素直になれなくて

 IS『リーチ・オブ・アームズ」

 ・発動中、攻撃、筋力、敏捷が著しく上昇する。

 ・発動中、1秒毎に行動力を2消費する。


 私は一人、酒場でカフェオレを飲みながらISの説明のテキストを眺めていた。

 ラウルが言っていた事を思い出す。


 ——確かにチート級の強力なスキルだが、行動力を消費とか、随分とクセがあるな。


 行動力を消費するということは、使い切ったらいきなり意識を失って、突然一時間眠ってしまうということだ。

 私がゴブリンリーダーの目の前で、いきなり意識を失ったのはそれが理由。

 更に、1秒毎に2消費ということは、最大50秒が限界。それに、行動力は起きていれば勝手に減っていくものなので、実際はもっと短くなる。一度使ったらその日、起きて散策できる時間も少なくなる。


 ——とりあえず、本当にピンチ以外では使わない方がいいな。特にソロでは、意識失ったら助けてくれる人もいないわけだし。


「はぁ……。でも、あれだけ強くなれるんだもん。そんなポンポン使える訳ないよね」


 私はがっくししながら、カフェオレをストローでちびちび吸う。

 あの後、ラウルとは戦利品の売却や装備の修理などで、今日はとりあえず別行動。明日、少しだけ話があるらしい。

 私は、とりあえず酒場で1人ご飯を食べに来ていた。


 それと……。


 すると、酒場に見覚えのある二人組が現れる。


「あ、来た」

「トワちゃん!」


 カナリアさんは、笑顔で手を振りながら私の元へ駆け寄る。

 アーサーさんは、微笑みながら軽く微笑する。

 私は、この二人が酒場に現れるだろうと踏んで待っていたのだ。


「お二人の事探してました!」

「え? 探していたなら、メッセージくれれば良かったのに。私達フレンドでしょ?」


 あ、そういえばそんな機能があったな。すっかり忘れていた。


「それで、どうしんだい?」


 アーサーさんに質問されると、私はおぼつかない手つきでメニューを操作し、一本の剣を出現させる。


「これ、アーサーさんの剣、勝手に使って壊してしまったので、同じものです。お返しします」


 アーサーさんは、「ああ、その話か」と、笑顔で言った。


「大丈夫だよ。剣は壊れて使えなくなったけど、所持品から無くなったわけじゃないから、修理してまた使えるようになる。ほら、この通り」


 そう言って、アーサーさんは元通りになった背中に差してある剣を指差す。


「まぁ、まさか二振りでぶっ壊されるとは思って無かった。恐れ入ったよ」


 アーサーさんは苦笑いをする。


「そうだったんですね……。それなら、修理費だけでも」

「いいよ、大丈夫だ。僕達は君に大きな借りができたし、その剣は君が持っていた方がいい。きっと、使うだろ?」


 私は、その剣を少し見つめる。


「……わかりました。ありがとうございます」


 そう言って、私は剣を所持品に戻す。

 すると、カナリアさんは私に向かって言う。


「それでね、私達もトワちゃんにお話があるの。今時間大丈夫?」

「え、大丈夫ですけど……」


 私はアーサーさんに促され、酒場のテーブルに座らせられる。

 

 なんだろう、話って。


 すると、私の頭の中に、ある予感が過ぎる。


 もしかして、パーティの勧誘!?

 きっとそうだ。私達、短い間だったけど、それなり苦難を乗り越えてきた仲間だし!


「あのね……」


 私は、わくわくしながらカナリアさんの言葉を待つ。


「ラウルを、うちのパーティに戻していいかな?」

「え?」


 あ、ラウルを? 


「……なんでそれを私に?」

「あのね、実はあの後、パーティ募集の掲示板に遠隔アタッカーの応募があって、さっき会って来てたの」


 すると、アーサーさんも付け加える。


「それが結構やり手の破滅魔法使いだから、パーティに正式に入って貰った。それで、カナリアと二人で相談の結果、残りの近接アタッカー枠にラウルを戻そうという話にまとまったんだ」


 アーサーさんが、ラウルを自分のパーティに。


「アーサーさん、いいんですか?」

「正直まだ気に入らない所も多々あるけど、仕方なく……だよ」


 私は嬉しくてつい顔が綻ぶ。


「そうですかぁ、良かったです」


 アーサーさんも、ラウルの事をちゃんと許す気になれたのだろう。


「それにしても、何でその話をわざわざ私に?」

「いや、だって、ラウルをパーティに入れたら君は……」



「一人になってしまうだろ?」



 あ。


「そ、そういえば」


 そうか、パーティは四人までが限界だから私は入れないのか……とほほ。

 カナリアさんは申し訳なさそうに言う。


「トワちゃんを省るような形になってしまうから、一度ちゃんと話した方がいいかと思って……。近接アタッカー枠は、一つしか無いし……」

「いいえ! むしろ、わざわざ私にお話しにきてくれた事だけでも感謝です。もう、ラウルには色々教えてもらい終わりましたし、後は自分だけでも何とかなると思います」

「そう言って貰えると、ありがたいが……」


 すると、カナリアさんは私の手を取って言った。


「何か困った事があったらすぐメッセージ入れて! 私すぐに駆け付けるから!」

「カナリアさん、ありがとうございます」


 でも、バラバラになった三人がまた一緒になれたのはいい事だ。

 本当に、心の底から、良かったと思う。







 翌朝。


「おお、結構見た目マシかもしれない」


 宿屋の自室で剣士用の防具に装備変更をする。

 昨日、凶暴化したゴブリンリーダーを倒した事により手に入れた『フィロシティ・チーフコート』という胴装備が、思いの外見た目が良い。

 赤を基調にした色で、所々にモフモフした白い毛がついていて、中々お洒落で可愛い。やはりコスプレ感は拭えないが。

 どうやら、レアアイテムと呼ばれるものらしく、その事を昨日アーサーさん達に話したら……。


「僕が高く買い取ろう! 三十万ベルで!」

「ちょっとアーサー君! いつの間にそんな大金持ってたの!?」

「しまった! つい口が……」


 などと、一時的に大騒ぎになったものだ。

 確かに良く考えてみれば、そうそう出会えず倒すのにも苦労するエリアボスが、さらに低確率で凶暴化し、更に低確率で貰えるか分からない装備は相当な値打ちが付きそうだ。


 ——でも、始めて倒した敵から手に入った装備だもん。大事にしたいよね。


 アーサーさんと一緒の『騎士見習いの長剣』を腰に差す。


「さて、そろそろ出ようか」


 そう言って、私はラウルとの待ち合わせ場所の酒場へと向かっていく。





「お前、随分それっぽい出で立ちになったじゃねぇか」


 ラウルは私の事を見かけるやいなや、まず服装について触れてくる。

 ラウルにしては、服を新調した女の子との接し方を弁えているじゃないか。


「ですよね!? このモフモフした所かわい……」

「女族長って感じだな」

「は?」


 誰が族長じゃ。


「何を怒った顔してんだお前は」

「ほんと、そういうとこですよ」

「あ? なんだよ。なんか、悪かったな」


 そう適当に返すと、ラウルは酒場前のベンチに腰掛ける。


「朝飯食ったか?」

「うん」


 私は、ラウルの隣に腰を下ろす。


「ねぇ、昨日アーサーさんからパーティ勧誘ありましたよね。あのパーティっていつ出発なんですか?」


 一応最後に挨拶をしておきたくて、私はもうパーティの一員であろうラウルに質問する。


「ああ、それなら」






「勧誘は断った」






 ん?


「え?断った?」

「だから何回も言ってんだろ。戻る気は無いって」


 私は驚きで口をあんぐり開ける。


「ええ!? なんで! あの時はアーサーさんといざこざがあったからでしょう! 今はそんな事無いじゃないですか!」

「いや、あいつと一緒はそれでも無理」


 なんという……。


「それ、本人に言って無いですよね?」

「言ったらブチ切れてたぞ。こっちから願い下げだってよ」

「当たり前ですよっ!」


 せっかく仲直りのチャンスだったのに、それをラウルは棒に振るうなんて、なんて事を。


「あいつと俺は、なんつうか、仲間とかそんなんじゃねぇんだよ。やっぱり」

「そういうものなんですか?」

「男にはそういうもんがあんだよ」


 正直良く分からないが、本人がそう決めたのなら仕方ない。


「じゃあ旅パはどうするんですか? また一から集め直すんですか?」


 すると、急にラウルらしからぬ、小声で言った。


「……だから、入れよ」

「え? 声小さいですよ。いつももっと無駄に大きいじゃないですか。一体急にどうしたんですっ……」



「俺の作るパーティに入れっつってんだよ!」



 私はまたしても驚きで口をあんぐり開ける。


「ええー!?」

「別に、誰でもいいんだが、どうせお前は宛も無いだろうし、俺が盾役タンクやればお前は近接アタッカーで入れるだろうし」

「ラウル……」


 私は唾を飲み込んで言った。


「私とパーティ作りたくて、勧誘断ったんですか?」

「はぁ!? ちげぇよ! バァカ!」


 私は嬉しそうに顔を綻ばせる。


「そうですかぁ! 私も嬉しいですっ! ラウルの言う通り何も宛も無かったですし、これからもラウルが色々教えてくれるなら、願ったり叶ったりです!」

「だからちげぇって! 寄るな! 触るな!」


 私も本当はこれからもラウルが一緒にいてくれれば心強いなと思っていた。でも、半分諦めていた事であった為、勧誘はかなり嬉しかった。


「だから、俺はお前の事好きで勧誘したわけじゃねぇからな!」

「分かってますよ! あ、でも、好きになったらちゃんと言ってください。私、その辺鈍感なんで」

「言うかバァカ!!」


 大声を出し過ぎて、ラウルは息を切らして言う。


「……そ、それに、お前と俺は全く別種の強さを持っている気がすんだよ」

「……真逆ってことですか?」

「分かってんじゃねぇか。だから、お前と一緒にいて、その強さの正体が分かれば、俺もいつか、ISを……」


 ——私の強さ。そんなもの、あるのだろうか。


「とにもかくにも、まず人集めからだ。今日は狩りに出ないで一日中街中でパーティ募集だ!」

「頑張りますー!」


 そう言って、私は元気よく手を掲げる。



 ん? 少し、物陰から視線を感じる気がするが、気のせいだろうか。







「ほら、アーサー君。ラウルはやっぱりトワちゃんとパーティ組みたかったんだ」

「ああ、なんとなく分かってたさ」

「アーサー君とラウル君って、真逆なんだけど似てるよね、戦闘中はなんだかんだ息ぴったりだったし」

「あいつと一緒にするな! ほら、僕達もパーティ募集に行くぞ!」

「はーい」

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