逃げ道の行く末

「で、誰なんだお前は」

 

 あれから、玲華……もといリッカのお陰で窮地を脱し、無事に街に戻れた私達は、減った活力の回復の為、酒場に来ていた。

 ラウルは目の前でアイスを綺麗な姿勢で口に運ぶ玲華……もといリッカを指差す。


「人に指を差すのは失礼に値するわ。後、人に名前を聞く時はまず自分から名乗る事よ」

「ああ?」


 相変わらずの玲華の塩加減に、ラウルは眉をしかめて睨みつける。

 私は「まぁまぁ」とラウルをなだめて仲裁に割って入る。


「あの、この人はリッカって言って、私をこのゲームに誘ってくれた友達です」

「リア友かよ」


 それだけ吐き捨てると、ラウルはパンケーキを口に運ぶ。どうやら、自分から名乗る気はさらさら無いようだ。

 私はため息を吐いて、今度はリッカにラウルを紹介する。


「で、この人はラウル。このゲームを始めてから色々お世話になってる人だよ」

「そう」


 どうやら、お互いにお互いの事はそれほど興味ないらしい。

 

「ログイン後のトワの様子を見に行ってあげたのに、どこにもいなくて困ってたわ。一体、どこを彷徨ってたのよ」


 恐らく、新規の最初のログイン場所である——カナルの街の教会付近を捜しまわったのだろう。

 だが、見つかるはずも無い。なぜなら、その頃私はゴブリンの森で遭難していたのだから。

 

「それが、なんかゲームのバグでね。ゴブリンの森でログインしちゃって」

「ああ、放流民ね」

「それで、森でゴブリンに襲われている所を、偶然通りかかったラウルに助けて貰ったわけ、それから……」


 それから、事の経緯を事細かに話す。それをリッカはアイスを食べたり、メニューを操作し始めたりと、片手間に聞いていた。

 これでもちゃんと私の話は聞いているのだ。こういう事務的な所が、やっぱり玲華なんだなと実感する。


「チュートリアルまで強制スキップされたのね、ご苦労様」

「ほんと、ラウルがいなかったらどうなってたか。すごい助かってるよ」


 なんて事を言いつつ、ここまで沈黙を決め込んでいるラウルに目配せをする。


「面倒ついでが重なっただけだっつーの」


 予想通り、照れ臭そうにメニューを開くラウルの様子に、自然と笑みがこぼれる。

 すると、隣のテーブル席の話し声が、ふと耳に入ってくる。


「……なぁ、あいつ、もしかして七星(しちせい)の」

「リッカじゃねぇか!」

「しっ! 声が大きいだろ……!」


 ——七星のリッカ……。


 私はリッカに耳打ちをする。


「リッカ、有名人なの?」

「そうよ」


 否定も謙遜もする事なく、あっさりと答えるリッカ。


「私はギルド、セブンスターズの一人よ」

「セブンスターズだと!?」


 いきなり声を出して驚いたのはラウルだった。私はセブンスターズの凄さどころか、ギルドの意味も知らずに首を傾げる。

 その様子を一瞥したリッカは、おもむろに説明を始める。


「ギルドは、一つの目的を持ったプレイヤーが多数集まって活動を行う、組織みたいなものよ」

「……なんか、ゲームなのに会社みたいな事するんだね」


 そう言って苦笑いしながら、私は話を続ける。


「それで、そのセブンスターズは何を目的にしてるギルドなの?」

「手配プレイヤーの撃破よ」


 ——手配プレイヤー……?


 聞いた事はないが、物騒な言葉の雰囲気に、私は眉をしかめる。


「冒険者規約という決まり事を破ったプレイヤーの事よ」


 一応、ゲームとは言え、不特定多数の人間と共にプレイするわけなのだから、決まりごとがあるのは当然の事。それを破ったプレイヤーとなると。

 

「代表的なのは、人を殺したりしたやつの事だ」


 ラウルはばっさり言い放った。 


「冒険者規約を破ったプレイヤーは指名手配され、他人の視界からは頭の上に【Wanted】と赤く表示されるようになり、その命に賞金を懸けられる」

「指名手配!?」


 物騒過ぎる。こんなのが許されるのか……。


「破った規約の重さと回数で、賞金額と手配期間が増えるしくみよ。私達は手配プレイヤーと呼んでるわ。冒険者規約はメニューでいつでも確認できるから、一度ちゃんと目を通しておくのよ。知らずうちに手配プレイヤーにされたくなければね」

「うん、そうする……」


 なんとも硬派なゲームシステムに言葉を失う。しかし、常に他人の目から手配プレイヤーと分かるようじゃ、夢想世界ではかなり生活し辛くなるのは確かだ。いつ命を狙われるか分からない状況で、落ち着いてゲームできるわけがない。


 ——でも、進んで悪役プレイを楽しむ人も、きっといる。それも、このゲームのプレイスタイルの一つという事なのだろう。


「この他に類を見ないゲームシステムに、サービス開始当初はかなり荒れたわ。どこかしこも手配プレイヤーだらけだったもの」

 

 まるで世紀末だったのだろう。あちこちで無差別に人が殺されたり、物が奪われたり……。


「この事態になっても運営は静観を決め込んでいるもんでね。私達プレイヤーが秩序を作るしか無かった」


 ——プレイヤーが、秩序を作る……?


「それがセブンスターズ……通称七星って奴らなんだろ。化け物並みに強いプレイヤー達が、片っ端から手配プレイヤーを狩るのに専念する。そりゃ冒険者規約を進んで破る連中も減るだろうよ」


 ラウルは、テーブルに肘をついて窓に視線を向けながら言葉を添える。

 つまり、セブンスターズという存在そのものが、手配プレイヤー増加の抑止力となっているという事だ。

 正直、そこまで考えてゲームをする人がいるなんて驚きだ。


「一度、大きな戦争が起きたわ。プレイヤーの間で、秩序を望む人達と、混沌を望む人達の、このゲームのあり方を決める大きな戦争がね」

「戦争……って、そんな大袈裟な……」


 まるで歴史だ。

 私達のリアルの世界と同じではないか。


「戦争は私達七星を含めた秩序側の勝利で終わった。今もこうやってある程度MMORPGとして成り立ってるのは、その戦争に勝ったからよ」

 

 そんな戦争の渦中で戦ってきた一人が玲華なのか。

 リアル世界で私と学生生活を送っている裏側で、そんな事をしていたなんて。


「あら、もうこんな時間なのね」


 リッカはメニューで時刻を確認すると、すっと立ち上がって、私の腕を掴む。


「え? なに?」

「この後用事を控えてるのよ、最後にこの子と二人で話がしたいから、ちょっと借りていくわね」

「え、おい……!」


 そう言って、リッカは私を強引に店の外へ連れ出すのだった。





 突然人気の少ない酒場の裏側まで連れ出された私。リッカは、そこでやっと私の手を離して、ゆっくりと私の方へ顔を向ける。


「なに? 話したいことって」


 わざわざ人気の無いところまで連れ出して、人に聞かれたらまずい話でもするのだろうか。


「はっきりと言うわ」


 そう言って、その無表情の顔の眉が少しだけ下がる。


 ——真剣な話をする時の、玲華の顔だ。


 これからされる話の重大さをなんとなく理解した私も、真剣に玲華の目を見つめる。


「貴方、奏を捜す為にこのゲームを始めたわね」


 真剣な表情だった私の瞳が、徐々に見開く。


「な、何で知ってるの?」

「貴方の性格上、このゲームをいきなりやろうと思うのは不自然よ。やっぱりそうだったのね」

「奏がこのゲームをやってる事知ってるの?」

「ええ」


 表情を崩す事無く即答で答える玲華。


「そもそも、一緒に旅をしたメンバーの一人よ」


 淡々と話される衝撃的な事実に、私は瞬きの回数が多くなる。


 おかしい——いや、納得がいかない。

 私が現実で玲華とキャンパスライフを送っている最中に、玲華は夢想世界で奏と旅をしていた。

 

 ——なんで、なんで玲華は……。


 私は、眉をしかめて、絞り出すような声色で言った。


「……なんで、私に何も、言ってくれなかったの?」


 玲華の眉がぴくりと動く。


「なぜ言う必要があるの?」


 感情のまま吐き捨てると、玲華は私の事を、まるで凍てつかせるかのように睨んで言った。


「貴方は、奏の事、優香の事、忘れようとしていたじゃない」


 はっと、息が詰まる。


「貴方言っていたじゃない。もう過去の事だって」


 何も言い返せず、唇をぎゅっと結ぶ。でも、何も話さないのはおかしいのではないか。

 奏がゲームの中だけでも、元気でやってるって分かれば、それだけで良かったのに。


「……奏は、今何をしてるの?」

「それを知ってどうするの?」

「え……?」

「貴方が楽になりたいだけじゃない。ずっと逃げて目を背けてきた癖に。引っ越して、一人暮らしを始めて、看護師を目指そうとしていたのは、あの事件の事、奏の事、優香の事、忘れたかったからでしょ?」


 ぐさりぐさりと、私の右腕が痛む。

 玲華には、全て見透かされていた。自分の弱さを。


 そうだ。私は、悲しい事。辛い事。全部を忘れたかったんだ。

 でも、それは奏も同じだった。奏が引っ越したのは、全部忘れたいからだった。


「奏は、貴方に会いたがっていた」



 え?



「最初は確かに貴方のことを遠ざけたかもしれない。だけど、奏は変わった。貴方とちゃんと話したいって思うようになった。だけど、貴方はそうはならなかった」


 逃げ続けていたのは、私だけ?


「でも、もう遅いわ。奏はもう貴方の手の届かない所にいる。ゲームとしても、人との繋がりとしても」

「……どういうこと?」

「茜をここに呼んだのは一つだけ、聞きたいことがあったからよ」


 玲華は語りだす。


「今更、奏に会って、何をするっていうの?」


 奏に会って、何をするか?


「今のあなたに、何ができるっていうの?」


 ——今の私……?


 悲しみに囚われているなら、その中から救い出す?


 ——だけど、私は?


「今のあなたに、そんな力があるの……?」


 私は、過去のトラウマから、剣を握れなかった。


「今のあなたに、そんな資格があるの……?」


 私は、ラウルを見捨てて逃げようとした。


「あなたじゃ、奏を変えられない。救えない」


 同じく悲しみに囚われ、目を背けて逃げ出す事しかできない私は……。


 ——何も、できない。


 ついには、何も言葉を発することができなくなった私は、虚空を見つめたまま固まる。


「あなたの親友として、奏の旅の仲間として、茜に忠告よ」


 玲華は、冷たい眼差しを私に向けた後、ローブを翻して、私に背を向けて歩き始める。


「奏には、会わない事よ」


 そう言い捨てると、街明かりと、人ごみの中に姿をくらませて行った。


 イタズラに人の問題に深入りして、大切な人を傷つける。

 

 ——あの時と、同じだ。

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