想いの力

 ラウル、アーサー、カナリア。

 この三人は、同じ時期にゲームを始めたよしみもあって、パーティを組んで行動を共にしていた。

 しかし、ラウルだけが人一倍ゲームをするにあたっての我が強かった。

 実力と才能はずば抜けているのだが、突出して前に出過ぎたり、他のメンバーと戦闘のペースを合わせなかったりと、まるで、早く強くなりたいと、焦っているようだったという。

 

「詳しい理由は、私も知らないけどね」


 ——きっと、トッププレイヤーの友達に、早く追い付きたかったんだ。


 そのため、ラウルだけがパーティメンバーとの連携が上手くいかず、単独行動も多かった。

 

「元々、そんなラウル君にアーサー君も良く思ってなくてね」


 そして、事件が起きてしまった。


 複数のゴブリンを相手取る最中、ラウルが効率化のために、他の一団のゴブリンを引き連れてきてしまった。

 突然の新手と、その数にパーティメンバーの連携も陣形も崩されて、カナリアは成す術無くHPバーを失くした。


 カナリアから聞いた話を簡単にまとめるとこういう事だ。


「その後、単独の戦闘能力ならずば抜けているラウル君とアーサー君は生き残れたらしいのだけど、その一連の出来事にアーサー君が激怒してね。私がいない間に、ラウル君をパーティから除外、解雇したって話」


 そんな事があったんだ。


 あの優しいラウルが、人一倍気を使ってくれるラウルが、単独行動で仲間を……。

 カナリアは、笑って見せて言う。


「きっと、トワちゃんにお世話焼いてるのも、あの時の自分勝手な行動に、少し負い目を感じてるからだと思う。あんなに、自分の時間を割いてまで献身的になる人じゃなかったからさ」


 そうか、私に親切にしてくれているのは、そういう理由で……。

 

 確かにラウルは、好きで私のお世話をしてるようには見えなかった。どちらかというと、お世話しなきゃならないと、使命感めいたもので動いてる感じではあった。


「でも、ラウル君も反省してるし、ゲームなんだから大げさになりすぎだと思うんだ。アーサー君も、ラウル君もそう。解雇までする必要無いと思うんだ」


 確かに、これはゲームだ。実際に死ぬわけでも無いし、今こうして、当の被害者であるカナリアも快く許してくれている。


 だけど……。


 今まで黙って聞いていた私は、口を開く。


「何か、あるのかもしれないです。ラウルとアーサーさんにしか分からない気持ちが」


 突然の私の言葉に、カナリアは目をこちらに向ける。


「本当に、聞いてみないと分からないものですから、他人の気持ちというのは」


 それは、よく、知っている。


「……そうだね、ありがとうトワちゃん。今度、二人に聞いてみるよ」


 そう言って、にこやかに笑うカナリアさん。

 彼女は、自分が一度死んでしまっても、ゲームをする時間を奪われても、また三人で楽しくゲームをしたいだけなんだ。


 ——何があっても、三人で一緒にいたかったあの時の私と、少し似ている。





 再出発した私達は、ゴブリンを倒していきながら散策を続けていくと、ふと、見覚えのある場所に辿り着く。


「あ、ここって」


 川の岸辺に、ぽつんと立っているテント。その一部が、何者かに崩されたように崩壊している。


 これは、昨日、私が転んだ時に崩壊した後。


 昨日、ゴブリンリーダーたちに襲われた所と同じ場所だ。

 ラウルもこの場所を覚えているらしく、周りを警戒し始める。


「君達、僕から離れないで」


 アーサーさんも、何かの気配を感じ取ったらしく、剣と盾を構えて、周りを見ながらじりじりと歩く。

 まだここのエリアボスが生きているなら、この近くにいるかもしれない。私とカナリアさんは、急いでラウルとアーサーさんの傍に寄る。


「この場所に見覚えでもあるの?」


 私達の様子に疑問を感じたカナリアさんは、ラウルに質問する。


「ああ、エリアボスが出た場所だ」

「エリアボスって、ゴブリンリーダーかー」


 今の所、敵の気配はない。崩壊した所から中の様子を見るに、テントの中にも敵影は見えない。

 しかし、ここはゴブリンの野営地——敵の本拠地。

 事実、昨日、別の野営地でも、突然出現したゴブリンに先手を打たれた。

 絶対に油断はできない。


「あの、ラウル。もしゴブリンリーダーと出くわしたら、戦うんですか?」


 すると、ラウルは少し眉間にしわを刻んで言った。


「当たり前だろ。二度と無いチャンスかもしれないからな」


 その答えにアーサーはしかめっ面をして講義する。


「バカを言うな! エリアボスは2パーティ、つまり八人がかりの戦闘が推奨されている強敵だ。それに、初心者のトワさんもいる! いくらなんでも無茶だ!」


 エリアボスってそんなに強敵だったのか。

 ていうか、それにラウルは昨日一人で挑もうとしてたなんて。


「だったら、エリアボスが出た時点でお前達は尻尾巻いて逃げてろ」

「……なんだとっ!?」

「はいはい二人ともそこまで! こんな注意力散漫な状態で、本当にエリアボスが出たら、逃げる事もできないよ」


 カナリアさんにそう言われて、二人共黙る。


 その時だった。


 ガサガサと音がして、次から次へとゴブリンが飛び出してくる。


「まずい!」


 気づいた時には既に遅かった。既に私達の周りを数十体のゴブリン達が取り囲む。


「これ、昨日と同じ……!」


 そうか、私が昨日テントの中を見ている隙に一瞬で私を取り囲んだ事も、二度目にラウルとテントを見に行こうとして襲われたのも、これが理由だったのか。

 つまり、この野営地そのものが、人間の好奇心を利用した罠なのだ。

 そして、森の奥から一際大きな、見覚えのある巨躯が現れる。


「ニンゲンニ、フクシュウヲ!」

「ゴブリンリーダー……! 出やがったな……!」


 ゴブリンリーダーが高らかに叫ぶと、周りから何体ものゴブリンがそれに呼応する様に喚き出す。


「取り囲まれた……! これじゃ、逃げる事も……!」


 すると、ゴブリンリーダーは剣を置いて、その場に座り込み、ニヤニヤしながら私達の事を眺めている。


「あいつ、どうやら見物決め込んで手は出さねぇつもりだぞ。なめやがって……」

「だけど、この数相手じゃ、さすがに四人でも」

「ど、どうすればいいですか!?」


 私は慌てふためいていると、アーサーさんが優しくそれを制す。


「大丈夫、僕に考えがある」


 そう言って、アーサーさんは私達に指示を出す。


「全員、僕を前にして進め! 方位を一点突破する!」


 その言葉を聞いたラウルは、激しく抗議する。


「バカ言ってんじゃねぇよ! いくら盾持ちで防御力バカのお前でも、あの数に一斉に攻撃されちゃ、一瞬で溶けるぞ!」

「問題無い。それに君は残って貰って構わない。エリアボスを倒すんだろ?」


 勝ち誇ったように笑うアーサーさん。どうやら、秘策でもあるようだ。


「大丈夫、私、アーサー君を信じるよ」


 そう言って、カナリアさんはアーサーさんの後ろにつく。


「ラウル! ここはアーサーさんの言うとおりにしましょうよ。さすがにこの数相手じゃ、ラウルも」

「……っち」


 私に促され、ラウルはしぶしぶアーサーさんの後ろにつく。

 周りに目を向けると、私達が何かをしそうだと悟ったゴブリンリーダーが、手下に命令を出す。


「時間は無い! いくぞっ!」


 そう言って走り出すアーサーさんの後ろを追うように、私達も走り出す。

 しかし、ゴブリン達は陣形を変え、私達の目の前に数を集中させる。


「くそっ! 無茶だ! 引き返せ!」

「足を止めるな! 見ていろラウル! 自己中のお前と、僕の……想いの強さの差を!」


 突然、アーサーの体に光が纏い始め、体が輝き始める。

 ラウルは目を見開き、その姿を瞬きもせず見つめていた。

 体の光が輝きを増し、瞳に力強く白い光が宿る。

 盾を前に突き出して、光の宿った瞳で前だけを見据える。


「まさか……あれは……!」


 そのアーサーの姿に、何のためらいも無く ゴブリン達は一斉に襲いかかってくる。


「どけっ!!」


 その叫びに呼応するようにして、アーサーの体が光の如く加速し、突撃する。

 ゴブリン達の集団は、アーサーの突進に弾き飛ばされ、次々宙へ舞う。


「まさか、その力……!」


 ラウルは、驚きのままやっと発した言葉。


 「IS……!!」


 方位に穴を開けたアーサーは言った。


「カナリアを……友達を守りたかった想いから手に入れた力だ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る