自己中剣士

 それからというもの、もう知らねぇとか言ってた割には口を挟んできたラウルの言葉を参考に、胴以外は剣士用の防御力が高めの装備を買った。


「まぁ、胴が見た目の大半を占めるから、及第点ってところですね。至る所ガシャガシャしてうるさいですが」

「ピクニックするゲームじゃねぇんだぞ! てめぇの身を守るためだ! 我慢しろ!」


 私は「はぁい」と、不機嫌そうに口をすぼめて返事をし、すっかり手慣れた手つきでメニューを開いて時間を確認する。


「もう十二時なんだ」


 つまり、夢想世界で六時間経過した事になるが、現実世界では僅か三十分しか経っていない事になる。

 

 実感無いなぁ。


 実際ならもう起床の時刻まで時間は進んでいるはず。なんとも不思議な感覚だ。こちらの世界の時間の進むスピードが速く感じてるのか、はたまた、あちらの世界の時間のスピードを遅く感じてるのか。


「昼になっちまったな。飯でも食うか」

「ご飯!?」

「なにを驚いた顔してんだお前」


 ゲームの中で、ご飯とか食べるものなのか? と、私は率直な疑問を抱く。


「まぁ、俺も最初は少し不思議ではあったから、驚くのも無理ないか……」


 ラウルは目を細めた後、歩きながら話し始めた。私はその後を追いながら耳を傾ける。


「ここはゲームであって、夢の世界だ。当然、腹は空かねぇし、眠くもならねぇ、トイレも行きたくならねぇ。まぁ、トイレは関係ないが、この世界では食わなきゃならない理由と眠らなきゃならねぇ理由はある」

「理由……?」

「メニューを開いて、左下のゲージを見てみろ」


 私はメニューを開いて左下に目線を落とすと、二本のゲージがある事に気づく。

 活力と行動力と呼ばれるゲージだ。どちらも最大値が100まであり、私の活力は0、行動力は66と表示されている。

 

「この活力のゲージが0になると、自分のステータスが全て1になっちまう。行動力が無くなると、その場で意識を失って、生きていれば、一時間後に目覚める」


 つまり、活力と行動力を回復する手段が必要という事になる。


「えっと、じゃあ、つまり……活力を回復するには食べる事。行動力を回復するには寝ることが必要って事ですか?」


「お前にしては理解が早いな。そう言う事だ。ちなみに活力は六時間で0になる。行動力は十八時間で0だ。ちなみに睡眠は一時間で約17回復する」


 まるで本物の人間の生活サイクルを体現しているかのようなシステムだ。

 つまり、長時間行動をしたいときはお弁当を持ち歩かなきゃいけないし、夜に活動したいなら、昼間に数時間睡眠を取らなければいけないという事になる。


「なんか、よくできてますね。つまり、私は今お腹ぺこぺこ状態って事か」

「そういうことだ。だから、さっさと飯食いに行くぞ」





 そして、やってきたのは酒場と呼ばれる場所。

 ラウルから聞いた話では酒場は各街に一つは必ず存在していて、食堂としての役割の他に、情報がたくさん行き交う場所な故に一番賑わう場所らしい。

 昼時もあるのだろうが、言葉通り、溢れんばかりの人が酒場でたむろしている。


「ほら、好きなの食え。金は稼げるようになったら返せよ」


 そう言って、ラウルはテーブルに座り、注文用の端末を私に渡す。


「いいんですか!? ありがとう!」


 お腹は空いていないが、こんな所でタダ飯食えるのはありがたい。更に、この世界では太らないというオマケ付き。


「なににしようかなー?」


 うっきうきで表示されているメニューの中からミートソースパスタの項目を選ぶと、何も無い空間から突如として、熱々の湯気が立ち込めるミートソースパスタが出現する。


「すごーい! いただきます!」


 フォークで麺をミートソースに良くからませて口に運ぶと、なじみ深い味が口の中に広がる。


 凄い……! ちゃんとミートソースパスタだ!


 お腹は空かないとは言っても、やはり食事をしている時間は幸せのひと時だ。夢の世界でもそれは変わらない。


「お前、顔がブサイクになってんぞ」

「ぶさっ……! なんだと!」


 一方でラウルは、食事の時まで相変わらずの物調面だ。


「ラウルは何食べてるんですか?」

「ハニートースト」

「は……ハニーとーっ……!?」


 よく見ると、確かにはちみつをたっぷり染み込ませたトーストをくちいっぱいに頬張っている。


 物調面で。


「なんだお前! 見てんじゃねぇよ! 良いだろ別に! 甘いもの好きなんだよ!」

「その顔で……! 甘党とかっ!」


 私は堪えきれず、腹を抱えて笑う。その様子を、今にも噛み殺してきそうな殺意に満ち溢れた表情でラウルは私の事を睨んでいる。

 その時、酒場の中央付近で人が声を大にして叫んだ。


「旅パ募集中ですー! 後は近接アタッカーと、遠隔アタッカーです!」


 金髪の大きな盾を背負った鎧姿の青年が、酒場に訪れている人たちに声をかけている。

 その姿を細目で眺めながら、ラウルは呟いた。


「あいつ……」

「知り合いですか?」


 ラウルは私の質問を返す事無く、その眉間のしわを更に深く刻み、ハニートーストの残りを口に放り込む。明らかに不機嫌そうだ。


 何かあったのかな。


 すると、思わず近場を通った金髪の青年と目が合ってしまう。


「そこの君! 一緒に来ないかい!?」

「へ? 私!?」

「そう、腰の剣にその軽装……君、近接アタッカーだろ!?」

「そ、そうなんですかね!?」

 

 いきなり声を掛けられたものだから、どう対処すればいいか分からず目を泳がせていると、隣のラウルの存在に気づいた青年は、さっきまでの温和な表情はどこかへと消え、ラウルを鋭く睨みつけて言った。


「……ラウル、この子は君の連れかい?」

「ちげぇよ。ド初心者なもんだから少しだけ付き合ってるだけだ」


 対して、ラウルは目も合わせずに答えた。


「君が、初心者の面倒を見てるのか」

「悪いかよ」


 青年はまるで汚いものでも見るかのように冷淡な視線を送る。ラウルは何も言い返さずに、目を合わせず黙ったままだった。

 青年の取っている態度の意味が分からず、私は困った表情で話し始める。


「あの、事情は知らないですけど、私はこの人に助けられて……」

「ご馳走様。じゃあな、俺はもう行く」


 私の言葉遮ってラウルは立ち上がり、酒場の出口へ向けてスタスタと歩き始めた。


「ちょ、待って下さい!」


 急いで、その背中を追いかけると、後ろから青年は大声で叫ぶ。


「僕は忘れないからな! この自己中剣士が!」


 ——自己中剣士……?


 なぜラウルがそんな事を言われなきゃいけないのか。私の事を救い、色々お世話までしてくれた人だというのに。

 しかし、ラウルはその言葉になんの反応も示さず酒場を出た。





「どこ行くんですか!?」


 私は、無言で歩くラウルを追いかけて、ついには街の端っこまで来てしまった。


「狩りだよ」

「狩り……?」

「モンスター退治だ!」


 確かに言われてみれば、ここは初めて街に訪れた時に潜った門だった。ここを抜ければゴブリンの森に出る。


「お前の世話してたらすっかり時間食っちまったしな。そろそろ本業に専念させてもらう。後はお前一人でもなんとかなるだろ」


 そう言って、ラウルは再び門の方へと体を向けて歩き出した。

 やはり、さっきの青年と何かがあったのだ。様子がまるでおかしい。あれだけ気が強いラウルが、青年にあれだけ侮辱されても何も言い返さないのは、どこか引っかかる。


 なんとなく、放っておけないんじゃん。


「わ、私も行きます!」

「は?」

「ほら、モンスター退治。戦い方については、まだ何も教えて貰ってないですし、これから、ラウルみたいに親切な人と出会えるかわからないですし……」

「うるせぇな。後はてめぇで何とかしろ」


 私の事を見ずにそう吐き捨てると、またスタスタと歩く。


「お、お願いします! なるべく邪魔にならないようにするから!」


 私は、両の掌をくっつけて嘆願する。

 嘘はついてなかった。戦闘について教えて貰いたいのは本当の事だ。

 だけど、乱暴者で、口が悪いけど、本当はお節介で優しいラウルが、何故あれほどまでに敵意を向けられてしまっているのか。

 なぜ何も言い返さないのか。

 自分の利益を踏み倒して、私の事を助けてくれたラウルが……。


 ——自己中剣士とか言われたの……ちょっと悔しいじゃん。


 私は目をぎゅっと瞑り、静かにラウルの返事を待つ。


「……お前の事、守ってやる余裕はねぇからな」

「やった……!」


 私は大喜びでラウルの後を追って、森の中へと消えていくのだった。

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