剣を振るう意味

 真っ暗で何も見えない。

 私は、化け物と闘っていて、それで……?

 

「ラウル……! アーサーさん! カナリアさん!」

 

 私の声は一切響かない。

 

「……!?」


 深い闇。


「え……!? なにこれ!?」


 真っ暗で何も見えない。どこまでも続いてるような。

 見てると不安になって、思わず目を逸らす。


 ——目を逸らさないで、恐れないで進んで、そこに、あなたの大事なものがある。


 こんな淀んだ闇の中に?

 そうか、これは私の思い出したくないあの日の記憶。


 だったら尚更。


「あるわけない! 私は、もう忘れたいの!! 放っておいて!」


 ——大丈夫。


 その時、闇の中にキラリと光が見えた。


「え……?」

 

 暖かくて、なんだか懐かしい光。


 私は、その光に誘われるように闇の中に進んでいく。

 進めば進むほど、闇は晴れ、光が強くなっていく。


 そして、私は完全に思い出す。


 これは、茜色の光——夕陽の光……。









 地平線に沈みかけた夕陽の光が眩しくて、目を細めた。


 ——ここは、私と奏、優香の三人でいつも帰っていた道。


「何やってんだお前?」


 背中を優しくポンっと、叩かれる。

 私は聞き慣れた声に、思わず振り向くと、そこには、あの時の学ランを着た。私の良く知っている奏の姿があった。


「どうしたんだ急に」

「奏……」


 不思議そうに私の顔を覗き込む奏。


 夢でも見ているのか?

 いや、そもそも夢で、夢じゃなければ、これは一体?


「茜大丈夫? 寝不足?」


 優しい声色。優香の声だ。


「優香……」

「ど、どうしたの? なんか、幽霊でも見てるような顔して」

「気分でも悪いのか? ちょっとそこの公園で休んでいくか?」

「いや、大丈夫….…」


 そうか、現実から目を背けたくて、私は、幻を見てるんだ。

 

 このままだと、ラウルさんは……みんなは、どうなってしまうのか。


 ——でも、私は

 少し俯いた後、私は二人にこう言った。


「なんでもない、帰ろ!」


 そう言うと、二人は優しく微笑んだ。

 

 幻でも良い。現実なんて、怖い事、辛い事ばっかりだもん。


「そういえば、今日優香、集会の時寝てなかったか?」

「え!? いや、寝てないよ!」


 優香が居眠りなんて、珍しい。いつも真面目に聞いてるのに。


「なんか、首をかくんかくんさせてた」

「ちょっ! み、見てたなら起こしてよ!」

「やっぱり寝てたんじゃねぇか」


 そう言って、奏はいたずらっぽく笑い、優香は恥ずかしさで顔を真っ赤にする。

 

 ああ、二人がこうして話してるのを見るのは、いつぶりだろう。

 二人と一緒に帰る帰り道が、一日で一番楽しい時間だった。


 ——ずっと、こうしていたかった。


「茜……?」

「ど、どうしたの? なんで泣いてるの?」

「……え?」


 知らないうちに、止めどなく溢れてくる涙。

 もう戻れないんだって思うと、自然に流れてきて止まらない。


「あれ、おかしいな……」


 私は涙を拭う。何度も拭う。

 本当は、ずっと二人とこうしていたかった。

 別々の大学になっても、離れ離れになっても、私達三人は、友達でいたかった。


「なんか悲しい事でもあった?」


 優香が聞いてくる。

 私は、涙を必死に抑えようと、隠そうとしながら、震える声で言った。


「ねぇ、二人共。もう、どこにもいかないで……ずっと、そばにいて欲しい」


 嗚咽混じりにそう言うと、奏は言った。


「俺達の事、そんなに大切か?」


 その問いに、何度何度も頷く。

 私に向かって、奏は微笑んで言った。




「なら、忘れんなよ」





 奏は夕陽の光に溶けて消えていく。


「奏っ! 待って!」


 私は、必死に夕陽の光を掴もうとする。それはすり抜けて、私の手では掴めない。


「もう一度、聞くよ」


 残された優香が、私に語りかける。


「あなたの大事な事って、なに?」

「優香……」


 いや、優香なのか?

 優香は、私に死んで欲しいと思っているのだろうか?

償えって、私に呼びかけた事などあっただろうか?


 ——死んでしまった今となっては、わからないじゃないか。


 では、優香の姿をして、私の前に現れては、私に償えって、あなたが代わりに死んだらって、私の事を攻め続けていた人は一体誰なのか。




 ああ、そうか。




「私……だったんだ」




 その時、夕陽の世界が音をたてて割れて、風が吹きすさぶ。

 私の目の前には、優香の姿は無く、代わりに、泣きながらうずくまる私がいた。


 爽風に髪をなびかせながら思う。


 ずっと自分を攻めていた。

 優香は死んで、奏はいなくなって、自分攻めてくれる人が誰もいなくなって、膨れ上がり続ける罪悪感を晴らす為に、自分を攻撃するしか無かった。


 許して欲しい、放っておいて欲しいと叫んだ相手は、自分自身に向けた言葉だった。


 でも、私は自分を攻め続ける為に、悲しい記憶、辛い気持ちに飲み込まれて、その奥底にある、本当に大事にしたい気持ちを忘れてしまっていた。


 ——ああ、今なら分かるよ。何でこんな苦しいのか、何でこんな悲しいのか。


 私の目の前にいる私。


 泣いて、泣いて、今にも消え入りそうで。


 私は、自分に向かって、手を差し伸べた。


 ——私、大好きだったの。奏も、優香も、バレー部の仲間も、みんな……!




「……うん」




 ——だから、忘れようとしないで……! 私の大切なもの、無くさないで……!

 




 そう、それが私の、本当の気持ちなんだよ。






 ——私達三人は、確かに友達だったんだ。





 だから、怖くても立ち向かうんだ。辛くても向き合うんだ。

 弱虫な自分を変える為に、友達との大切な思い出を否定しない為に、忘れない為に。


 ——私は戦う!






 私は、アーサーさんの剣を力強く掴み、抜き放った。

 りぃんと、辺りに響き渡る金属音。その刀身は、美しい白銀色であった。


「トワちゃん!? その剣で、何を……」


 私の視界に表示されているラウルのHPはもう残り僅か。

 剣を構えてゴブリンリーダーの元へ走り出す。


「待て! 無茶だ!」


 アーサーさんの言葉に意を返す事無く、ひたすらゴブリンリーダーを見据える。


 ——届け……!


 そう思った瞬間に、体中に火傷しそうな程の熱が迸っていくのが感じた。

 ラウルのHPはもう、目視では確認できない程だ。


 ——諦めない!


 あの時の自ら命を断つ優香を止められなかった。私の迷いが、躊躇いが、一生後悔する結果となった。


 ——だから、今度は、迷わない。


 強く想い、願うほど、体中のエネルギーが全身に巡っていくのが感じる。

 その溢れんばかりの力は、ついには赤い電流となって体中を駆け巡り始める。


「あ、あれは……まさか……!」


 私の髪は激しく揺れ、バチッと音を立てて、私の瞳に赤い光が宿る。

 エネルギーである赤い稲妻は私の内側から激しく放出され、その衝撃で、周りの空気は震える。


「とどけっ!」


 右足を大きく踏み出す。


 やっと踏み出した一歩。私は、この一歩に、どれほど時間をかけてしまったのだろう。

 その重く大きな一歩で溢れる力が伝わり、地面が激しく隆起し、土を舞い上がらせる。

 

「とどけえええ!!」


 その瞬間、まるで私の体は一筋の赤い稲妻となったかのように加速する。


 私はひたすらに想う。


 ——変わりたい!


 瞬時にゴブリンリーダーの懐に入った私は、その雷光の如き勢いのまま、剣を突き出す。


 ——強くなりたい!


 いつか、悲しみに暮れる君に、笑って手を差し伸べられるように。



 君ともう一度、笑い合えるように……。






 ——それが、私の、剣を振るう意味! 






 激しい衝突音。

 突き出した剣は、ゴブリンリーダーの灰色の皮膚を突き破り、あまりの速さと勢いで、その巨大な体すら、後方へ激しく吹き飛ぶ。

 ラウルは何が起こったか分からず、目を見開いている。


「な、なんだ……!?」


 瞬きの速度で瞬時に移動した私の体は、恐ろしい程の風圧と衝撃波を生み出し、目の前でその光景を見ていたラウルは風圧でバランスを崩して後方へ倒れる。

 吹き飛んだゴブリンリーダーは、何本もの木々をなぎ倒しながら遙か前方まで転がって行き、岩に激突し、轟音を響かせた。

 激しい土埃が舞う中、突然の私の攻撃に呆気を取れらるラウルを含めた三人。


「これって……?」


 私自身も、何故ここまでの威力になったのか分からず困惑する中、視界にテキストが表示される。


『IS リーチ・オブ・アームズを習得しました』


 ——私が、ISを……!?


 全身に巡る謎のエネルギー。瞳に宿った赤色の光。

 リッカや、アーサーさんのものとは違う。


「グガアアアア!!」


 木片を吹き飛ばして、ゴブリンリーダーは怒り狂い、私の元へと一直線に走り出す。


「まだ、生きて……!?」


 あっという間に、私の目の前まで来たゴブリンリーダーは私に向けて拳を振るう。


「や、やばい!」


 避けようと、私は地面を蹴る。


「え!?」


 あまりの踏み込みの強さに、私の体は横に吹き飛ぶ。


「ちょっ、待って! 強すぎる……!」


 その光景を唖然として見ている三人。


「あいつのISは、なんだ……?」

「強化型……? 明らかなオーバーパワーで、体がついていけてないが……」


 私は空中から、なんとか片足を地面につけて、やっと止まる事ができた。

 しかし、ゴブリンリーダーはそれを追うようにして、こちらに向かって走ってくる。

 再び、私の目の前に拳が振り下ろされ、私は思わず、剣で防御体制をとってしまう。


「危ねぇ!」


 ガキィ!!

 激しい金属音。


「なっ……!?」


 軽い?


 私は、ゴブリンリーダーの拳を受け止めていた。


「あいつ……止めやがった!」


 あまり力強さを感じないが、私の足が地面にめり込み始める辺り、凄い力なのだろう。


 だけど、今の私の方が……強い!


 私は、拳を弾き返し、ガラ空きになった胴体に渾身の力で、剣を振り下ろす。


 ぶおんっ!


 聞いた事の無い音、空気が震えたのを感じた。


 ドコォ!!


「ブォヒイイイィィ!!」


 この世のものとは思えないゴブリンリーダーの叫び声と共に、地面に叩きつけられる。

 アーサーさんの剣では、この硬い皮膚を切り裂く事ができなかったものの、まるで爆発したかのような衝撃と、地面が大きく凹む。

 すると、剣の刃が徐々にひび割れていき、ガラスでも割れる音を響かせて砕け散る。


 ——アーサーさんの剣が……。


「オオオオォォ!!」


 とんでもない生命力だ。地面に伏していたゴブリンリーダーは、その顔面は原型を留めていないほどにボロボロだが、私に向かって飛びかかる。


 ——こんなやつ、剣が無くても!


 私は前足を突き出し、ゴブリンリーダーの腹を蹴り飛ばす。

 足が腹に深くめり込み、次の瞬間、遙か前方に吹き飛ぶ。


「凶暴化したゴブリンリーダーを一人で圧倒してる……!」

「なんなんだあいつ! あのISはなんだっ!」


 ——いけるっ! 


 足を踏み出し、物凄い勢いで前方に飛ばされるように走る。


「は、速いっ!」


 私はその勢いのまま、ゴブリンリーダーに止めを刺そうとしたその時だった。


「あ……れ?」


 急に思考が止まる。

 私の視界は、ぐらぐらと揺れ、体中のエネルギーが失せていくのを感じる。

 その勢いのまま地面に無様に転がり、ゴブリンリーダーの目の前に放り出される。


「……時間、切れ?」


 意識を保てない、身体中がなまりのように重い、一歩も動けない。


「トワちゃん!」

「くそっ!」


 ラウルが必死の形相で、足を引きずりながら、こちらに走ってくるのが見えた。


「待って……、私が、ここで倒れたら……」


 まだゴブリンリーダーは倒せてない、もうまともに戦える人は残ってない。


「こんな、ところで……」


 私の意識は、無慈悲にも暗闇の中へと消えていった。

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