怖い話

よこはらなづき

アパートの最上階に、年の離れた姉妹が住んでいた。

 妹が幼い頃に両親を亡くし、姉一人で養う形となったという。

 妹は中学生になり、部活も運動部を選んだことと、友達との付き合いもあったことから、帰りが自然と遅くなった。

 そんなある日のこと。

 姉が七時頃に帰ってきた。その時はまだ妹は帰っていなかった。

 姉はその日の仕事の疲れから、スーツのまま布団にダイブしたという。そして、ご飯も食べないまま寝てしまった。

 

 ふと、玄関のドアが開いた音がした。

「ただいまー」

 妹の声だった。うっすら目を開け、時計を見ると、九時。

「あれ、お姉ちゃん寝てる?」

 妹は姉のことをしばらく眺めてから、駆け足で階段をのぼる。

「いいところに行ったんだ。一緒に行こうよ」

 その声が聞こえたあと、足音すらも止んだという。姉はそのまま寝た。


 けたたましい電話の音に姉は飛び起こされたという。

 時間は深夜の一時だった。

 この時間に誰がかけてきたのかと、電話番号を見ると祖母からだった。

『ねえ、そっちに何か連絡来てた?』

 相当慌てた様子だった。半分寝ぼけていた姉は適当な応答をした。

「なにも、きてないよぉ」

『じゃあ、今すぐ病院に来なさい!』

「はぁ?」

 一瞬苛立ちが現れたが、すぐに身内に何かあったと思った。祖父が病気を患っていたとか、叔母が仕事中に何かあったとか、考えをめぐらせた。

 しかし、祖母の答えは、思わぬことだった。

『妹が九時ごろ事故に遭ったのよ!急いできなさい!』

 受話器を叩きつけて、鞄を持って駆けだした。

 タクシーを呼び止め近くの大病院の名前を告げた。

 車に揺られながら、九時ごろのことを思い出す。

 妹は家に帰ってきていたはずだ。

 それになぜ疑問に思わなかったのか、アパートの一室に階段なんてあるはずがない。外の階段だったとしても、最上階なら駆け上がる先がない。

 もしかして、妹は助からないのではないか。

 そんな悪い予感が現れた。


 姉が病院に着いてから十分後に悪い予感は現実のものとなった。

 妹は死んだ。

 事故を起こした人間も、妹を轢いた後に電柱にぶつかり、即死だったという。

 九時ごろのあの出来事は、最期の挨拶だったのかもしれない。いい所とは、天国だったのかもしれない。

 心のどこかにぽっかり穴が開いていて、放心状態になる寸前だった。そんな状態でタクシー呼ぶがなかなか止まらない。なぜだろうかと少し変に思った時だった。

 姉の方へまっすぐに暴走車がせまる。気づいた時には避けられなかった。

 轟音が響いたと思ったら、すぐに周りは静かになる。ぬるっとした嫌な感触が全身にあった。目の前は何度も点滅する。

 ああ、死ぬんだ。

 もしかしたら、妹は同じ景色を見ていたのかもしれない。

 薄れゆく意識のなかで、妹の最期の言葉を思い出していた。



『一緒に行こうよ』


 そういう、意味だったんだね。

 意識が途切れた。

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