メリーさん

 おしどり夫婦とも呼ばれたAさん夫妻。会社の都合で転勤することになったAさんを、泣きながら見送るほどであった。

 しばらくAさんと奥さんは、電話をしたりメールをしたりと、関係性が薄れることはなかった。

 しかし、突然二人は離婚した。

 その理由をAさんに訊ねると、周りを見渡しながら言った。

「いませんよね?あいつ」

 声が震えていた。


 転勤した先の仕事場は劣悪な環境だったという。

 残業は平気でさせるため、いつも帰る時間はバラバラだという。

 その日もへとへとになりながら、ボロアパートの一室に鍵を開けて入った。ドアを優しく閉めたとき、携帯が震えだした。

 番号は非通知だった。特に疑うことなく出てみたという。

『もしもし、私メリーさん。今あなたのアパートの前にいるの』

 すぐに電話は切れた。

 ただの悪戯だと思ってAさんは無視したという。

 ボロアパート言っても、部屋は二つある良心的なアパートだ。その片方の寝室として使っている部屋に入ったとき、また携帯が震えた。

『もしもし、私メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの』

 また切れた。

 いよいよAさんは不安に思ったが、まだ悪戯の範囲だと無視をしたという。

 そして、寝室の出入り口に背を向けて壁にスーツを掛けたとき、また携帯が震えた。

『もしもし、私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 Aさんは携帯を耳元から外し、震えながらゆっくり振り返ったという。

 そこには誰もいなかった。

 Aさんが安堵していると、切れていなかった携帯から笑い声が聞こえてきた。

『もう。ビビりすぎー』

 奥さんだった。つまり、奥さんの悪ふざけ。

 でもAさんはそんなことをしてくれた奥さんが可愛いと思った。

 そこから週に二、三回奥さんのメリーさんを模した電話がかかってくるようになった。最初のうちは少し怖かったものの、だんだん心の癒しとなって、仕事にも頑張れるようになったという。


 しかし、Aさんは少し疑問を持ち始めた。

 一回目はアパートのドアを閉めた瞬間。

 二回目は寝室に入った瞬間。

 三回目は出入り口に背を向けた瞬間。

 これが、定時で帰り、予定表もがっちり決まっているなら全く問題はないが、Aさんの場合、帰る時間は毎回違う。会社に聞いているにしても、帰りにコンビニに寄ったりすることもあり、なぜ毎回、タイミングがこうもそろうのか。

 少しづつおかしいと思い始めたAさんは、同僚に手伝ってもらい、家の中をくまなく探した。

 そして、全ての理由を知ることとなった。

 家の中のあちこちに小型カメラがあった。しかもリアルタイムで映像を見ることができて、充電に関してもコンセントの内部の方で繋がっており、半永久的に動くようになっていた。

 それを問い詰めてみると、奥さんは自白した。

『だって、家に女連れ込んだりするかもしれないし、何か犯罪を起こすかもしれないから。監視してたの』

 ただ、離婚の決め手になったのはこの言葉じゃない。

 電話越しに聞こえてきた、彼女の笑い声だった。


「あいつ、俺の行く先々に現れるんです。もしかしたら今ここにもいるかもしれないって思って、怖いんです」

 そんなことを震えた声で話すAさんを、笑いながら眺めている女性を見かけた。

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