成人式
教師を続けて長いDさんは、静かに呟いた。
「とても、印象深いことがあるんです。怖い話かってよりは、少しだけ哀しい話ですけど」
そう言って、話を始めた。
とある中学校に勤めていたころのこと。
部活の指導でグラウンドの端のネットに体を預けていたとき、ふと学校の外に目が行った。学校内の敷地を示す塀があるのだが、そこに両腕を乗せてDさんを見る人影があったそうだ。
よく見ると、その人影は、ちょうど今年で成人式を迎えるかつての教え子だったそうだ。中学校は違うのだが、調べて来てくれたのだろうとDさんは何気なく思うと、その人は大声で言った。
「Dせんせー、成人式にいきますからねー」
それだけ言って、その人は去って行った。
そういえば、来週だったな。成人式。
そう思って、かつての教え子に会えることや、成長しどうなっているかを想像していると、とても胸が躍ったそうだ。
そして、当日になり会場に向かうと、Dさんの周りに多くの教え子が駆け寄ってきた。
「先生、お久しぶりです」
口々にそう言った。ただ、その教え子の中に「いく」と言った人はいなかった。しかし、そのことに少し疑問は持ったものの、嬉しさと、思い出を思い出すことに意識が向いて、成人式が終わるころにはすっかり忘れていたそうだ。
成人式が終わって帰路に着いた頃、やっとその人のことを思い出すと、たまたま帰り道の一緒だった教え子に訊ねた。
「ねえ、あの子はどこにいるの?来るって言ってたんだけど」
「え?その子……。あの…」
すぐに教え子の顔色が暗くなったことに気付いた。教え子は声を小さくした。
「その子、交通事故に遭って、今意識不明の重体で入院してるんですよ……」
Dさんはすぐに言葉を失った。教え子は続ける。
「もう、一か月ですよ。ずっと、意識が戻らないそうです」
え?一か月?「いく」って言ってたのは、先週だったのに。
言葉を失っていた中での驚きだった。Dさんは混乱したが、その様子を知らない教え子は携帯を開いた。すると、教え子は「え?」と言った途端に口を抑え何も喋らなくなった。Dさんは訊ねた。
「…どうしたの?」
「あの…その…。その子、なんですけど」
教え子の携帯を持っている手は震えていた。
「成人式中に、………亡くなった、そうです」
「え……?」
二人は暗い道の真ん中で立ち止まっていた。
「あの、あの子の『いく』って、『逝く』ってことだったのかなって思います」
Dさんは目がうつろになりながら語る。しかし、話を続けた。
「ただ、あの。この話に続きがありまして…」
そう言って鞄を探って封筒を取り出した。
「これ、成人式で撮った写真なんですけど。クラスの子、全員で」
封筒の中身は確かに、若い男女数十人と、Dさんが写っていた。しかし、Dさんの隣に、背景が透けた人が立っている。
「この子、なんです。『いく』って言った子。この写真を撮ったのは、成人式が終わった直後。つまり、もう亡くなっていたんです。確かに来てたんですよ。『行く』って、言ってた通りでした」
Dさんは、少し嬉しそうにその写真を眺めていた。
その写真は、そのクラスの集合写真としてそれぞれのクラスメイトに配られているそうだ。
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