共闘

「想いから……手に入れた力……」


 凄い、あれだけの質量を持ったゴブリンの集団を吹き飛ばしてしまうなんて。

 しかも、その攻撃力も凄まじく、ゴブリンの数はほとんど残ってない。


 これが、IS……。


「くっ!」


 アーサーはがくっと脱力して、その場にしゃがみ込む。


「……いまの内だ!」


 苦し紛れに、アーサーさんはそう叫ぶ。


「アーサー君! 早く逃げよう!」

「あ、ああ……」


 しかし、アーサーさんは苦しそうにしゃがみ込んだまま動かない。


「どうしたの!?」

「……このISは使った後の反動が大きいとは表記されていたが、まさか、こんな動けなくなるまでとは」


 良く見ると、アーサーさんのHPが7割も削れてしまっている。あれだけの数のゴブリンを弾き飛ばしたのだ。その衝撃は凄まじいものだろう。

 カナリアさんは、回復魔法を詠唱してアーサーさんの回復に努める。


 「ニンゲン、コロス!」


 その時、私達に向かってゴブリンリーダーが走り出す。その巨体からは信じられないほどに速い。


「くそっ! 動き出したかっ!」


 一番前方にいたラウルは、ゴブリンリーダーに向かって大剣を振り下ろす。

 ガキィン! と、激しい金属音を響かせて、ゴブリンリーダーの攻撃を受け止めるラウル。

 ……しかし。


「ぐ……うおお……! なんだこの力!」


 ラウルが、押されている!?


「オマエモ、ヨワイニンゲン!」


 そう言って、ちからいっぱいに剣を振り抜くゴブリンリーダーの攻撃に、ラウルは大きく吹き飛ばされる。地面に体を打ち付け、悔しそうに声を出した。


「こいつ、こんな強いのかよ……!」

「君じゃ無理だ! 下がれ!」


 アーサーさんはそう叫ぶが、ラウルは尚も立ち上がり、ゴブリンリーダーに大剣を向け、私達に向けて言い放った。


「行けよ……っ!」


 さすがにラウルは今の一撃で、ゴブリンリーダーとの力の差を知ったはずだ。ましてや、一人で敵う相手ではないと分かったはず。


「無茶ですよ! 一緒に逃げましょうよ!」

「無理だろうが! 誰かがこうして引き付けて無いと!」


 確かに、今のゴブリンリーダーの俊敏さを見れば、私達四人が全員逃げ切るのは不可能だと思った。

 でも、また逃げるのか? ラウルを置いて。

 ゴブリンリーダーが、再び襲いかかる。


「ふざけるなっ!!」


 アーサーさんが回復の途中に走り出す。


「待って! まだ回復しきってないよ!」


 カナリアの言葉に意を返さず、ラウルの目の前に飛び出し、ゴブリンリーダーが力いっぱいに振り下ろした剣を、アーサーさんが盾で防ぐ。


「ぐっ……うおっ!」


 しかし、あまりの衝撃に、その身ごと吹き飛ばされ地面に転がっていく。

 ラウルはアーサーさんに向かって叫ぶ。


「だからっ! お前はこいつらを連れて逃げてろって! 元々そのつもりだっただろうが!」

「こんな形では……納得いかないっ! 君に助けて貰うようで、癪だ!」

「お前な……」


 すると、カナリアも一歩前へ出る。


「悪いけど、私もラウル君を見捨てて逃げるつもり無いよ! こいつを倒す事が、みんな助かる唯一の方法だから!」


 みんな凄いな、あんなのを目の前にしても、仲間の為に戦おうとしてる。

 逃げ出した私とは、大違いだ。

 右手に持っている杖が、恐怖で震える。今にも逃げ出したい、戦いたく無い。

 だけど、今回は仲間がたくさんいる。勝機もある。

 あの時みたいに、何もできないわけじゃない。魔法で回復も攻撃もできる。戦えないわけじゃない。


「私も……戦います! 足手まといかもしれないですけど……!」

「お前……」


 ラウルは大剣を強く握り直してアーサーの隣に立つ。

 それを一瞥したアーサーは呟く。


「……言っておくが、これは 緊 急 による し か た な くの共闘だ。忘れるな」

「わかってんだよ、そんなこと」


 お互いにそっぽを向いた後、アーサーとラウルはゴブリンリーダーに向かって走っていく。


「ムダダ! ニンゲンドモ!」


 ゴブリンリーダーは、剣を横に薙ぎ払い二人をまとめて迎え撃とうとする。

 二人は防御姿勢を取って、攻撃に備える。


「二人なら……!」

「受けられるだろ……!」


 その渾身の薙ぎ払いは、激しい金属音と衝撃を放ち、二人の盾と大剣に衝突する。


「ヌ……オオオ……!」


 ゴブリンリーダーの剣筋が止まる。


「おらあああ!!」

「うおおお!!」


 二人から発せられる気合の雄叫び。激しく火花をまき散らし、その巨躯を二人で押し返す。


「オノレェエ!!」


 巨体が宙に浮かび上がり、ズシンと音を立てて地面に伏す。


「今だ!」


 間髪入れず、アーサーとラウルは武器を掲げて飛び出す。


「集中攻撃だ! 回復役(ヒーラー)も! 全員!」


 すると、カナリアさんが術句の詠唱を始めたのを見た私は、慌ててグレアの術句を唱え始める。

 

「オオオオ!」


 しかし、ゴブリンリーダーは早くも起き上がろうと体を動かす。


「させるかっ!」


 アーサーさんは大きく跳躍し、剣を逆手に、そのままゴブリンリーダーの腹に深く突き立てる。


「グアアアア!!」


 痛みに暴れ、アーサーさんは剣を残したまま吹き飛ばされ、ラウルと激突する。


「うおっ! 無茶すんな!」

「う……うるさい!」


 しかし、詠唱の時間は稼いでくれた。

 一斉に唱え終えた光弾は、ゴブリンリーダー目掛けて飛んでいく。


「いけえ!!」


 その全てが着弾し、激しく爆発を起こし、爆風で辺りに土煙が舞う。


「ごほっ! やった……!?」


 私は、土煙の中で目を凝らして、ゴブリンリーダーを確認する。


「いや、これくらいじゃまだ死なないだろう」


 アーサーは再び戦闘態勢を取る。

 その土煙の中で、先ほどまで横たわっていたゴブリンリーダーが立ち上がっているのが見えた。

 その腹には、アーサーさんの剣が刺さったままになっている。


「これだけやっても、まだ倒れないの!?」


 そう言うとカナリアさんは、杖を握り直して、戦闘を継続する覚悟を決める。

 

「グルルルル……」


 ゴブリンリーダーは立ち尽くし、低くうなり声をあげている。

 その手には、錆び付いた剣が手放され、血走った双眸には、かろうじてあった知性すらも感じない。


 ——様子がおかしい?


「後もう少しのはずだ! 引き続き戦闘を続行するぞ!」


 そう言って、ラウルは大剣を振りかざして突撃する。


「待て! 様子がおかしい!」


 アーサーさんの言葉を無視して、立ち尽くすゴブリンリーダーの足を斬り付けようと振りかぶる。


「足を攻撃して機動力を削ぐ!」


 ガキィン!!


 まるで、金属同士がぶつかり合う音。確かにゴブリンリーダーの足の皮膚を斬りつけたはずだ。

 

「な、なんだ……! 刃が通らない……!」


 ラウルの大剣が、ゴブリンリーダーの足に弾かれたのだ。


「オオオオオオオオ!!」


 その瞬間、ゴブリンリーダーの緑色の体が灰色に変色し、目が赤色に光る。


「がっ……!?」


 目にも止まらぬ速さで振り下ろされた腕が直撃し、ラウルの体がまるでおもちゃの様に地面に叩きつけられる。


「ラウル君……!」


 カナリアは急いで回復魔法を詠唱するが、間に合わない。すでに、体制を崩したラウルの体に二撃目が振り下ろされている。


「うおおお!!」


 その瞬間、アーサーはISを発動し、ゴブリンリーダーへ激しく衝突する。

 ゴブリンリーダーは大きく後方へ吹き飛ばされ、土埃を舞い上がらせる。


「……ぐ……が……!」


 しかし、アーサーさんはその場に倒れ込んで、動けなくなってしまう。


「お、おいっ!」


 ——見てる場合じゃない……! 回復を!


 私は急いで回復魔法を詠唱する。


「どうなってるんですか! これは、一体……!?」


 私は状況が分からず声をあげると、回復を受けながらアーサーさんは言った。


「はぁ……はぁ……突然変異だ……!」


 アーサーは絞り出すような声色で言った。


「低確率でエリアボスは、戦闘中、凶暴化して強化されると、聞いたことがある」


 私は、アーサーの言葉を聞いた後、もう一度ゴブリンリーダーに向き直る。


「あいつは、単純な強さと、恐らく……今の僕たちじゃダメージを与えられないような、防御力を手に入れたんだ……!」


 ——そんな、それじゃ、今の私達じゃ……!


 ゴブリンリーダーは低くうなり声をあげて、アーサーさんの剣を抜いて投げ捨てた。


「ラウル……! 退け! 分が悪すぎる!」


 アーサーさんは必至の形相で叫んだ。

 ラウルとアーサーさんの攻撃が通らないのでは、万に一つでも勝ち目は無い。


「馬鹿野郎……俺が退いたら、こいつはお前らの所に飛んでいくぞ……!」


 ラウルは、よろめきながら起き上がり、目の前に転がった大剣を手に取って叫ぶ。


「ほら、来いよ。お前の相手は俺だ……!」


 大剣を力強く構え、ゴブリンリーダーを鋭い眼差しで見つめる。

 ゴブリンリーダーの正気を失った真っ赤な相貌が、ラウルを捉える。


「ウグアアァァァ!!」


 力任せに振りまわした腕が、ラウルに襲い掛かるが、ギリギリで反応できたラウルは大剣で防ぐ。


「ぐっ……おお……!」


 しかし、衝撃でラウルの体はいとも簡単に浮かび上がり、呆気なく地面にその赤褐色の鎧を打ち付ける。

 そして、そのまま私達の方へぐるんと顔を向けるゴブリンリーダー。


 ——まずい、来る……!


 私達は身構えると、物凄い速さで、どしどしと足音を立てながらこちらに走ってくる。


「ウギュウグアア!!」


 もはや理性も失い、口からよだれをたらしながら迫ってくるその姿に戦慄する。


「ひぃ……!」

「おおおおお!!」


 そう叫んだアーサーは、ISを発動する。


「ダメっ! その状態で使ったら……!」


 その瞬間、一筋の光となり、アーサーはゴブリンリーダーへ激突する。

 激しく衝撃を与えられたゴブリンリーダーは大きく退く。

 そして、アーサーさんは、力なくその場へ倒れ込んだ。


 アーサーさん……!


「ゴアアアア!!」


 アーサーさんの決死の攻撃も虚しく、ゴブリンリーダーはすぐさま起き上がる。


「くそっ、もう体が動かない……体のあちこちが骨折判定を受けてしまってる……」

 無茶しすぎたせいで、アーサーさんの体は動けないほどにボロボロになってしまったらしい。

 その時、回復を行なっていたカナリアさんが立ち上がって、私へ言い放った。


「トワちゃん、回復をお願い! あれは、私がなんとかする……!」

「え!? カナリアさん! 無茶ですよ!」


 女神魔法が主体のカナリアさんに、ゴブリンリーダーを倒す術なんて……。


「味方を巻き込むから使って無かった強力な攻撃魔法があるの……! ラウル君! まだ動ける!?」


「……当たり前だっ! 詠唱の時間くらいなら稼いでやるっ!」


 全身土だらけでボロボロになりながら、ラウルは再び立ち上がって、大剣を構える。

 しかしフラフラで、足元がおぼつかない様子だった。

 カナリアさんは杖を突き立て、詠唱を開始すると同時に、ラウルは大剣でゴブリンリーダーに斬りかかる。


「……がはっ!」


 しかし、軽々と大剣を受け止められて、腹にゴブリンリーダーの巨大な拳がめり込む。


「ラウル!」


 ラウルは吹き飛ばされ、地面に転がっていく。

 そして、間髪入れずゴブリンリーダーが猛スピードで私達の方へ走り出す。

 

 ——間に合わない……!


 カナリアの声が響く。


「我が前の……敵を滅ぼせ!」


 カナリアさんにゴブリンリーダーの拳が直撃した刹那、激しい閃光と爆発が起き、私とアーサーさんはその爆風に吹き飛ばされる。


 「うわあっ!?」


 もの凄い威力の魔法だ。こんなのが女神魔法にあったなんて。

 直後に放った魔法が、ゴブリンリーダーに直撃したようで、深くえぐれた地面に、ゴブリンリーダーが伏している。

 しかし、ゴブリンリーダーの攻撃の直撃を受けたカナリアは吹き飛ばされて、木にもたれかかるようにうなだれている。


「カナリアさん!」


 私はすぐさま回復魔法を唱え、カナリアさんを回復させる。

 カナリアさんは立ち上がろうとするが、足に力が入らないようで、再び倒れ込む。


「これ……足が、動かない」

「骨折判定……!?」

「ごめん。攻撃の衝撃が強すぎて、ローブ装備の私じゃ……体が耐えきれなかったっぽい……」

「な、なんとかできないんですか!?」

「そういう体の損傷は、街の医療設備か、医療スキルが無いと治せない……」


 悔しそうにアーサーさんはそう言うと、目を凝らして状況を確認する。

 

 土煙が晴れると同時に、さっきまで倒れていたゴブリンリーダーがいつの間にか立ち上がり、私達の元へと走ってくるのが見える。


「まだ生きて……!?」


 現状で動ける人は、私だけ。

 だけど、私になにができる? あんな巨体を止める力も術も無い。


 ——確実に……死人が出る……!


 無情にも、迫ってくるゴブリンリーダーに、私は目を瞑る。


 その時だった。


「うおおおおお!!」


 激しい気合と共に、私達の目の前に飛び出したラウル。


「ラウル……! よせ!」


 ラウルは大剣を地面に突き刺し、全身で支えるようにして構える。ゴブリンリーダーは、なんのためらいも無く、そこに渾身の右ストレートをぶつける。


「ぐおおお!!」」


 とてつもない衝撃を受けたラウルは激しく後退し、突き刺した剣により、深く地面がえぐれる。

 しかし、ゴブリンリーダーの動きを止めることに、かろうじて成功する。


「行け! 早く!」


 そう叫ぶラウルは、早くもゴブリンリーダーの力に負け始め、体が徐々に後ろへ後退を始める。

 衝撃で少しづつ減少するラウルのHPを回復しようと、私は魔法を詠唱する。


「あれ……」


 詠唱を始めても、力の流れを感じない。

 

 ——MPが尽きた……!?


「早く行けって言ってんだ!」


 ただでさえ力負けしていた凶暴化ゴブリンリーダーの攻撃に、必死で抗うラウル。

 一同はどうすればいいか迷いを見せている中で、ラウルは、突然落ち着いた声色で話し始めた。




「……頼む、守らせてくれ」





 その声色と言葉に、アーサーさんとカナリアさんは、ハッとラウルを見つめる。


「俺は焦ってたんだ。早く強くなって、追い付きたい奴がいて、てめぇの言う通り、自分の事しか考えて無かった……!」


 徐々に体の後退するスピードが速くなっていく。


「でも、それじゃダメだって、思い知った。お前がISを発動させた事で、思い知った……! お前に助けられて、思い知った!」


 アーサーは、真剣にラウルの事を見つめる。





「悪かった……」






「ラウル……君は」


 更にゴブリンリーダーの力が増し、ラウルの足すらも地面に沈み込み始める。

 残されたHPも、残り二割を切った。


「だ、だから……! これは、俺の為に必要な事なんだ! 自己中の俺が……仲間を、命を張って守る事……! 自己中の俺が……」






「変わる為に……!」





 そうか、ラウルは、ずっと変わりたかったんだ。

 自分の身勝手のせいで、仲間を死なせてしまい、あまつさえ、アーサーの方が先にISを習得する結果になった。

 自分が強くなる為にも、間違った方向へ進んでいってしまっている事、ちゃんと気づいて、ちゃんと変わろうって、ずっと努力してたんだ。


 ——変わる……。


 アーサーさんの剣が、目の前に転がっている。


 私も、変われるかな。


 その剣に手を掛けると、突如その手が激しく震えだす。

 思い出したくない記憶が頭の中で、何度もシャッターを切る様に蘇る。


「ああ……」


 そして、優香の声が響くのだ。


 ——その剣で、何をするつもりなの?


 ああ、やっぱりダメだよ。だって、悲しいし、辛いもん。その記憶が纏わりついて、私の体を縛り付けるんだもん。






 ——本当に、悲しい事、辛い事だけだったかな?





  語りかける優香。





 ——本当に大事な事って、何?

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