刃
移動中、ラウルからパーティというものに誘われて、大まかに説明を受けた。
最大四人で組めるチームみたいなもので、パーティの誰かが倒した敵の報酬も手に入ったり、マップに居場所が表示されたり、パーティメンバーの状態が確認できたり、色々便利らしい。
強敵と戦う時には、パーティメンバーで上手く連携を取らないと倒せない敵もいたりするとか。
「パーティとか言うから、一緒にご飯食べたり騒いだりするのかと思いましたよ」
「お前、ほんと相変わらずだな」
ラウルこそ、相変わらずの呆れ顔でため息を吐く。
「それにしても見つからないですね、ゴブリン」
「このゲームはモンスターとは遭遇し辛い方だ。なんてったってマップが広すぎるからな」
森の中に入ってしばらく経ったが、未だにゴブリンの一匹も見ていない。
しかし、私が森で彷徨った30分の間はモンスターに出会わなかったのだ。意図的に探し出そうとしても、時間はかかるのかもしれない。
「だからって警戒を怠るなよ。昼間のゴブリンの森では、ゴブリンとその親玉のゴブリンリーダーしかモンスターは潜んでいないが、奴らはモンスターの中でも頭が切れる方だ。いつどこから奇襲されてもおかしくはない」
そういえば、確かに武器を投げて攻撃したり、日本語を話したりしていた。もしかしたら、今こうしてる私達を木の陰から覗いて、隙を伺っているのかもしれない。
「敵を見つけたらどうしたらいいですか?」
「戦う」
周りの気配に気を配りながら、即答で答えるラウルに私は表情を曇らせる。
「戦うって……」
「その腰に差してる剣は飾りか? いざとなったら、そいつで斬ったり刺したりするに決まってんだろ」
「そうですけど……」
当たり前の事のようにラウルは言うが、私の生活に刃物を振り回す日常は存在しない。
——刃物を……振り回す。
「ラウルは、初めてモンスターと戦った時どんな感じでした?」
私の問いに、少しの沈黙の後、語り始めた。
「まぁ、少し躊躇いはあったな。実際に武器で生き物を傷つけるってのは、いくら現実に存在しない化け物だと言っても、抵抗はあった。だが、人間の慣れってのは怖いもんで、大きく抵抗を感じたの最初だけだったな」
「そういうものなんですかね」
その話は、他のプレイヤーもそうなのか、ラウルが特別なのかは分からない。だが、数時間前に成す術なく遊ばれた化け物に、生き物を意図的に傷つけた事の無い私が、使ったことのない刃物を振り回して戦う——私は、想像できない。
——想像が沸かない……か。
「不安な気持ちは分かるが、大事なのは何が目的で戦うかだと思うぞ。自分のレベル上げ為だとか、そんな軽いので良い。これはゲームなんだから、気楽に行け」
「何が目的で……戦うか……」
少し考えようとした時、ラウルの発した声で、その思考が止まる。
「おい見ろ。ゴブリン共が野営した後だ」
ラウルが指を指す方向に、いつか見た記憶があるボロ布で作られたテント。
そうか、あれはゴブリンたちの住処だったんだ。
あの時見た小鳥の死体と、大量の芋虫の這う光景が頭の中でフラッシュバックし、思わず身震いする。
「近くにいるんですかね?」
「分からん。周りを気にしておけ。俺はテントの周辺を見てくる」
そう言われて、私は足を止めて周囲を見渡し始める。見えるのは、青々とした木々。聞こえるのは、風で木の葉が揺らめく音。
特に異常はなしっと。
「ニンゲン、ミィツケタァ……」
突如として私のすぐ後ろから聞こえた——聞き覚えのある……まるで、早送りした時のような甲高い声。
私はその一瞬で心臓が跳ね、全身が凍り付き、悲鳴も上げられなかった。
恐る恐る後ろを振り返ると、まるで目玉が零れ落ちんばかりの大きい黄色の双眸が、私を覗いていた。
「ケヒッ!」
口から下品に唾を飛ばして笑ったゴブリンは、既に振りかぶっている右手の錆びたナイフを振り下ろした。
ブシュ!
不快な音が私の肩から鳴り、傷口から青色の光が噴き出した。
「きゃあああああああ!!」
「どうした!?」
異変に気付いたラウルは、駆け出しながら背中に背負う大剣を抜刀する。私は、肩を押さえながら命からがらラウルの元へと滑り込んだ。
「肩……肩斬られた!!」
「落ち着け! 痛みは感じないだろ!」
ラウルの声に少しだけ落ち着きを取り戻すと、私のHPは二割ほど削れてしまっている事に気づく。
「ちっ、いつの間にこんなに潜んでやがった」
前方に視界を向けると、木々の間から次から次へとゴブリンが現れる。その数四体。まともに戦闘の経験が無い私を連れたこちら側が、明らかに不利だ。
「抜け!」
「え!?」
「剣を抜けって言ってんだよ! この数相手じゃ、一人で守り切れるか分からねぇ」
私は、はっ! と思い出すかのように腰に携えてある剣に手をかける。
そうだ。私、戦わなくちゃ。
ぎこちない手つきでロングソードを抜き放つと、ぎらりと光る刀身が露になる。
——刃物…。
その鋭い刃を目の当たりにして、私はごくりと唾を飲む。
私は、これであれを……。
その瞬間、目の前の視界がぐらぐらと揺れ、痛みなど感じないはずの世界で、私の右腕が痛み出す。
「痛っ!」
痛みで思わず剣を地面に落としてしまい、がらんと金属音が喧しく響く。
急いで剣を拾おうとした瞬間に、私の向かい側からもう一つの手が伸びて、剣を拾い上げる。
「えっ?」
私の目の前で、剣を手に取り、それを撫でるようにする女の子の姿。
「優香(ゆうか)……?」
幻なのか? だって、優香はもう……。
頭の整理が追いつかず、混乱してる私に、優香は聴き慣れた優しい声色で話しかける。
——嘘つき。
その瞬間、更に腕の痛みが増す。
「ち、違うの! あの時はただ、優香に……!」
——貴方の嘘が全ての始まりだった。
私は嘘をついたんだ。
あそこから、全てが崩れていった。
誰も望まない未来に、私は奏と優香を巻き込んだ。
「ごめん……ごめんなさい優香。私はただ、二人に幸せになって欲しくて……」
——あの時、いっその事、貴方が死んでしまえば良かったのに。
ああ、その通りだね。
そっちの方が、楽だったかもしれない。
優香は、私の喉元に剣先を向ける。
——死んで、償いなさいよ。
うん、そうするよ。
そして、優香は剣を勢いよく私の喉元に突き刺そうと振りかぶった。
「トワ!!」
はっと、我に返る。ここは、どこだ?
「何やってんだお前!」
何って……。
視線を落とすと、私は剣を自分の喉に突き立てようとしていた。
「ひっ!!」
恐怖で剣を投げ捨てる。
地面に転がる剣は、その刀身を煌めかせる。
「私、一体何をしようとして……!?」
後数秒気がつくのに遅れていたら、私は自分を……?
視界がぐっと明るくなり、四体ものゴブリンから私を守りつつ相手取る、ラウルの姿が映る。
そうだ。私、戦わなくちゃ!
ロングソードを拾い上げようと、手を伸ばす。
——死んで償いなさいよ。
「あ」
情けなく漏れた私の声。剣を掴みかけたその右手が、がくがくと激しく震える。
——これは、ダメだ。
「何やってんだ!」
「剣が、使えなくて」
私は目を見開き、ただ絶望するかのように剣を見つめて言った。
「お前! 何言ってんだよ! 自分で選んだ武器だろ!」
「使えないの!!」
——私、刃物が、剣が……怖いんだ。
「この土壇場に来て……お前何言ってんだ……!」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
視界が涙で歪む。無理を言ってついて来たのに、一人思い悩むラウルに少しでも話を聞けたらと、少しでも力に慣れたらとついて来たのに。
——何もできない。むしろ迷惑をかける。
あの時の様に。
私は、すっかり戦意を喪失して、その場にしゃがみ込む。
さすがのお節介なラウルも、呆れて見捨てるだろう。
——そうしてもらった方が、楽かも。
「なら! 今から言う言葉……覚えろ!」
「え……」
そう叫ぶラウルの声に、諦めの色は全く無かった。ゴブリンから辛くも距離を取り、その長ったらしい文を声高らかに叫ぶ。
「祈りの女神よ! 癒しの光を! 汝に発現せん!」
「……え?」
突然の厨二病の発症に、言葉を失う私。
「回復魔法の詠唱だ! イメージしろ! 俺のHPが回復するようにと! そのまま恥ずかしがらず全部言えよ!」
「ええ!?」
魔法!?
当然躊躇いを隠せないが、恥ずかしがってる場合ではない。戦えない私を見て、その中でもラウルが見出してくれた方法。
私は、思い出すように言い放つ。
「祈りの女神を! 愛しの光を! 汝に発現せん!」
「なんか違う!!」
その怒号と共に、大剣を薙ぎ払い、ゴブリンを一体倒す。しかし、既にラウルのHPは三割を切っていた。
——どうしよう。急がないと……!
「何が違うんですか!?」
「祈りの女神、よ! い! や! し! の光を!」
一体、こんな切羽詰まった戦闘中にどんなやり取りをしているだろうか……私達は。
私は、気恥ずかしさを押し殺して、もう一度叫ぶ。
「祈りの女神よ!」
すると、私の足元に光が集まり、その光が、どこかファンタジー映画で見たような魔法陣を浮かびあがらせる。
「癒しの光を!」
魔法陣から微かに暖かい力が体の内側に流れていくのを感じる。髪は揺れ、私の体は微かに光り輝き始める。
「汝に、発現せん!」
そして、身体中の光が私の元をゆっくりと離れてラウルの体に纏わりついた。
——これが魔法……。
しかし、ラウルのHPが回復したのは僅か一割程度。
「みみっちい回復力だが、まぁ…ねぇよりはマシだろ! そのまま続けてろ! MPが尽きるまで!」
「わ、分かりました!」
視界にあるMPの残量を確認すると、2割程度消費している事に気づき、後四回は使えると認識する。
「祈りの女神よ! 癒しの光を! 汝に発現せん!」
ひたすらに、さっきの回復魔法を何度も発動する。
回復を受けとったラウルは大剣を握り直し、残りのゴブリン三体に意識を向ける。
「よし……このまま押し切るぞ!」
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