闘う理由

 後から聞いた話。

 優香のいじめの主犯格は、バレー部の人達だったようで。


 噂を広めたのは、私の後輩の恵理奈だった。


 私が襲われて怪我したと聞いた恵理奈が、当日病院を訪れた時、口論している優香と奏の会話の内容を偶然聞いてしまったらしく、最初は黙っているつもりだったが、私が不在で試合に負けた後、やるせない気持ちを晴らしたくて、バレー部の人達に話してしまったらしい。

 優香が自殺した原因を問われ、バレー部は廃部。学校内では、バレー部の人達が悪い風潮になっている。


 実際は、私が全ての原因だったというのに。


 あれから奏は、 学校に来ず、引きこもりがちになった。

 いつも空いていた部屋の鍵は固く閉ざされており、呼びかけても寝息すら聞こえてこない。

 

 あの一件があってから、クラスの人達は気まずくて、私を避けるようになった。

 バレーもできなくなって、奏は学校に来なくなって、優香は、死んで……。


 あれだけいた私の友達は、誰一人いなくなった。


 学校での口数も減って、毎日がただ過ぎていく。

 そんな時だった、奏の引っ越しの話を聞いたのは。





 私の家の向かい側の家に、引っ越しのトラックが止まっている。

 せめて、最後だけでも奏に会いたくて、私は家の中から奏が出てくるのをじっと待っていた。

 思ったよりも早く、奏が家から出てきた。

 いや、恐らく、私が外で待ってる事に気がついて出て来たのだろう。


「なんか、久しぶりだな」

「……うん」


 奏は、酷くやつれて、あまり眠れていないのか、目の下に大きな隈ができていた。


「本当に行っちゃうんだよね」

「ああ……」


 奏は、俯いた後、笑って言った。




「俺、お前の事が好きなんだ」




 え?




 突然の告白に、私は目を大きく見開く。


「ずっと、好きだった。お前の事」

「と、突然そんな事言われても……」


 私は、奏の事、幼馴染以上に考えた事は無かった。だから、返答に困って、しどろもどろする。


 ——第一、優香がどんな気持ちになるか。


「あの時、優香が俺の事好きって事が分かって、その恋路を手伝っていた茜に、ちょっとショックだった」


 私は、眉をひそめる。


「茜は、何も気持ち変わらないんだなって思って。それが、悲しかった」

「……ごめん」


 あの時、優香の言った言葉が頭の中で重く響いた。


 ——他人の気持ちに鈍感だから、知らない内に、人の事を傷つける!


「ごめん、なさい……」


 涙が止めどなく溢れてくる。

 

 私が傷つけたのは優香だけじゃない、奏の気持ちにも気づかなくて、私は知らず内に奏をも傷つけていた。

 優香は分かっていた、いや、知ってしまったのだ。奏は私の事が好きだと。


 私は、二人の気持ちを弄んだ。


「俺、今でもお前の事が好きだ」


 そして、奏は私の事を見据えて言った。


「だから、忘れたいんだ。お前の事」


 ——忘れる?


「お前の事好きなままだと、ずっと優香の事が頭から離れないんだ」


 私も、忘れたら楽になれるのかな。


「その為の引っ越し」


 私は、もはや涙でぐしゃぐしゃな顔だったと思う。


「奏は、何も悪くないよ……。私の為に怒ってくれただけ。嘘ついた、私が、悪いの」

「それは何回も聞いた」


 奏は落ち着いた声で話した。


「お前は、優香の為に嘘をついた。俺は、お前の為に優香を突き放した。そこに何も悪意なんて無かった。だから、自分の事を責め続けるしか無いんだ。俺も、お前も」


 そう言って、奏は私に背を向けて言った。


「これから先、もし、また会う事があったら、今度は、二人で笑えるようになっていような」

「うん……うん……っ」


 

 そう言い残して、奏は私の前から姿を消した。





 忘れようって、ずっと思ってたのに、結局思い出しちゃうなんて。


 玲華がいなくなった後、すぐ横にあったベンチに座り込んで、私は虚空を見つめていた。


 ——あなたじゃ、奏を変えられない。救えない。


 元々、奏を救おうだとか、そんなつもりでゲームを始めたつもりではなかった。

 でも、未だに頭にちらつくあの時の記憶を、完全に忘れたい、消し去りたいが為に、もう考える必要無いんだって思いたくて、私は奏の事を捜していた。


 全部、自分の為だった。あの時も、今も。


 私は、何一つ変わってない。

 

「これから、どうしようかな」


 情けなさすぎて、笑えてくる。

 私はこのゲームを、奏を捜す為に始めた。

 だけど、それができないのでは、このゲームをする理由は何もない。

 このゲームは、基本的に三日経つまでは離脱できないと言っていたが、一つだけ離脱できる方法がある。


 私は、おもむろに腰に挿している剣を抜いた。

 

 死ねば、元の世界に強制的に戻される。


 白い刀身の煌めきが眩しく、目を瞑る。


 ——死ねば、楽になるよ。


 優しく、包み込むような声が聞こえた。

 

「優香……」


 分かる。

 あの時もこの時も、目の前にいる優香は、私のトラウマが生み出した幻なのだと。

 ここは夢の世界なのだ。幻の一つや二つ生み出した所で、不思議でも何でもない。


「もう、やめてよ。私の前に出てこないで……」


 優香の表情は変わらず、優しく微笑んだまま。


「もう忘れたいの、貴方の事」


 ——忘れさせるもんか。私は貴方を許さない。


「もう、あの時十分苦しんだ! 右腕に怪我して、大好きなバレーもできなくなって! 私達三人はバラバラになって! 優香は……死んだ」


 私は、剣先を喉元に向ける。


「もういいでしょ! 過去の事を忘れて次に進もうとする事の何が悪いの!? 一生立ち止まってろっていうの!?」





 ——本当にそれでいいの?





 え……。



 その瞬間、私の持っていた剣が激しく叩かれ、剣が地面に落ちた。


「おまえっ! 何やってんだよ!」


 ラウルが凄い形相で、私の目の前に立っていた。


「ラウル……」

「遅いと思ったら、こんなところで何してんだ!」


 私は、ラウルから目を逸らしてぶっきらぼうに言った。


「別に、本当に死ぬ訳じゃ無いんですから、放っておいて下さい」

「お前……」


 ラウルは、訳がわからないと言った様子で、頭を掻き毟り、周りを見渡す。


「さっきの無表情女はどこ行った?」

「用事済んだから先に行きました」

「なんだよ、挨拶も無しに」


 そしてラウルは、地面に転がった剣を手に取り、私の鞘に納めてくれた。


「で、お前はどうするんだ? 宿屋までなら案内してやるが」


 こんな訳分からない女の事、ラウルは最後まで面倒を見てくれるようだ。


「どうした、行かねぇのか?」


 怪訝そうに、私の方へ顔を向けるラウル。

 ラウルは私の事、何も聞こうとはしない。

 でも、放っておく事もしない。


 なんなの。優しくしないでよ。私には、そんな事してもらう資格なんてないんだ。


 ラウルを見捨てて、逃げようとしたんだよ。


「お前……」


 ぎゅっと握りしめた拳に、ポタポタと涙が溢れる。

 泣くまいと、泣く資格すらないと思っても、溢れて収まらない。


「本当に、面倒くさい女だなお前は」


 ラウルは私の隣に腰を下ろした。


「だから……やめてって、あっち、行っててください」


 ラウルは溜め息を大きく吐いて言った。


「お前に何があったとか、何も知らねぇんだよ。だから、こうやって、隣にいる事しかできねぇんだっつーの……」


 相変わらずのしかめっ面だが、少しだけ、悲しげな表情で、ラウルは言った。

 

「……ずっと疑問だった」


 私は、首を傾げてラウルの方へ向く。


「ゲーム経験無し、ビビリ、おまけに刃物にトラウマまで持ってる。そんなお前が、なんでこのゲームをやってんのか」


 当然の疑問だろう。ゲームは、やりたいからやるものだ。楽しいと思うから続けるものだ。

 辛そうな顔してまで、やるものではない。

 私はその言葉に目を伏せる。


「なぁ、お前は何でこのゲームを始めた? ダチに誘われたりしたからか? それとも、別の理由でもあんのか?」


 ラウルの質問に、私は少し考え込む。

 事情を話したって、何か変わるわけでも、損するわけでもない。


「……人を、捜してて」

「人?」

「訳あって、全く連絡を取れなくなってしまった友達に、会いたかったていうか、なんというか」


 私の言葉に、ラウルは少しだけ驚いたように目を開く。


「そいつは、このゲームやってんのか?」


 私は、唇を結びながら頷く。

 ラウルは「そうか」とだけ呟いた後、また正面に顔を向けた。


「色々、納得した」


 ——静寂。


 人気の無い酒場の裏だからか、一層増して静かだ。

 しばらくして、ラウルは静寂を破り、語り始めた。


「俺は、追い付きたい奴がいる」

「え?」


 ラウルは顔を上げて、空を仰ぎながら続ける。


「この世界の最高にいる俺のダチが、めちゃくちゃ強いやつで、俺は、そいつに追いつきたい」

「どれくらい強いんですか?」

「だから……めちゃくちゃだって」


 めちゃくちゃ……って、さっき玲華が言ってた七星の人達くらいなのだろうか。


「あいつに追い付くには、並みの努力じゃ足りねぇ。普通にゲームしてるだけじゃ追い付けねぇ」


 ラウルは視線を落とし、拳をぎゅっと握る。


「強くなりてぇ。それが、俺の戦う理由。剣を振るう意味」


 そして、ラウルは私へ、ゆっくり顔を向ける。


「お前にはあるか?」


 私は、奏が今どうしてるか知りたい。だけどそれは、戦う理由にはならない。


「あ……」


 ——私は、戦う理由が無かったんだ。


 だから、刃物が呼び起こすトラウマに飲み込まれた。

 だから、敵に立ち向かう勇気が出せなかった。


 ——ここは、戦いの世界。


 みんな、意味を持って戦っている。

 レベルを上げたいだとか、もっと強い敵と戦ってみたいだとか、お金を稼ぎたいだとか、そんなありきたりな事でも、それは、ちゃんと戦う理由になっている。


 ——私は、何も無かった。


 私はゲームをやる意味を失ったんじゃ無い、最初から無かったんだ。





「見つけてみねぇか?」




 ラウルは、そう言った。

 私は、予想外の言葉に顔を上げて、目を見開いて、その切れ長の瞳を見つめる。


「どうせ離脱できねぇんだ。それなら残り二日の中でいい。お前にとっての、このゲームをやる意味……見つけてみねぇか?」

「見つける……」


 考えて無かった。ゲームをやる意味なんて、やる前から決めるものだと。


「ゲームに興味が無くても、戦いに興味が無くても、こうなりたいとか、目指したいもんが見つかれば、お前がこのゲームを続ける意味になる。見つからなかったら、そんときはやめればいい」


 そんなラウルの言葉に、少し考え込む。

 ただ、ゲームを楽しんでやるという選択肢もあるのかな。


「だからよ。その……」


 ラウルは、目線を私から逸らして言った。


「簡単に辞めるとか、言うなよ」


 ラウルのぼそっとした呟き。だけど、それは、私の心に大きく響き、震わせる。


「ラウル……」


 私は、戦闘中にほとんど役に立てなかった。ラウルの事を見捨てて、逃げようとした。もう辞めて、投げ出そうとした。

 だけど、ラウルは辞めていいとは言わなかった。


 ——辞めるなって、言ってくれた。


 意味を失ったのなら、また見つければいい。

 私は、瞳に涙を溜めて、微笑んで言った。


「うん、そうだね……」


 ——もう少し、もう少しだけ、続けてみよう。

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