 そしてムカデはモノアイだ。

 もう一つがアロウン社。

 ここのムカデやモノズは前述したツリークリスタルのジャミング派の影響下でも稼働する電子機器に力を入れたり、ツリークリスタルのエネルギーを利用しての高威力な光学兵器を搭載している。広範囲、高火力。そんな謳い文句が並ぶが、割とデリケートなモノが多く、近距離での戦闘にはあまり使いたくない。

 ムカデはデュアルアイだ。

 最後に職人組合。

 ここはその名の通り、小さな企業の集合体であるので、全体としての特徴は特にない。敢えて言うのならばごちゃ混ぜチャンプルーと言った具合だろう。

 企業を選べばタタラ重工やアロウン社よりも尖ったモノがあるし、フットワークの軽さから個々人に合ったムカデを用意してくれたりもするらしい。

 因みにムカデはモノアイだったり、デュアルアイだったり、バイザーだったり色々だ。

 僕はこの三つのメーカー中からムカデを選ばなければならない。

 ……まぁ、三つ列挙しといてなんだが、スキル的にも、その他的にもタタラ重工一択である。

 別に親会社のご機嫌窺いと言う訳ではなく、重装に適性を持つ以上、それに強いメーカーを選ぶのが当然ならば――

 トゥースであり、一流の工兵であるモノズと契約が出来ない以上、故障率の低さにときめいてしまう僕を誰が攻められようか。いや、誰も攻められないはずだ。


「……」


 思わず心中で反語表現を使って、拳を握ってしまう。

 だってモノアイってかっこいい。

 違う。間違えた。重装甲と故障率の低さが大事なのだ。ムカデの頭部装甲のカメラアイの仕様は関係ない。無いったらない。

 兎も角。

 モノアイのかっこよさについては兎も角として、だ。僕は自身のスキル、その他事情によりタタラ重工製のムカデを手に入れるべく、中古のウェポンショップの扉をくぐった。

 トゥースである僕の入店に店員が一瞬、眉を顰める。

 それでもうごうごする手の中のクモを見せれば、一応は客だと認識してくれたらしく、ムカデを扱っているコーナーを顎で示してくれた。


「……」


 何でボディビルのポージングを決めているのかと、僕は問いたい。問いたいが、人見知りの僕にはハードルが高いので諦めた。諦めて、見て行く。

 その独特な陳列は確認が酷くやり難かった。何と言うか――コレ、ポージングで上手いこと故障個所隠しているよな? 少し感動した。これが商売人の知恵と言う奴なのだろう。「……」。絶対違う。

 僕は重装甲の代名詞、アカガネが欲しかった。

 だが、この右腕を隠す様にして組まれた上腕三頭筋を強調するポーズサイドトライセップスは……そう言うことなのだろう。右腕側に故障があるのだろう。

 故障が左腕なら良かった。或いは両足でも良かった。その部分に関してなら僕は自前の甲殻があるので、多少は誤魔化せる。だが右腕は――


「……」


 無言で振り返る。店員と目が合う。僕がポージングの意図に気が付いたことに、気が付いているのだろう。バツが悪そうに顔を背けられた。

 だが僕は視線を逸らさない。十五秒。そんな良く分からない時間が流れた。結果、勝ったのは僕で、負けたのは店員だった。はぁ、と盛大な溜息。面倒そうに、それでも相変わらずバツが悪そうにこちらにやって来る。


「……希望は?」

「重装甲のモノを」

「それでアカガネか……クロガネは?」

「流石に高すぎます」


 出て来た重装甲仕様モデル高級品ハイエンドの名前に、無理ですと僕。


「……ま、そうか。アンタ、トゥースだしな。因みに予算は?」

「……」


 コレだけです、と革袋を渡す。中身も見ずに、その重さだけで店員の目が、じと、と湿度を帯びた。


「――アカガネすら買えねぇよ」

「……」


 今度は僕がバツが悪そうに顔を逸らす番だった。

 それからは商談だ。要望を出したり、却下されたり、却下したりした。

 そうして三十分程が経過した頃だろう。

 はじめは好奇心に促され、右へ左へとてこてこ歩いていたアルも飽きて床に伏せ。くあーと大きな欠伸をし始めた頃に商談がまとまった。


「アラガネのバラ! 左腕と両足のパーツ無し! 代わりに胸部装甲増加改造済み! こいつをくれてやる!」


 店員の叫びが店内に響き渡る。


「……」


 最早声も出ない僕はふらふらになりながら彼に革袋を投げ渡した。

 そんな僕の目の前には、アラガネ。

 マイナーチェンジを繰り返すベストセラー商品であり、目の前のコレも最新型では無く、二世代程前の型だ。だがそれでも『壊れ難さ』には定評のあるタタラ重工が誇る量産向けの濃緑のムカデだった。







あとがき

今日はこれから高速をすっ飛ばして実家のイッヌをシャンプーに連れて行かなければならないので早めに更新。

それに早い方が興味を持ってくれた人が今日発売のDoggy House Houndの一巻を買いに行きやすいしね!

……よし、自然に宣伝出来たぞ!





なろうの方で前作から読んでくれてる読者さんの何人かが混乱してるようなので、ちょい補足。(s)からの読者さんはスルーでオッケーです。


狙撃の才能がある末若様は二男三女の時の末若様です。

この末若様はその次のハロウィンスレまでの間で産まれてる末若様です。(長若、末若だったのが、長若、次若に表記変わってるのでここで一人男児が生まれてる)

そんな訳でこの末若様はあの末若様では無く、三男三女の時の末若様なのです。

さり気なく入れてニヤけてたらさり気無さすぎたぜ!!

はい。すいません。



・小ネタ

 クモって何の為にあるの? しっかり準備しとけば需要皆無じゃん! と思われそうですが、特定状況下で需要があります。

 それは戦場で自前の生体外骨格が壊れた時。

 ――くそっ! 戦友を助けに行きたいのに、くそぅっ!

 となった時、その辺に転がってる敵の装備を使う為とかです。

 だから気の利いたトゥースなら一個……一匹? は持ってるらしい。

 うごうごするからガムテとかでぐるぐる巻きにして詰め込まれると言う哀愁漂う保管方法だよ。


 まぁ、生体外骨格が使用不可能なレベルの損傷負ってたら大抵中身はもっと悲惨なんで本当にレアケースなんですがね!!

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