いつもの三人組

 ——二年前。


恵理奈えりな! お願い!」


 恵理奈という女の子は、猛スピードで飛んでくるバレーボールを両腕で受け止めるようにセーブする。


「ナイス!」


 そう言って私は高々にジャンプして、ドンピシャな所に飛んできたバレーボールを思いっきり相手のコートに叩きつける。


 ピピーッ!!


「茜先輩、さすがです!」

「恵理奈もナイスセーブ!」


 私達は、笑顔でハイタッチする。

 その音は、コート全体に響き渡っていく。

 いつもの練習風景を眺めていた後輩と先輩が話し始める。


「今日も倉木先輩はさすがっすね」

「そうだね、来年のバレー部も安泰」


 私は高校時代、バレー部に所属していた。

 元々中学の時に、部への強制所属を強いられていた学校だった事で、なんとなく始めたバレーだったが、私にはどうやら向いていたらしく、高校二年生の今じゃ、女子バレー部のエースになっていた。


「今度の三年生の最後の大会、期待してるよ。茜」

「はい! 精一杯頑張ります!」


 この頃の私は、人生の絶好調だったと思う。

 部活では部員みんなに頼りにされるエース。勉強の成績も優秀、友達だってたくさんいた。


 私はこの時、やればなんでもできる。そんな気さえしていた。


 部活が終わって後片付けをしてる最中、私は部員に声を掛けられる。


「茜、いつもの人達が迎えに来てるよ」

「え?」


 私は体育館の出入口に顔を向けると、奏と優香がニコニコしながら手をこちらに向かって振っている。


「きゃー!! 藍峰先輩!!」


 すると、一斉に部員達が奏の元へと走り出す。奏は少し困ったようにして、群がる女子達を諫める。

 私は、その様子を溜め息を吐きながら見つめた。


「だから、あれほど体育館には来なくていいって言ったのに」


 こうなっては、後片付け所ではない。


「ちょっとみんな! まだ後片付けは終わってないでしょ!」

「はーい! すいませーん!」


 私の一声で、後輩達はこちらに戻ってくる。

 そのすれ違い様に、私の後輩である吉澤よしざわ 恵理奈えりなが、私に質問をしてきた。


「あの、藍峰先輩の隣にいる人誰ですか?」

「ああ、優香の事? 高校二年生の時に隣のクラスに転校してきて、最近仲良くしてる友達だよ」

「へぇ……」


 すると、恵理奈は優香の事を細目で眺める。


「どうかしたの?」

「なんか、普通ですね」

「普通?」

「いや、何でもないですよ」


 そう言って、恵理奈は駆け足で後片付けにとりかかって行った。

 普通の意味が良く分からないまま、私も後片付けを進めた。





「今日もお疲れ様……ぶばっ!?」


 爽やかに声をかける奏の顔面に、バレーボールを投げつける。


「あれほど体育館には来るなって言ったよね!? 奏が来たら、練習所じゃなくなるからって!」

「いってぇな……。だって、生徒会の活動思ったより早く終わって暇だったんだよ」


 すると、隣の優香が申し訳なさそうに私に頭を下げる。


「ご、ごめんね! 私はやめようって言ったんだけど、奏が聞かなくて……」


 優香の下がった頭を私は優しく撫でる。


「優香は悪くないよ。こいつ、言い出したら絶対聞かないから」

「お前の話だけな」

「なんだとー!?」


 追いかけ回す私から奏は全速力で逃げる。

 くそ、こいつ運動部に入ってない癖に全然追いつけないんだよな。


「二人ともそれくらいにして、もう帰ろうよー」


 優香のその言葉で、私は追いかけ回すのをやめる。


「次やったら覚悟してよ!」

「はいはい、すいやせんでした」


 本当、いつまでも子供のままなんだよね、奏は。

 すると、優香は鞄から思い出したようにチラシを出す。


「これ、駅前に大きなショッピングモールができるらしいんだけど、今度の土曜日三人で行こうよ」


 へぇ、最近ずっと大掛かりな工事してたのはそれが理由なのか。

 ともあれ興味は大いにある。しかもこの三人で行くという事なら断る理由なんてあるはずない。


「いいね! 行こう!」

「やだ」


 奏がまさかの即答で拒否。


「はぁ!? なんでよ!」

「女の買い物になんか付き合ったらキリ無いだろー? それに荷物持ちにされるの目に見えてるし」

「別に荷物持ちになんかする訳ないでしょ。お金さえ出してくれれば」

「尚更行く訳ねぇだろ!」


 すると、優香はチラシの右端にある広告を指差して言った。


「ショッピングモールの中には、国内最大級のゲームセンターがあるんだって」

「……詳しく」

「チョロすぎ」


 優香の渡されたチラシを食い入るように見る奏はこう言った。


「にしても、優香から誘うなんて珍しいな。こういうのは、いつも言い出しっぺは茜なのに」

「え!? 別に、そんな事ないよ!」


 少し動揺している優香に、私は笑顔で声をかける。


「やっと私達に心を開いてきてくれてる証拠じゃん! 良いことだよ!」


 優香は、高校二年生になった時に転校生として、私達とは別の、隣のクラスに所属した。

 イマイチ周りと馴染めない彼女に、私が声を掛けたのが始まりだった。

 それから、私繋がりで奏とも仲良くなって今に至る訳だ。


「確かに、優香は最初は本当に話さなかったもんな」

「そ、そう……かな」


 優香と出会って半年、やっと自ら遊びに誘ってくれるまで心を開いてくれて、素直に嬉しく思った。


「ちょっと、そこのコンビニ寄っていい? 大便器借りてくる」

「その言い方だと、どっちするか分かっちゃうからやめて。いってらっしゃい」


 奏はそそくさと、コンビニのトイレへと入っていった。

 まったく、学校の女の子達はこんな男のどこが良いのか。確かに、ちょっと顔は良いかもしれないけど。


「あのっ! 茜!」

「はいぃ!?」


 突然優香から大声で話しかけられて、私は驚きで飛び上がる。


「あの、あの!!」

「ど、どうしたの? 優香、まず落ち着こう?」


 私は優香の背中をさすって落ち着かせる。


「あの、あのね……私」


 何か言い出し辛い事でも言うのだろうか。

 大丈夫だよ。私は優香の事なら、大半の事なら許せる。悪気が無いって事分かってるからね。







「私! 奏の事、好きなの!」







えっ。







「好きって、あの好き?」

「……あの好き……です」


 予想外の告白に、私は次の言葉が出てこなかった。


「あー、あれね。あの好きね。なるほど」


 優香が、奏の事が好き……。

 全然気づかなかった。ていうか、奏のどこが好きなの?

 さっきまで、奏がなんでモテるか考えてた矢先にこれ?

 あ、まって、ちょっと自分でも、何考えてるか分かんなくなってきた。


「困る……よね」


 か細い声で、優香はそう言った。


「困る? 何が?」

「その、好きなんだよね。茜も、奏の事」

「はあ!?」


 私が、奏の事を好き?

 そんな事、考えた事も無いのだけど。


「ちょっ、ちょっとまって! 私は奏の事は別に好きじゃない! いや、だからって嫌いでも無いけど、友達として好きっていうか……」


 優香はきょとんとした表情になり、私の事を見つめた。


「え? そうなの?」

「そうだよ! 私は奏の事、幼馴染以上でも、それ以下でも思ってないよ! 向こうもそうだと思うし、だから、全然その辺は気にしないでいいと思うよ!」

「そう……だったんだ」


 すると、優香は脱力したようにその場に座り込む。


 そうか、勘違いしてたから、優香は私にその事を打ち明けたのか。


「私、ショッピングモールに行く日。奏に告白しようと思う」

「ええ!?」

「え!? ダメかな……」

「いや、ダメじゃないけど、私も心の準備全然できてないっていうか」


 すると、優香はくすっと笑ってみせた。


「なんで茜が心の準備必要なのさ」


 そりゃ、必要に決まってる。

 二人が付き合う事になったら、私は今までみたいに奏や優香と一緒にいられなくなるかもしれないし。

 逆に、付き合わないってなったら、今後二人の間にいる私は、どういう顔して付き合っていけばいいのか分からないし。


 私のごちゃごちゃの感情を整理する為に、四苦八苦してる顔を見て、優香は俯く。


「やっぱり迷惑だよね」

「いやいや! 違うよ迷惑なんかじゃない!」


 そう言って、優香に向き直る。

 優香は、俯きながらも表情は真剣で、でも、どこか憂いも感じる。


 ——あ、これが恋してる人の顔なんだ。


 優香は真剣なんだ。きっと、何日も考えて出した結論に違いない。


「優香、本気なんだよね」

「うん」


 私は、どこか覚悟を決めるように大きく息を吸って、そして吐いた。


「なら、私は応援するよ! 優香の事」

「え、本当に?」


 それなら、私も友達の為に覚悟決めるしか無いよね。


「任せて!」

「茜、ありがとう……!」


 そう言って笑った優香の笑顔は、今でも良く覚えている。

 




 


 これから先の未来。


 これ以上の優香の笑顔を見る事は無かった。

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