元パーティメンバー

 あの後、ラウルの案内で訪れた宿屋という施設。

 今日の戦利品を売り払って、僅かに増えた所持金の中から宿代を出した。

 ラウルとは当然別室に案内され、一人で簡素な内装の寝室のベッドに腰掛ける。

 今、私に残されている行動力は僅か11。それを回復する為には、寝る他無いのだ。

 

 ——夢の中で寝るって、不思議な感じ。


 宿を借りた時に、装備品として宿泊用の服を渡された。私はメニューを開いて、それを装備する。

 すると、至る所ガチャガチャ音を立てて着心地が悪かった私の服装は、着心地の良い、布地の薄い寝間着へと変わる。

 私は、ふぅ……と息を吐き、脱力する。


 ——それにしても、色々あった一日だった。


 とても長く感じた夢想世界の一日。しかし、現実世界では二時間も経っていない事に、未だに実感が沸かない。

 ふと、窓の外から見える街並みに目を向ける。

 明かりが点々と煌めき、改めて、カナルの街の優美さに目を奪われる。

 その中で、夢想世界では既に十時を示しているのにも関わらず、活気づいている人たち。

 みんな、このゲームを楽しくやっている。


 わたしにも見つかるかな。


 ラウルは、明日も私に付き合ってくれるそうだ。お世話になりっぱなしで、感謝しかない。

 だが……。


 なんで、そこまでしてくれるのかな。


 言葉遣いは荒々しいが、ラウルは優しいし、人の気持ちを汲んで行動できる人だ。

 だが、まだ出会って初日の私を、どうしてそこまでして気にかけてくれるのか。

 

 ——この自己中剣士が!


 ふと、酒場で出会ったあの青年の言葉が蘇る。

 あの青年とラウルの間に、一体なにがあったかは分からないが、もしかしたら、そこに理由でもあるのか。


「……本当悪い癖。私が首を突っ込んでも、仕方ないっていうのに」


 誰に聞かれるわけでもない独り言を呟き、私は薄く半笑いをする。


「全然眠くないな」


 体は疲れている感じはするのだが、目は冴え切っている。今、実際私は眠っているのだから、眠くなるのもおかしな話だが、どうやって寝るものなのか。

 怪訝そうに、自分が腰掛けているベッドに横になると、視界に『何時間寝ますか?」と、文字が表示される。


 なるほど、これで寝る時間を決めるのか。


 しかし、どうやって寝る時間を決めるのか、メニューの様に画面が表示されて、操作できるわけでも無い。 


「イメージ……か」


 この世界は想いが形になる世界……ラウルが言っていた事を思い出す。確か、行動力は六時間で全快するはずだ。

 そう思った瞬間、視界に『6時間寝ます』と表示される。


「あ……れ……」


 突然の猛烈な睡魔。

 微睡みへと落ちていく——その刹那の中で、走馬灯の様に私の考えが過る。


 ゲームを続ける理由。剣を振るう意味。それらを見つけたとして、私は、奏の事を諦めきれるのだろうか。


 ——本当にそれでいいの?


 しかし、その先を考える余地は無く、私の意識は虚無へと消えていった。





 翌朝、私とラウルは武具屋に立ち寄った。その理由と言うのも……。


「いいじゃねぇか。それで、もうちっとは役に立つだろ」


 私は、木製の杖を両手で抱えるようにして持つ。意外としっかりした作りで、結構重い。

 剣を振れない私は、回復役(ヒーラー)として役に立てるように、装備を新調したのだ。


「装備もガチャガチャしないし、結構良いかもね」

「お前は金属製防具に嫌な思い出でもあんのか?」


 白い簡素な作りのローブを身に着け、金属製の物はほとんど着けていない。見た目的にも、個人的にはこっちの方が格段に良い。


「昨日教えた術句は覚えているな? やることは昨日とほぼ変わらんが、回復量もMPの最大値も、装備のお陰でだいぶ増えるはずだ」


 これで、前よりは役立てる。けど、私は……。


「ねぇ、ラウル」

「あ?」

「昨日教えて貰ったヒールライト……だっけ? その他にも、私が使えそうな魔法は無いんですか?」

 

 昨日ラウルと一緒に戦って思った。

 ラウルは強くて、並大抵の数相手なら回復いらずで倒し切ってしまう。それなら、いくら回復量が増えたとしても、役立たずなのは変わらない。

 それなら、他の事——回復以外の、他の魔法を使って役立ちたいと思ったのだ。

 ラウルは、ぶっちょう面のまま考え込んで言った。


「あるとは思うが、俺が覚えているのはヒールライトの術句のみだ。それ以外を覚えたいなら、森に出る前に、この街にある初級魔法図書館の魔導書でも読みに行くか? めんどくせぇけど」

「と、図書館……」


 新しい魔法の術句は、人に教えて貰う以外に、基本的に図書館に置いてある本で覚えるという事だろう。魔法を主体に戦う人たちは大変だ。

 

 本とか、読むの苦手なんだよなぁ。


 しかし、背に腹は変えられない。私はしぶしぶ「行く」と返事をする。

 その時だった。


「あー!」


 私達の背後から、突然鈴を鳴らすような元気な女性の声がする。

 その声に私は驚くが、一番に驚いていたのは他でもない、ラウルだった。


「……カナリア?」


 ラウルはそう呟くと、ゆっくり振り返る。私も背後に目を向けると、私と同じ白いローブを着ている小柄な栗毛の女の子の姿と——そして、その後ろに……。


「あ、昨日の金髪の人……」


 昨日、ラウルに自己中剣士だと言った金髪の男性が、不機嫌そうにラウルを睨めつけている。

 その青年の存在に気付いたラウルは、眉間にしわを深く寄せる。


「ラウル君捜したよ! どこ行ってたのさ!」


 陽気な声色でラウルに笑顔で話しかけるカナリアという女の子。しかし、ラウルは顔を背けて言った。


「そこにいるパーティリーダーに解雇されたんだ」

  

 カナリアという女性は、深くため息を吐いた後、口を開いて何かを言いかけたが、横でぽかんとしている私の存在に気付いたのか、私に向かって目を大きく開く。


「あ! そこにいる可愛い女の子が、昨日、アーサー君が言ってた子か!」


 アーサー君?


 すると、金髪の青年は、ため息を吐いて、私達の間に割って入る。


「カナリア! 初対面なのにづけづけと話し過ぎだ! この子怖がっているだろう!」

「なによ! アーサー君だって、昨日、いきなり旅パ勧誘して怯えさせたんじゃないの!?」


 すると、アーサーと言われていた金髪の青年は「こほん」と咳払いをして、私に向き直る。


「失礼したね。昨日は名乗りもせず、いきなり勧誘して悪かった。僕の名前はアーサー。こっちの無遠慮なのはカナリアだ」

「あ、ご丁寧に……私はトワっていいます」


 思いのほか丁寧に挨拶を交わされるものだから、私も丁寧に返す。

 挨拶を終えると、アーサーと名乗る青年は、私の事を見つめる。


「昨日と装備が変わってるな……ヒーラー装備……? もしかしたら……!」


 そう言うと、アーサーはキッとラウルの方へ顔を向けて言い放つ。


「おい! お前、この子を回復奴隷にしてるんじゃないだろうな!?」


 その言葉に、ラウルは大きくため息を吐く。

 そして、カナリアは慣れた手つきで、両手で持った杖でアーサーの顎を激しく叩く。


「あだっ!」

「またそうやって早とちりして! アーサー君の、そうやってすぐ決めつける頑固な所、直した方が良いよ!」


 ぶすっとした表情で、何も言わなくなるアーサー。

 なんとなく予想がついてきた。ラウルの事を知っているこの人たちは、もしかしたら。


「ねぇ、ラウル。この人たちって」


 話しかけると、ラウルはぶっちょう面のまま答えた。


「……ああ、前回のログイン時に、一緒にパーティを組んでたやつらだ」


 この人達が……?


 アーサーさんがラウルに敵意を持っている事を除いては、別に悪そうな人達では無い。

 むしろ、ラウルの方が無愛想なくらいだ。


 もしかしたら、女神魔法について教えてもらえるかも……?







「ほうほう! ヒールライト以外の女神魔法を知りたいと!」

「そうなんです。でも、私、字面を覚えるのがどうも苦手で……」


 回復以外の女神魔法を覚えたい旨を相談すると、とびきりの笑顔でカナリアは言った。


「だったら、私が教えてあげるよ! 実践を交えてね!」

「ほ、ほんとですか!?」


 感激して目を輝かせる私に、にっこりとしながら「うんうん」と頷くカナリア。

 ありがたい申し出だ。やはり本から学ぶより、人から学ぶ方が記憶に残りやすい。


「ダメだ! 何を勝手に決めているんだ!」


 しかし、横から見ていたアーサーはそれを許さなかった。

 真剣な面持ちで、アーサーは淡々と話す。


「いいか、カナリア。僕たちは、旅パのメンバーを後二人集めなければいけない。狩りに出てる暇は無いっ!」

「えー! いいじゃん! 別に急ぎでも無いでしょ? そもそも、旅パのメンバーはラウル君も含めれば後一人でしょ!」

「何を言ってるんだ! カナリアはあの事件を忘れたのか!?」


 ——あの事件?


「事件とか大げさすぎでしょ! 私はもうラウル君の事許したから!」

「ダメだ! 君が許しても、パーティリーダーである僕は許さない!」


 激しく口論をする二人。私は何もできずあわあわとしていると、ラウルは突然手を上げて言った。


「俺は、珍しくアーサーと同意見だ。お前らのパーティに戻るつもりは無い」

 

 相変わらずのしかめっ面だ。しかし、唇をきゅっと結んで、どこか悲し気にも見える。


「ラウル君……」


 そんなラウルの顔を見たカナリアは、優しく声を掛ける。


「あの事なら、私は気にしてないよ! アーサー君の事は私が説得するから、戻ってきてよ!」


 しかし、カナリアの必死の言葉も全く意に返さず、ラウルは首を横に振る。

 

「いくぞ」


 そう言って、私の腕を掴んで引っ張る。


「え、ちょっと……!」

 

 私は半ば引っ張られるように、ラウルについて行く。

 

 ——この人たちと、一体何があったの?


 すると、カナリアは私達の元へと走り出す。


「待って! 私も行く!」

「カナリア!」


 当然、アーサーはカナリアを呼び止める。


「頑固なリーダーの言う事は聞きませーん!」


 アーサーに向かって「あっかんべー」と舌を出す。

 そのまま背を向けて、私の隣にやってくると、にっこりと笑って目を合わせる。

 私は、苦笑いして返すしかなかった。

 ラウルは、眉をしかめてカナリアに忠告をした。


「お前、後でどうなっても知らねぇぞ」

「いいんだよ! いこ!」


 アーサーは心底嫌そうな顔をした後、私達の後をついてくる。

 そのまま三人と一緒にゴブリンの森へと向かって行った。

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