ありがとな

「ん……?」


 目を覚ますと、私は布団に寝かされていた。

 毛布の柔らかさが心地良い。もう一度、目を閉じようとした時、私は全てを思い出し、勢いよく起き上がる。


「え!?」

「うおっ!? いきなり起きんじゃねぇよ! びっくりしただろうがっ!」


 ラウルが隣で椅子に座りながらメニューを弄っていたのが目に映る。


 なんで、ラウルがここに? ていうか、ここはどこ? ゴブリンリーダーは? 私は意識を失って、あの後どうなったの?


 混乱して眼球をくるくる動かす私を見兼ねたラウルは、ため息を吐いて言った。


「ここは宿屋だ。安心しろ、全員無事だ」

「全員無事……?」


 私はラウルの方へ視界を移すと、あれだけボロボロだったラウルの体はピンピンしている。そこはさすがゲームの世界。


「ていうか、あの後、どうなったんですか? 私、意識を失って、ゴブリンリーダーは?」

「だから落ち着けよ。ゴブリンリーダーは死んだ。ていうか、倒された」


 倒された?


「え? 誰に?」


 ラウルは、思い出そうとするが名前が出てこないのか、頭を捻りながら言った。


「ほら、あの、無表情で、無感情の女」


 無表情、無感情。


「れっ……リッカ!?」

「ああ、そんな名前のやつだったっけか」


 ちゃんと私が紹介したのに、やはり全然聞いてなかったのか。

 それはさておき、リッカが倒したとは、どういう?

 怪訝な瞳で私はラウルを見やると、言わずもがな、事の経緯を説明してくれた。





「くそっ!」


 さっきまでゴブリンリーダーを圧倒していたトワが、いきなり地面に倒れて動かなくなる。


 そこで倒れんなよ。ゴブリンリーダーの目の前だぞ!


 俺は、骨折判定を受けて力の入らない足を引きずって、トワの元へ走る。


 ちくしょ、間に合わねぇよ。なんなんだ。俺はアーサーに助けられ、カナリアに気を遣わせ、挙句の果てにはトワにまで救って貰って。

 強くなりてぇって、色々努力してきたつもりなのに、俺は誰一人として守れないのかよ。


 ゴブリンリーダーは、トワにとどめを刺そうと拳を振りかぶる。

 

「起きろよ! トワ!!」


 叫ぶ事しかできない。

 悔しくて、拳を強く握りしめる。


 その時だった。


 ゴブリンリーダーは、拳を振りかぶったまま静止して動かない。


「ど、どうなったの?」


 カナリアは困惑する。

 すると、周りに白い冷気が立ち込み始める。


「冷気……?」


 ゴブリンリーダーは、動いていないのでは無い。氷漬けになっていたのだ。


「あなた達、随分ボロボロね」


 静かに響く声、この声、どこかで?

 

 その時、氷漬けになったゴブリンリーダーは激しく砕け散り、その奥で手をかざしている女の姿が目に入った。


「お前は……!」


 その無表情で冷たい女を、俺は知っている。

 女は、意識を失って倒れているトワを一瞥した後、俺達の元へ歩いて、その虚空な眼差しで俺達を見つめる。


「誰もまともに動けそうにないじゃない」

「う、うるせぇよ……」


 カナリアは俺に向かって質問を投げかける。


「ラウルの知り合い?」

「いや、あいつの、知り合いだ」


 そう言って、トワの方へ目を向ける。

 そういえば、トワは? あいつはどうなった? なんで倒れた?


 俺は、トワの元へフラフラと近寄る。


「トワ! 大丈夫かよ!」

「すー……すー」


 穏やかな表情で寝ていた。


「こいつ、寝てやがる」


 俺は大きくため息を吐き、呆れと共に安堵する。

 すると、横で女を見ていたアーサーは言った。


「助けて頂いたこと、感謝します。こんな格好で申し訳ないですが、見ての通り誰も動ける人がいなくて、街を歩く事もかないません。ですから、骨折判定を直す薬品でも、お恵みいただ……」

「長い」


 そう言って、女は問答無用で薬品を手渡す。

 そして振り返り、俺達へも投げ渡す。


「これ、見たことない薬」


 カナリアはそう言うと、女は即答で答えた。


「当たり前よ。店頭で販売していない、プレイヤーメイドの薬だもの」


 アーサーは、驚愕の表情で言った。


「プレイヤーメイド!? そんな貴重なものを……受け取れません!!」

「くれって言ったのあんたじゃない」


 そう言い捨てると、女は身を翻して言った。


「それを使えば歩けるようにはなるわ。後はゲートの魔法でも魔石でも、好きなの使って街に帰る事ね」

「おい! 待てよ!」


 そう言って、立ち去ろうとするが、俺は女を引き止める。


「前回も、今回も、タイミングが良すぎやしねぇか? お前、影でこそこそ俺達の事見てるだろ」


 すると、女は首だけこちらに向けて言った。


「別にあんたの事は見てないわ。見てるのは、そこでアホ面かまして寝てる子だけよ」

「トワの事を?」


 それだけ言うと、再び歩き始めるが、思い出したように、こちらに振り向きもせずに言った。


「そうそう、トワに伝言頼まれてくれるかしら」







「そう、だったんですね」


 事の経緯をざっくり聞いた私は考え込む。

 リッカは私の事を見ていた? 何のために?


「それで、その伝言って?」


 ラウルは思い出すように言った。





「最大都市レヴァントに来い、もし辿り着けたらそこで全てを話す。だってよ」





「最大都市レヴァント……」


 私は、考えこみ、こう言った。


「どこ?」

「知らねぇのかよ」


 名前を聞いた事が一度あった。リッカが、奏と旅をしてそこを目指したという。

 ラウルはその都市について説明をする。


「最大都市レヴァントには、プレイヤーにおいて重要な施設が沢山ある都市だ。まずそこに辿り着くこと、それが初心者の目標だ。その道のりは険しく、野を越えて、海を渡り、山を越え、決して一人で超える事はできない道のり。だから、始まりの街では一緒に最大都市を目指す旅のパーティ……通称旅パを募集してる人達がたくさんいるわけだ」


 だからアーサーさん達はパーティメンバーを募っていたわけか。

 しかし、リッカは何故そんな事を? 私を試している?


「あまり深く詮索しねぇが、お前の探してるやつの手掛かりを、あの女が握ってるって事か?」

「……はい」


 リッカは、まだ私にチャンスをくれるって事なのだろうか。何にせよ、他に奏の手がかりが無いなら、最大都市レヴァントに向かってみる他無い。

 すると、ラウルは頭をポリポリかきながら、言い出し辛そうな顔で語り出す。


「後、その、なんだ。あの時、あるだろ」

「あの時?」

「俺がゴブリンリーダーに殺されかけている時だよ!」


 ああ、ラウルが体を張って、私達を逃そうとゴブリンリーダーを食い止めていた時か。


「アーサーもカナリアも、俺も、全員無事で帰ってこれたのも、お前のお陰だ。だから、その……」





「ありがと……な」





 そう言って、ラウルは顔を逸らす。

 私は、ラウルから出たその言葉に、目を大きく開く。

 ラウルの口から、ありがとうだなんて……。

 やっぱり、ラウルは変わろうって思ってるんだ。 


「ううん、結局ゴブリンリーダーを倒せないまま倒れちゃいましたし、リッカが近くで見てたなら、私が頑張らなくてもなんとかなったかもしれないですし……」


 すると、ラウルは食い気味に私の話をぶった切る。


「いやちげぇよ、お前は剣を振れないくらいのトラウマを持っていたのに、俺達を助ける為に、勇気を出して戦ってくれた事、その気持ちだけで十分だろ」


 ラウルはそう言うと、恥ずかしそうに目を逸らす。

 

 ——ああ、今度はちゃんと助けになれたんだ。


「私は、ラウルの変わりたいって気持ちに、勇気を貰いました。やっと、本当に自分がやりたい事に気づけた」


 私は、ラウルに向かって微笑んで言った。





「闘う理由、ゲームをやる意味、見つかりましたよ」




 ラウルは、一度目を大きく開いた後、顔を背けた。


「そういう恥ずかしい事、平気な顔で言うなよ」

「え? 照れてるんですか?」

「照れてねぇっ!!」


 私は、まだ一歩踏み出したばかり。

 これから、もっと強くならないといけない。

 いつか、悲しみに暮れる奏に、笑って手を差し伸べられるように。


「そういえば、アーサーさん達は?」

「あいつらなら、少し用事ができたらしくてな。ちょっと外に出てる」

「そうなんだ」

「あいつらも、お前に礼を言ってくれってさ」

「……うん」


 そして、ラウルは私に向き直って言った。


「それで、話が変わるが」


 私は、ラウルの方へ視線を向ける。


「お前の、ISの話だ」

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