髭の生えた幽霊
もしあなたが、自分のもの以外のスマホを見つけたとき、メールが来ていたら、注意してください。いや、見ない方がいいかもしれません。
とある廃病院で「髭の生えた幽霊」が出ると言われるようになったのはつい最近のこと。その幽霊は姿形が一致せず、スカートをはいていたり、大柄になっていたりとバラバラだった。ただ、その幽霊に遭うと一人確実にいなくなるという。
そんなところに二人の男子と一人の女子で肝試しに行こう、ということになった。
もちろん、女子は怖がっていたけど、男子に思ったように逆らえずについていった。
その廃病院は、山奥にひっそりと残っていた。
門の周りには草が生い茂り、駐車場だったところも森と化していた。ただ、建物自体は異様に奇麗に残っていた。ドアすら開閉の可能なくらいで、鍵も壊れていなかった。窓も一つも欠けておらず、ヒビすら入っていなかった。
「うわ、禍々しいな」
「怖いよ、帰ろうよ」
仮に男子の一人をSとでもしておこう。
「大丈夫だよ、ただの噂だからさ」
Sは笑って言った。実はSにはその女子と男子をくっつける意図もあり、この肝試しに誘った。もちろんその男子もそれを承知だった。
奇麗なドアをそっと開けて入る。
そこの中も、まるで廃病院とも思えないほど奇麗だった。そこの中で、時間が止まっているようだった。
「誰か掃除に来てんのかね?」
「さあ、変にきれいだな」
「なんだ、怖がった意味なかったかも」
このSを含めた三人は、幽霊の出る廃病院は汚い、古臭いなどのイメージがあり、この病院はそのイメージとはかけ離れていた。つまり、幽霊がいないと確信したという。
それぞれ懐中電灯で照らす。と言っても、懐中電灯を忘れた女子はピンクのスマホの懐中電灯機能であった。
「電池消費やべーだろ」
「うるさい、忘れたんだから仕方ないでしょ」
そこからは、肝試しより探検の方が近い形となった。
すべての部屋を懐中電灯で照らしながら確認していく。そのどこにも「髭の生えた幽霊」どころか、それっぽいシミなども見つからなかった。
そのままその三人は、入口から最も遠い、別棟の四階の一番奥の部屋を調べていた。
「なんもねえじゃん」
「幽霊なんていないもんだな」
女子は胸をなでおろしていた。
そしてその三人は帰ろうと病室を出て廊下に出る。もちろんその廊下も、さっき見たものだった。はずだった。
「ねえ、だれか、携帯落とした?」
女子がそっと床を指さした。男子たちはそこを見ると、黒いガラケーが落ちていた。電源も入っていた。
「え、俺ガラケーなんて使ってない」
「俺も」
「…じゃあ、誰の?」
女子がSの後ろに隠れる。もう一人の男子は少し不満げにSを見てから黒いガラケーを拾い上げた。
「え、中身見んの?」
「だって、電源入ってたってことはついさっき落としたものだろ。持ち主困ってるだろうし」
昔の携帯らしいプッシュ音が聞こえた。
「メール?いや、これ、メモ帳だ」
「なんて書いてあんの?」
Sはその携帯を覗き込んだ。
そこには真っ白い画面に黒い文字で一文書かれていた。
『髭の生えた幽霊なんていなかった』
「はあ?」
男子は疑問を持ちながら呟く。
女子もその携帯を覗き込んで首を傾げる。しかし、Sにはそんな呟きも動作もどうでもよかった。
さっき、携帯を拾う前でも、そもそも、この場所に誰もいなかったはずなのに。目の前に、携帯を覗き込むために見た床の先に、足がある。三人のものじゃない、足が。
「お、おい。した、下…」
思わずそうこぼした。女子も、男子もそのSの目線の先を見て、凍り付いてしまう。
そして、誰の合図もなく三人は同じタイミングで目線を上げていく。ゆっくり、ゆっくりと。
そこに、「髭の生えた幽霊」は、いなかった。
髭が生えてるんじゃない。クビが180度回転して、髪の毛が髭のように見えただけだった。そいつが、三人を嬉しそうに見つめてた。
思いっきり駆けだした。後ろを見る暇もなくただ走り続け出口に着くと、Sはあたりを見渡す。
幽霊はいない。でも、女子もいない。
男子と顔を合わせて慌てた。大声で女子の名前を叫んだが返事は聞こえなかった。もう一度その中を探索する勇気はなかった。
そんなことがあった一週間後、女子は帰ってきておらず、捜索願が出されたという。ただ、男子もSもあの幽霊に連れ去られたと思っていた。
そして、男子は突然提案した。「もう一度行こう」と。
Sも女子のことが心配でたまらず、捜しに行くことにした。
もう一度通る門は相変わらず草だらけで、建物はやっぱり奇麗だった。
一週間前と同じように、近い部屋からどんどん探し、最後にはあの部屋も探し終わる。結局どこにもいなかった。
「確か、ここから出たとき携帯があったんだよな」
「ああ、あの幽霊に話が通じるといいけどな」
部屋を出るともちろん、奇麗な廊下。そして足元には、携帯があった。ただ、全く違う。
「え…?」
「あれ、これ…」
ピンクのスマホ。行方不明の女子のものだった。二人は混乱した。
電源は入っている。スマホは、一週間も電源は持たない。懐中電灯機能を使っていたのならなおさらだ。
思わず拾い上げる。メモ帳が開かれていた。
そこには一字一句違わず、あの時とそのまんまの文があった。
『髭の生えた幽霊なんていなかった』
二人は携帯を落とした。しかし、その落とした携帯を目で追ったとき、あの時と同じように、足があった。
ただ、違うのは、履いていた靴が見覚えのあるものだったことである。
ゆっくり顔を上げていくと、服も全て見覚えのあるもの、つまりあの日見たものと同じだった。
その顔は、180度クビが回っていた。顔は、あの女子だった。
「うわあああああああああああああああああああ」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」
そのまま二人は走って逃げる。しかし、Sは気づいた。もう一人が途中から姿が見えない。走って戻ると、隅々まで探索したはずなのに、もう一つ階段があることに気付いた。その先にはその男子の声が聞こえる。
駆け上ると、異様に広すぎる屋上だった。
その端でその女子と男子がいた。
「たすけて、たすけて、たすけて!」
男子はひたすら叫び続けていた。女子は嬉しそうな顔をしていた。
Sは走ってそのもとへ走ったが、時すでに遅かった。女子は軽く男子の背中をついた。男子のおびただしい悲鳴が聞こえたと思ったら、すぐに止んだ。
Sは足がすくんで動けない。ただ目を女子に向けると、その女子は元の姿に戻っていた。そしてゆっくりSの方を見ると、嬉しそうに笑って消えていった。
誰もいなくなった屋上で、しばらくSは動けなかった。少し経って、男子が落ちた先に向かい、その下を覗き込む。
そこには、ピクリとも動かない男子の姿があった。さらに、落ちた衝撃なのか、首はあの幽霊や女子のように180度回っていた。
Sはその後、その廃病院のことについて検索したところ、そこで医療ミスによって屋上から飛び降りて自殺した患者がいたという。その死体は、クビが180度回転していたという。
その後、霊が出るとか、飛び降り自殺が増加したなどの理由で廃業してしまった。ただ、廃業した後もその霊が出ていると書かれていた。
ただ、Sは妖怪の「七人ミサキ」のように、成仏の条件が身代わりを用意し殺すことだと考えた。さらに、殺した相手はそのクビが180度回転した状態の幽霊となって同じように彷徨い続けるという。
Sはもうその廃病院に行くことはなかった。あそこを最後まで探索してしまったら一人死ぬ。Sにはもう一緒に行く相手がいない。
何年か経ち、Sはたまたまあの廃病院の近くを通ることになった。その時Sは思わず入口を何度も見返したという。
必ず閉まっていた、不自然な奇麗さの出入り口が、異常なほどひしゃげ、ガラスも粉々になり、誰にも通れるような状態になっていたのである。Sは思わず足を運んだ。
Sは周りを見渡し、ゆっくり出入り口から中を覗き込むと、異常なほど静かで奇麗な場所が広がるばかりであった。
Sは逃げ出そうと言わんばかりに首を動かすと光る何かを見つけた。スマホだった。それもあのときの男子のものだった。
Sはスマホを見ることなく走って逃げた。クビが回転した男子を見たくないのもあったが、何より死にたくもなかった。
スマホはただ光り続けた。
そこからいくつか過ぎた。
もうそのことなどすっかり忘れたSは机の下にスマホを落とした。慌てて拾おうとしたとき、一台自分のものではないスマホを見つけた。しかもそれは光ってる。
誰かの忘れ物だと思い拾い上げ、電源ボタンを押した。
その瞬間、Sは画面に映し出された文面に、全てを思い出しあたりを見回す。そのスマホは、間違いなくあの男子のものだった。Sは焦る。見てしまった。
『髭の生えた幽霊なんていなかった』
Sはすぐにスマホを投げ捨てた。周りを見渡す、必死に男子の姿を探す。
すると、ノックの音が聞こえた。窓の方から。
ここは、5階のマンション。
ありえないと思いながら震える手で窓のカーテンを勢いよく開いた。
そこには、あの男子の姿があった。
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