始まりの嘘

 その日の夜。

 私は、ベッドの上で一人考え事をしていた。

 考え事とは言うまでもなく、奏と優香の事だ。

 もし告白に失敗した場合、奏は優香をふる形になる。

 そうなったら、今の仲良し三人組じゃいられなくなるという懸念があった。

 どうにかして、奏が優香の事をどう思ってるか知る必要がある。


「ちょっと、行ってくるか」


 私は寝間着の上にパーカーを羽織って家を出て、向かいの家に向かった。

 家のインターホンを鳴らすと、中から奏のお母さんが迎えてくれる。


「あら、茜ちゃん。奏なら部屋にいるから勝手に入っていいわよ」

「ありがとうございます! お邪魔します」


 そう言って、私は階段を登って、正面にある扉を開ける。


「うおっ!? ノックして入れっていっつも言ってるだろ!」

「鍵かけとかないから悪い」

「泥棒と同じ発想だぞ……」


 奏はテレビゲームをしていたらしい。

 部屋の中には、ゲームのソフトのパッケージやゲーム機がたくさんある。


「またゲーム? 私より成績いい癖に、いつ勉強してるの?」

「授業聞けば一発で覚えるだろ普通」

「覚えないよ普通」


 私は、ベットに勢いよく座って、なんとなくテレビゲームを眺める。

 奏は、何しに来た? とか、そんな事は聞いてこない。何故なら、私は暇つぶしで奏の部屋に遊びに行く事など頻繁にあるからだ。

 今日もそんな感じに奏は思ってるようで、テレビゲームに集中している。


 だが、今日は違う。私は奏に聞きたい事があって来たのだ。


「奏ー」

「んー?」

「好きな人っている?」


 その瞬間、奏の操作しているゲームのキャラクターが死んでしまい、画面にゲームオーバーと大きく表示される。

 そして、そのままゆっくりと私の方へ顔を向けた。


「……今なんて?」

「好きな人いる?」


 奏がまるで不思議なものでも見るかのような表情で私を見る。


「茜って、そんな事聞いてくるようなやつだったか?」

「はぁ? どう言うこと?」

「乙女とは程遠いような存在のお前から出る言葉じゃない」

「ゲーム機ぶち壊すぞ」


 奏はゲーム機の電源を切り、椅子に座って私の方を見やる。


「どういう風の吹き回しだよ」

「いいから教えてよ。いるの? いないの?」


 まぁ、奏の事だから誰もいないんだろうな。数え切れないくらいの女の子から告白されてる癖に、当たり前のように全員ふってきたし、女の子に興味なさそう。あーあ、それなら優香の事も望み薄だよなぁ、どうしたものか。


「いるよ」

「そうだよねぇ。知って……ええぇぇ!?」


 私はベッドから飛び起き、奏の顔を覗き込む。


「いるの!?」

「自分から聞いておいて何だその反応は! いちゃ悪いのかよ」

「誰!?」

「教える訳ねぇだろ!」

「私の知ってる人!?」

「……まぁ、知ってる人だよ」


 私の知ってる人って事は、同じバレー部の子? いや、バレー部の子にチヤホヤされてもそんな様子無かったし、もしかして、いや、そもそも奏と仲の良い女の子なんて一人しかいなくない?


 ——優香だ!!


「な、なんだよ」

「……告白しないの?」

「しねぇよ。だって、恋愛とか興味なさそうだし」

「そんな事無いよ!」

「え? そんな事無いのか……?」


 ——そうか、両思いだったんだ。


 それなら、何も心配する事ないだろう。


「ありがとう! 用事はそれだけ! じゃあね!」

「は!? おい! まてって!」


 そう言って、私は奏の部屋を後にした。




 

 告白の日、当日。


 作戦は単純だった。

 ショッピングモールの入り口で待ち合わせの予定だが、私だけわざと遅れて行き、奏と優香の二人きりの時間を作って……という流れ。

 私は待ち合わせ時間よりも先に、ショッピングモール内に入り、館内のカフェで時間を潰していた。


『私はショッピングモールの中のカフェでお茶してるよー! 頑張って!』


 という文面のメールを優香に送る。


 私は砂糖をたっぷり入れた紅茶を飲みながら感傷に浸っていた。


 二人が付き合い始めたら嬉しいけど少し寂しいなぁ。

 また三人で一緒に遊んでくれるかなぁ。

 

 少しの不安もあるが、それでも二人が恋仲になるのは私としても嬉しい事。


 巣立つ我が子を見送る気持ちとは、こういうものなのかねぇ。


 私は、端末で時間を確認する、そろそろ約束の時間だ。

 ソワソワしながら、優香からの連絡を待っていると、端末が音を鳴らして震える。


 来た! 意外と早かったなぁ。


 大丈夫、奏も優香の事が好きなんだから、この告白は成功する。

 私は思い切って、メールの文面を確認すると、優香から予想とは大きく違う文面が届いていた。







 ——私、篠崎 優香は今日、告白する。

 

 転校したばかりで、孤立していた私に声をかけてくれた茜。

 クラスは別だったけど、それでも分かるくらいに良く目立って、しかも人気者の茜と奏の間に入るなんて、最初は恐れ多くて上手く話せなかったけど、茜はとても良い人で、最近、ちゃんと友達として接する事ができるようになった。

 ただ、奏にだけは友達として接する事が出来なかった。二人きりで話すと緊張して上手く話せないし、茜がいないと自然にいる事ができない。


 ——それが、恋だと理解するまで、そう時間はかからなかった。


 私は、奏とは友達にはなれない。好きになってしまったから。


 茜と奏はお似合いだし、私の付け入る隙なんて無いと思ってて、私はずっと辛かった。

 だから、茜が私の恋を応援してくれるって聞いた時は凄く嬉しかった。

 もし、ふられてしまっても、なるべく平然を装いたい。

 茜は、ずっと三人で仲良くして行く事を望んでるはずだから。


 だから、大丈夫。好きですって言うだけで良いから。


 ピロリン♪


 端末から音が響いて、私はメールを確認する。


『私はショッピングモールの中のカフェでお茶してるよー! 頑張って!』


 そのメールの文面を読んで、私は微笑む。


 うん、頑張るよ。ありがとう、茜。


「お、優香が先に来てたのか」

「か、奏……!」


 奏は周りを見渡す。


「あいつ遅いな。いつもなら一番早く来るのに」

「あ、あのね!」

「え、どうした? なんか顔真っ赤だけど」

「だ、大丈夫」


 大きく深呼吸する。

 言うんだ。奏に。

 

「わ、私ね!!」







「そういえば、さっきショッピングモールに入って行った変な男見た?」

「……え?」

「なんか、妙に息が荒くてさ。あれは絶対やばいやつだよ」

「あ、そ、そうなんだ」


 奏は妙に浮かない顔して考えこみ、私に言った。


「なぁ、今日のショッピングモールやめないか? 俺、嫌な予感するんだ」

「え、でも……」


 だって、茜はすでにショッピングモール内のカフェにいる。


「ちょっ、ちょっと待ってて」


 私はその場から少し離れてメールを打ち込む。


『ショッピングモール内に、なんか怪しい男性がいるらしいよ。 今日はもう諦めるから、一回ショッピングモール出て合流しようよ』


 仕方がない。チャンスは今日でなくても、また作れば良いのだ。

 まずは、身の安全が優先だ。


「何してんの?」

「え、いや、なんでもないよ」


 ピロリン♪


 私はすぐさまメールを確認する。



『怪しい男性なら、さっき目の前で警察の人達に連れて行かれてたよ! だから大丈夫! 奏には、私が外から向かってるって伝えておいて! 頑張ってよ!』



 その文面を見て、私はほっと胸を撫で下ろす。

 怪しい男性は捕まったのか。それなら、安心だ。


「なぁ、茜と連絡がつかなくてさ。そっちになんか連絡来てない?」

「あ、えっと、それなら……」







「茜は、今外から向かってるって。だから大丈夫だよ」









『ショッピングモール内に、なんか怪しい男性がいるらしいよ。 今日はもう諦めるから、一回ショッピングモール出て合流しようよ』



 怪しい男性?

 どこの情報だろう? 誰もまだ通報してないのかな。

 何にせよ少し気味が悪いし、仕方がないか。


 私はカフェのテーブルをすっと立ち上がった瞬間、脳裏に優香のあの笑顔がちらつく。

 周りをキョロキョロと見渡すが、別に怪しい人など見当たらない。


 このショッピングモール広いし、大丈夫だよね……?


 私はすとんと席に座り直し、メールの文面を入力する。

 ただ大丈夫だなんて送っても、優香は心配してそれどころじゃ無くなるだろう。

 私は優香の恋路を応援すると決めたんだ。邪魔しちゃいけない。




 私は、嘘のメールを優香に送信した。

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