魔法の基礎

 森に入り、四人でパーティを組んだ。やはり、頼りになる人が三人もいると心強いが、今日は頼り切りになるわけにはいかない。


 ——昨日よりは役に立たないと。


 私はそう意気込んで、杖をぎゅっと握る。


「敵が出たら僕に任せてくれ。適当にあしらって、時間を稼ぐ」

「おっけー! その間に、私がトワちゃんに色々教えてあげるね!」


 ——トワ……ちゃんか。


 突然のちゃん付けに、少し照れていると、カナリアは思い出したように言った。


「そうだ! トワちゃん! フレンド登録しよう!」

「フレンド登録?」


 聞いたことの無い単語に首を傾げる。


「え? フレンド登録知らないの? ってことは、もしかして……」


 驚いたカナリアは、ラウルの方に向いて言った。


「ラウル君! トワちゃんとフレンド登録してないの!?」

「……あ? そういえば、成り行きが重なり過ぎて忘れてたな」


 ラウルは気怠そうにメニューを操作し始めると、私の視界の端に『ラウルからフレンド登録申請が来ています』と表示された。


「このフレンドってのは、友達になりましょうって事ですか?」

「……そんな感じだ。後は、離れた所からでもメッセージでやり取りできるようになるから、まぁ、便利機能の一つくらいに思っておけ」


 初めてのフレンド登録。これから、もっとたくさんフレンドが増えていくのだろうか。


「えへへー! これで、私とトワちゃんは友達だよー!」

「後で僕も送っておくよ」

「二人共ありがとうございます」


 私とフレンド登録を済ませたカナリアはにっこり笑う。ついつい釣られて笑顔になってしまう。

 その時、奥の茂みがガサガサと物音を立てて揺れた。


「ふん、今日は随分と早いお出ましだな」


 ラウルは、大剣をゆっくりと抜刀すると、草むらから二匹のゴブリンが勢いよく飛び出してくる。


「きたっ!」

「さぁ、二人は後ろへ」


 アーサー君は、盾と剣を構えて、攻撃に備える。

 突然の事でたじろいでいると、カナリアさんに手を引っ張られる。


「ほら! 敵を発見したらすぐに戦闘態勢! 基本だよ!」


 そのまま、私を引っ張って後ろへと下がり、ゴブリン二体とラウル、アーサーさんの全員見える位置で身を翻す。


「ほら! 色々よく見えるでしょ! 魔法が届く距離は基本六メートル! 魔法で戦う人は、これくらいの距離を保つ事が大事!」

「な、なるほど」


 確かに、剣で攻撃してる人よりも周りがよく見える。これなら、冷静に状況判断ができそうな気がする。


「おらあ!」


 そして、ラウルは相変わらず強い。ゴブリン二人相手じゃHPを削られる様子が無い。


「ラウル! 前に出過ぎだ! それに、ある程度は手加減しないと、トワさんの練習にならないだろう!」

「戦闘中に手を抜くとか気でも狂ってんじゃねぇのか? いつか死ぬぞ」

「なんだと……っ!?」


 ラウルに触発されたアーサーは、その鬱憤を晴らすかのように、ゴブリンに剣を叩きつける。


 アーサーさんも、結局手加減しないじゃないか。


「回復の必要が無いと判断した時の回復役(ヒーラー)がやることの一つは攻撃!」


 そう言うと、カナリアは詠唱を始める。


「祈りの女神よ! 浄化の輝きにて! 我が前の敵を滅ぼせ!」


 どこか、ヒールライトと似たような術句。

 すると、カナリアの体に眩い光がどこからか集まり、杖の先から放射状に放出される。


「ギャアア!」


 その光はゴブリンに直撃して、小規模な爆発を引き起こす。

 

 ——魔法の攻撃……!


「女神魔法の数少ない無属性攻撃魔法の『グレア』だよ! もちろん初級だから、トワちゃんにも使える!」

「すごい……! これなら戦えそうです!」


 これを覚えれば、私も役に立てる……!


「さっきの術句、もう一度教えてくれませんか?」


 すると、カナリアは笑顔で人差し指をくるりと回す。


「実はね、術句にはある法則があるのだよ!」

「法則?」

「そう! これを覚えれば、術句を格段に覚えやすくなるから、そこから説明させて!」


 すると、アーサーさんはゴブリンの剣を盾で弾きながら叫ぶ。


「あまり悠長に話してるなよ! いつまでもこの自己中と肩を並べて戦うのはごめんだ!」

「うるせぇな、黙って戦ってろよ」


 そんな二人を無視して、カナリアは得意気に話し始める。


「術句は、三つの句から成り立つんだ! 立句、詠唱句、発現句の三つ!」


 お? 勉強の時間か?


 なんだか難しそうだ。私に覚えられるだろうか。


「こらこら、そんな露骨に嫌な顔しないで! 本当に簡単だから!」

「す、すいません。そんな顔に出てましたか?」


 カナリアは「こほん」と咳払いをして続ける。


「立句は、女神魔法か破滅魔法かどちらかを決めるだけ! だから、女神魔法を唱えたい時は『祈りの女神よ』から始まるって事!」


 という事は、私が覚える立句は『祈りの女神よ』だけで良いという事だろう。


「詠唱句は、何の魔法かを決める! ここだけ、魔法毎に違うから覚えないといけない、頑張って!」


 カナリアは更に話を続ける。


「そして、最後の発現句は何を対象にするかを決める! 敵だったら『我が前の敵を滅ぼせ』だし、仲間だったら『汝に発現せん』だったりするよ!」


 なるほど、つまり立句と発現句の最低限さえ覚えれば、覚えるのは詠唱句だけで済むという事だろう。


「そう聞くと、覚えられそうな気がしてきました」

「でしょ! さぁ、グレアを詠唱してみるのだ!」


 私は、杖を構える。


「い、祈りの女神よ!」


 私の足元に紋章が展開される。


「……浄化の輝きにて!」


 体に光が纏い始める。


「……我が前の敵を滅ぼせ!」


 ——言えた!


 すると、杖から勢いよく光が放射され、私は驚きと反動でたじろぐ。

 そして、その光はゴブリンに真っすぐ飛んでいく。


「おい!ばっか……!」


 しかし、すぐ横でラウルがゴブリンと剣を交えていた。


「あ」


 ドゴンと爆発を起こし、ラウルの体も呆気なく吹き飛ばされる。


「なああああ!!」


 私の顔は一気に青ざめる。当然、しりもちをついたラウルから怒号が飛んでくる。


「バカヤロウ! ちゃんと周り見てから撃て!」

「ごめんなさい!」


 やはり、中々一筋縄でいかなそうだ。





 あれから、カナリアのお陰で攻撃魔法を使えるようになったものの、如何せん誤射が直らず、度々前衛巻き込んでしまう。

 

「前衛が狙ってない敵を優先的に狙うといいよ! 回復役ヒーラーの攻撃は、あくまで援護! 敵を倒すってイメージよりも、前衛が戦いやすくなるように攻撃する感じ!」


 と、カナリアは言うのだが、イマイチ感じが掴めなかった。加えて、私の魔法攻撃は弱すぎて、ゴブリンにあまりダメージを与えていないようで。


 味方にも、あまりダメージが無いのが不幸中の幸いかな……。


 正直、役立つ所かお荷物になり下がっている気がする。


「お前、遠隔攻撃武器向いてないんじゃねぇか?」

「……そうかもしれません」

「最初からできる方がおかしいさ。徐々にコツを覚えていけばいいんだよ」


 アーサーさんに励まされるが、やはり納得いかない。こんなはずじゃ無かった。

 私は落ち込みながら、メニューで戦闘後の処理をする。

 今の私のレベルは10で、カナリアは11。私とレベルの差は1しか無いというのに、この知識量と技量の差だ。


「あれ?」


 ふと、私は違和感を覚える。

 ラウルと同期で、今日が五日目のはずのカナリアのレベルが異様に低い気がする。

 

 ——私がレベル上げ過ぎた?


 しかし、前回のログインで一緒にパーティを組んで戦ってきたはずラウルのレベルは17。カナリアと少し離れ過ぎている。


「どうかしたのー?」


 訝し気にメニューを見る私の顔を覗き込むカナリア。


「いや、なんでもないです」


 大した疑問でも無い。恐らく、カナリアが街にいることが多かったというだけだろう。

 とにもかくにも現状、戦力にならない自分をなんとかしたい。

 

 ——なんか、どっかんと強い技みたいなもの使えればな。


 なんて頭の悪い事に考えを巡らせるが、一つ心当たりがあった。


「ラウル。昨日、リッカが使ってた技って何て言ってました?」


 私の言葉に、ラウルは少し考えると、思い出すかのように言った。


「……IS《イメージスキル》か?」

「そう、それ。それって、どうやったら使えるようになるんですか?」


 すると、ラウルとカナリアは顔を見合わせて硬い表情をし、カナリアがその問いに答え始めた。


「……実は、プレイヤーの間でもISの取得条件について、明確な事が分かってないんだよ」


 未だに詳しい事が分かっていない現状に、私は少し驚く。これだけプレイヤーがいれば、何かしら確かな情報があってもおかしくは無いというのに。


「ISは、全てのプレイヤーがいつかは取得できるとは言われているけど、それが早かったり、遅かったりするらしいよ! だけど、その効果はとっても強いのばっかりで、戦況を大きく左右するものばっかり! 」


 更に、アーサーさんが加えて説明をする。


「ISの取得条件は、プレイヤーの強い想いが条件の一つだ。その効果は、その時プレイヤーが想った事、願った事がほとんんどそのままや、それにちなんだスキルの効果になると言われている」


 どうやらカナリアさんも初耳だったようで、目を開いて相槌をうっている。


「ISは、今の所二つ以上取得できた報告は無い。だから、そのスキルの効果内容と使い方次第で、プレイヤーの戦闘スタイル決める個性アイデンティティになっている」


 つまり、簡単には習得できるものでは無いという事だ。その現実に、私はがっくりと肩を落とす。


「俺たちだってまだ取得出来てねぇんだ。まだ先の事だと考えておけ」


 ——強い想いか。


 私には、一生かかっても習得できそうもないスキルだ。





「ここで、昼休憩するよ」


 そう言って、石碑が立っている森のレストエリアで減った活力の補充を行う事にした私達。

 レストエリアというのは、各フィールドに点在する休憩所。石碑から半径三十メートルは敵が入ってこれない仕組みになっている。

 ちなみに、石碑の名前は太陽の石碑。名前から想像できる通り、昼にしか機能しない。つまり、夜はレストエリアで一時休憩もできず、数の多いアンデットモンスターに追われ続ける事になる為、探索の難易度が跳ね上がる。


「ゲートの魔石持ってきてますよね?」

「なんだよ! 持ってきてるよ!」


 一応の確認のつもりだったが、ラウルは激しく言葉を吐き捨てた。

 それなら良かったと、私はサンドイッチを食べる。

 アーサーさんは、パンを片手にカナリアに話しかける。


「酒場の掲示板に、パーティメンバー募集の張り紙を出しておいた」

「それって、遠隔アタッカーの一人だけだよね?」

「近接と、遠隔アタッカーの二人だ」

「もう! どうしてそんな事するの!? ラウル君の枠無いじゃん!」

「そんなものはもう無い!」


 出会ったときと変わらず口論になる二人。

 カナリアさんはラウルをパーティメンバーに戻したくて、アーサーさんは追い出したい。

 その様子を見て、ラウルは溜息を吐いて言った。


「だから、俺はパーティには戻らねぇって言ってるだろ。カナリア、いい加減諦めろよ」

「もう、ラウル君も意地張って無いで、あの時の事アーサー君に謝りなよ」

「謝るのは僕じゃなくて、カナリアにだな……」

「私はもう謝ってもらったし」


 なんだか事情が分からなくて、お話についていけそうも無い。

 私は、隅っこでサンドイッチの残りを食べ進める。


「言っておくけどな。俺はこいつに謝るのは絶対にお断りだからな」

「こっちから願い下げだ!」


 そして、ラウルとアーサーさんは立ち上がりお互いに背を向けて歩き出した。


「ちょっと! どこ行くの!?」

「ああ? ちょっとこいつの顔見たくねぇから外歩いてくるわ」

「カナリア、大丈夫。レストエリアからは出ないから」


 そう言って二人は歩いて行ってしまった。

 まるでお互いがお互いの事認めようとしない。犬と猿だ。


「はぁ、本当に世話が焼ける二人」

「あの二人って、最初からあんな感じ何ですか?」

「んー、元々あまり仲は良く無かったけど、ちょっとした事があって、それから仲の悪さが浮き彫りに……」


 ——ちょっとした事……?


「……あの」


 私は、残りのサンドイッチを食べ終えて話しかけると、カナリアは目線をこちらに向ける。


「ラウルって、カナリアさん達と何があったんですか?」


 そう言うと、カナリアはサンドイッチを飲み込んで言った。


「なんだ、まだラウル君から聞いてなかったんだ」

「なんだか、聞きづらくて」

「そうだよねー。あれだけ深刻そうな顔してればね」


 そう言って、優しそうに笑って見せる。


「大した事じゃないよ。ゲームじゃ良くある話」


 カナリアは語り始めた。


「私、一度この世界で死んじゃったんだよ。ラウル君の……ちょっとした事が原因でさ」


 ——一度、死んだ……?


 ふと、ログインしたての頃に、ゴブリンリーダーに襲われた時を思い出す。

 あの時感じた、紛れも無い恐怖感、不安感。無力感、孤独感。

 それらが混ざり合って、私の中で渦を巻いていた。


 ——カナリアさんは、そのまま……?


 まるで懐かしむかのように、カナリアは目を細めて続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る