02
隣。
彼が来た。
わたしのほうを、たぶん、ちょっとだけ見て。
いつも通り、隣に座って。夕日から背を向けている。
飲み物の缶の、開く音。
彼。
なにか飲んでる。
そして。
たぶんわたしの左隣に。
飲み物が置かれている。
わたしも飲めるように。
彼は優しいから。いつも、わたしが喋っても喋らなくてもいいようにしてくれる。
夕陽。見ないの。
訊こうとしたけど、声が出なかった。口だけが、ぱくぱくと動く。
まあ、たいしたことじゃないし。彼のほうを向いていたわけでもなかったし。
「あなたを見てたけど」
返答が。かえってきた。
わたしを見ても。なにもいいことないよ。
「そんなことはないね。あなたが今なにを考えているか、当ててあげようか」
夕陽と一緒に。人生を終えたい。そんなこと、彼には分かるはずがなかった。わたしがついさっき、彼が来るちょっと前に思ったことだから。
「つかれたんだね。生きることに」
彼のほうを見そうになって、こらえた。夕暮れ。美しい海の景色。眺める。
「喋れないっていうのは、あなたが思っている以上に。大変なことだから。あなたは普通だって思ってるけど、きっと、心はすり減ってる」
すり減ってる。心が。たしかに、そうかもしれない。口を閉じて、彼の言葉を聞いていた。
「あなたは、いつもひとりで、生きている。誰の助けも借りずに。それが、まるで普通であるかのように」
そう。わたしにとっては、喋れないのが普通で。喋れるほうが、特殊。わたしの人生に、自分の声は存在しない。
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