ありがとな
「ん……?」
目を覚ますと、私は布団に寝かされていた。
毛布の柔らかさが心地良い。もう一度、目を閉じようとした時、私は全てを思い出し、勢いよく起き上がる。
「え!?」
「うおっ!? いきなり起きんじゃねぇよ! びっくりしただろうがっ!」
ラウルが隣で椅子に座りながらメニューを弄っていたのが目に映る。
なんで、ラウルがここに? ていうか、ここはどこ? ゴブリンリーダーは? 私は意識を失って、あの後どうなったの?
混乱して眼球をくるくる動かす私を見兼ねたラウルは、ため息を吐いて言った。
「ここは宿屋だ。安心しろ、全員無事だ」
「全員無事……?」
私はラウルの方へ視界を移すと、あれだけボロボロだったラウルの体はピンピンしている。そこはさすがゲームの世界。
「ていうか、あの後、どうなったんですか? 私、意識を失って、ゴブリンリーダーは?」
「だから落ち着けよ。ゴブリンリーダーは死んだ。ていうか、倒された」
倒された?
「え? 誰に?」
ラウルは、思い出そうとするが名前が出てこないのか、頭を捻りながら言った。
「ほら、あの、無表情で、無感情の女」
無表情、無感情。
「れっ……リッカ!?」
「ああ、そんな名前のやつだったっけか」
ちゃんと私が紹介したのに、やはり全然聞いてなかったのか。
それはさておき、リッカが倒したとは、どういう?
怪訝な瞳で私はラウルを見やると、言わずもがな、事の経緯を説明してくれた。
◇
「くそっ!」
さっきまでゴブリンリーダーを圧倒していたトワが、いきなり地面に倒れて動かなくなる。
そこで倒れんなよ。ゴブリンリーダーの目の前だぞ!
俺は、骨折判定を受けて力の入らない足を引きずって、トワの元へ走る。
ちくしょ、間に合わねぇよ。なんなんだ。俺はアーサーに助けられ、カナリアに気を遣わせ、挙句の果てにはトワにまで救って貰って。
強くなりてぇって、色々努力してきたつもりなのに、俺は誰一人として守れないのかよ。
ゴブリンリーダーは、トワにとどめを刺そうと拳を振りかぶる。
「起きろよ! トワ!!」
叫ぶ事しかできない。
悔しくて、拳を強く握りしめる。
その時だった。
ゴブリンリーダーは、拳を振りかぶったまま静止して動かない。
「ど、どうなったの?」
カナリアは困惑する。
すると、周りに白い冷気が立ち込み始める。
「冷気……?」
ゴブリンリーダーは、動いていないのでは無い。氷漬けになっていたのだ。
「あなた達、随分ボロボロね」
静かに響く声、この声、どこかで?
その時、氷漬けになったゴブリンリーダーは激しく砕け散り、その奥で手をかざしている女の姿が目に入った。
「お前は……!」
その無表情で冷たい女を、俺は知っている。
女は、意識を失って倒れているトワを一瞥した後、俺達の元へ歩いて、その虚空な眼差しで俺達を見つめる。
「誰もまともに動けそうにないじゃない」
「う、うるせぇよ……」
カナリアは俺に向かって質問を投げかける。
「ラウルの知り合い?」
「いや、あいつの、知り合いだ」
そう言って、トワの方へ目を向ける。
そういえば、トワは? あいつはどうなった? なんで倒れた?
俺は、トワの元へフラフラと近寄る。
「トワ! 大丈夫かよ!」
「すー……すー」
穏やかな表情で寝ていた。
「こいつ、寝てやがる」
俺は大きくため息を吐き、呆れと共に安堵する。
すると、横で女を見ていたアーサーは言った。
「助けて頂いたこと、感謝します。こんな格好で申し訳ないですが、見ての通り誰も動ける人がいなくて、街を歩く事もかないません。ですから、骨折判定を直す薬品でも、お恵みいただ……」
「長い」
そう言って、女は問答無用で薬品を手渡す。
そして振り返り、俺達へも投げ渡す。
「これ、見たことない薬」
カナリアはそう言うと、女は即答で答えた。
「当たり前よ。店頭で販売していない、プレイヤーメイドの薬だもの」
アーサーは、驚愕の表情で言った。
「プレイヤーメイド!? そんな貴重なものを……受け取れません!!」
「くれって言ったのあんたじゃない」
そう言い捨てると、女は身を翻して言った。
「それを使えば歩けるようにはなるわ。後はゲートの魔法でも魔石でも、好きなの使って街に帰る事ね」
「おい! 待てよ!」
そう言って、立ち去ろうとするが、俺は女を引き止める。
「前回も、今回も、タイミングが良すぎやしねぇか? お前、影でこそこそ俺達の事見てるだろ」
すると、女は首だけこちらに向けて言った。
「別にあんたの事は見てないわ。見てるのは、そこでアホ面かまして寝てる子だけよ」
「トワの事を?」
それだけ言うと、再び歩き始めるが、思い出したように、こちらに振り向きもせずに言った。
「そうそう、トワに伝言頼まれてくれるかしら」
◇
「そう、だったんですね」
事の経緯をざっくり聞いた私は考え込む。
リッカは私の事を見ていた? 何のために?
「それで、その伝言って?」
ラウルは思い出すように言った。
「最大都市レヴァントに来い、もし辿り着けたらそこで全てを話す。だってよ」
「最大都市レヴァント……」
私は、考えこみ、こう言った。
「どこ?」
「知らねぇのかよ」
名前を聞いた事が一度あった。リッカが、奏と旅をしてそこを目指したという。
ラウルはその都市について説明をする。
「最大都市レヴァントには、プレイヤーにおいて重要な施設が沢山ある都市だ。まずそこに辿り着くこと、それが初心者の目標だ。その道のりは険しく、野を越えて、海を渡り、山を越え、決して一人で超える事はできない道のり。だから、始まりの街では一緒に最大都市を目指す旅のパーティ……通称旅パを募集してる人達がたくさんいるわけだ」
だからアーサーさん達はパーティメンバーを募っていたわけか。
しかし、リッカは何故そんな事を? 私を試している?
「あまり深く詮索しねぇが、お前の探してるやつの手掛かりを、あの女が握ってるって事か?」
「……はい」
リッカは、まだ私にチャンスをくれるって事なのだろうか。何にせよ、他に奏の手がかりが無いなら、最大都市レヴァントに向かってみる他無い。
すると、ラウルは頭をポリポリかきながら、言い出し辛そうな顔で語り出す。
「後、その、なんだ。あの時、あるだろ」
「あの時?」
「俺がゴブリンリーダーに殺されかけている時だよ!」
ああ、ラウルが体を張って、私達を逃そうとゴブリンリーダーを食い止めていた時か。
「アーサーもカナリアも、俺も、全員無事で帰ってこれたのも、お前のお陰だ。だから、その……」
「ありがと……な」
そう言って、ラウルは顔を逸らす。
私は、ラウルから出たその言葉に、目を大きく開く。
ラウルの口から、ありがとうだなんて……。
やっぱり、ラウルは変わろうって思ってるんだ。
「ううん、結局ゴブリンリーダーを倒せないまま倒れちゃいましたし、リッカが近くで見てたなら、私が頑張らなくてもなんとかなったかもしれないですし……」
すると、ラウルは食い気味に私の話をぶった切る。
「いやちげぇよ、お前は剣を振れないくらいのトラウマを持っていたのに、俺達を助ける為に、勇気を出して戦ってくれた事、その気持ちだけで十分だろ」
ラウルはそう言うと、恥ずかしそうに目を逸らす。
——ああ、今度はちゃんと助けになれたんだ。
「私は、ラウルの変わりたいって気持ちに、勇気を貰いました。やっと、本当に自分がやりたい事に気づけた」
私は、ラウルに向かって微笑んで言った。
「闘う理由、ゲームをやる意味、見つかりましたよ」
ラウルは、一度目を大きく開いた後、顔を背けた。
「そういう恥ずかしい事、平気な顔で言うなよ」
「え? 照れてるんですか?」
「照れてねぇっ!!」
私は、まだ一歩踏み出したばかり。
これから、もっと強くならないといけない。
いつか、悲しみに暮れる奏に、笑って手を差し伸べられるように。
「そういえば、アーサーさん達は?」
「あいつらなら、少し用事ができたらしくてな。ちょっと外に出てる」
「そうなんだ」
「あいつらも、お前に礼を言ってくれってさ」
「……うん」
そして、ラウルは私に向き直って言った。
「それで、話が変わるが」
私は、ラウルの方へ視線を向ける。
「お前の、ISの話だ」
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