ゲーム初心者

 街を歩きながら、基本的な事をラウルから説明を受けた。


 そもそもこの街はカナルという街で、新規のプレイヤーが最初に拠点にする街。

 この街の教会の大広間で新規はログインされ、そこから表示されるチュートリアルに沿ってゲームを進めていくのがセオリーだという事。


 私は運悪く、放流民と名付けられたゲーム側のバグに巻き込まれ、街外れのゴブリンの森でログインしてしまい、チュートリアルもそれの影響で全スキップとなってしまったらしい。


 ちなみに、先ほど私を襲った緑の化け物達はゴブリン。名前だけなら聞いたことはある。

 そして、一際大きかったのがゴブリンの森のエリアボスという存在であるゴブリンリーダー。


 エリアボスというのは、区分別に分けられた土地(エリア)の中で一体しかいない一番強い敵……という意味らしい。もちろん、倒した時の報酬も豪華な為、強敵ながらも挑んでいくプレイヤーも多いという。

 倒されると、リアルタイムで次の日にまた復活する。つまり、夢想世界で三日を終えて、また深夜零時に現実世界からログインすると復活するという仕組み。


 だから、ログイン早々ラウルは、誰かに倒される前にエリアボスを倒す為、単身ゴブリンの森で捜索後、それに襲われている私を発見……という流れ。


「全く、お前さえあの場にいなければ俺は今頃、エリアボスを倒して報酬を……」

「それは、ごめんなさい」


 ラウルはそんな憎まれ口を叩くが、それでも私の事を優先して助け出してくれた。

 今だって、事情を知ったら色々教えてくれているわけなのだから、根は真面目で良い人なのだろう。

 少し歩くと、広場に辿り着いた。恐らく街の中心であり、大きな噴水がそびえ立っている。

 ラウルはそこのベンチに腰掛けると、私にも座るように促す。


「俺もこのゲームを始めて、まだ夢想世界で四日目だ。つまり今日が二回目のログインで、お前と同じ初心者なんだ。だから、分かる範囲で教える」

「そうなんですね。もっとベテランの人なのかと」

「ベテランがこんな所でゴブリンなんか倒してるかよ」


 確かに、ここは初心者の街と言った。

 ベテランはもっと強い敵がいる場所で、戦っているのだろうか。


「お前にはまず、このゲームの基本操作について教えてやんなきゃいけねぇ」

「操作って……何を?」


 ゲームの操作という言葉から連想されるのは、コントローラーのどのボタンを押すと攻撃できるかとかそういうイメージだ。

 しかし、このゲームはコントローラーなど存在せず、自分の体を動かしてるのは自分だ。


「お前、恐らくゲームなんてほとんどした事無いだろ?」

「はい」

「メニューって言われてもイマイチ分からないか?」

「うんと、コントローラーの真ん中あたりを押すと出てくるやつですか?」

「……的を得てはいるが、本当にゲームあまりした事無いんだな」


 ラウルは先が思いやられるといった感じで、鼻から溜息を出すと説明を続ける。


「まぁ、それだけイメージできてれば十分だ。いいか、このゲームはゲームであるが、夢でもあるんだ。夢ってのは、俺たちの記憶や想像で作られている。なんとなく理解できるな?」


 私は頷く。

 夢想現実と言ったこの世界。私は、今、ゲームをする夢を見ている状況に近いという事だろう。


「だから、想像しろ。目の前にメニュー画面が表示されるイメージを」

「想像する……」


 私は、なんとなくイメージしてみた。自分の目の前にメニューの画面だけが、ぱっと表示されるイメージ。


 ——こんなんでいいのかな?


 すると、突然胸元に半透明の画面が展開され、私の目の前に表示される。


「す、すごい! 出た! 出たよ! 見えますか!?」

「はしゃぐな! うるせぇな! 後、他人のメニューは見えないようにできてんだよ!」


 青白く光を放つ謎の半透明の画面が宙を浮いている。なんとも不思議な感じだ。他人には自分のメニューが見えないのは、プライバシーを守る為なのか……。


「そのメニューを出した今の感じ……忘れるな。このゲームにおいて想像ってのは、基本中の基本だ。普段の生活から戦闘中まで、ありとあらゆる場所で想像が必要になる。ここは、想いが形になる世界なんだ。まぁ、システムで許された範囲でだがな」

「想いが……形になる」

「メニューの操作については普通のゲームと変わらん。これは実際見てみた方が早いだろ。分からない事があったら聞け」

「はい、ありがとうございます」





 ラウルから一通りメニューについて教えてもらった。

 要するに、メニューはこのゲームをプレイするのに欠かせない便利機能の集まりというわけだ。


 「いっぱい機能があり過ぎて、逆に訳分からなくなりました」

 「頑張って覚えろよ……ったく」


 なんとなくメニューを指先で操作して、装備の項目を選ぶ。すると武器、頭、胴、手、腰、脚、足と、また項目が広がる。


 そういえば、私、いつまでこんな格好してるんだろ。


 どうやら私が装備しているのは、胴の町娘の服と、腰のレザーベルトと、足の町娘の靴のみで、武器と頭と手、そして脚は装備されていない扱いになっている。

 正直服装が簡素すぎて、寝間着のまま外を出歩いている感覚だ。もっとちゃんとした布地の服が欲しい。


「あの、この街に服とか売ってる所無いんですか?」

「あ? 服って……武具屋ならあるぞ」


 すると、ラウルは私の姿を持ち前の目つきの悪さで見つめる。


「な、なんですか? このワンピース丈短いからあんまり見られると恥ずかし……」

「確かにお前、まずその装備を何とかしなきゃだな」


 ラウルは少し考え「はぁ……」とため息を吐いて言った。


「ここまでしたんだ。面倒だが、最後まで面倒見てやる」


 そう言って、ラウルはベンチを下りてすたすたと歩き始めた。


「え、どこ行くんですか!?」

「武具屋だ!」


 私も慌ててベンチから飛び降りて後を追う。

 あんなにめんどくさそうにしていたのに、なんだかんだ最後まで面倒見てくれそうだ。


 本当はお節介なのかな? そういう性格?


 なんにせよ、何も知らない私に色々教えてくれるのはありがたい。

 私は、ラウルのそのお節介の性格にあやかる事にした。





 辿り着いた武具屋も、至って簡素な建物だった。


 病院の時もそうだったけど、お医者さんとか店員さんとかいないんだなぁ。


 ほとんどシステム的なもので解決できる為、人はいらないという事なのか。それとも、人が用意できない理由があるからなのか。


「そのシステムコンソールから買い物できる。メニューに表示されている自分の所持金と相談して買えよ」


 そう言って、ラウルは十台くらい並んでいる機械端末を指さす。

 やはり、病院の時のカプセルもそうだったが、西洋風の石造りの内装の中に異質さを放つ硬質な近未来的な人口物。

 

「なんか、世界観がおかしいですね」

「ふん、まぁそう思うのも無理ないな。このゲームはNPCが用意できないんだ。だから、買い物みたいな事務的な取引はこんなものを置いておくしかねぇわけだ」

「NPCって?」

「ゲーム側の作られたキャラクターの事だ。ったく……いちいちそんな基本的な単語の意味教えてたらキリねぇぞ……」


 愚痴をぶつぶつと言いながら、ラウルは端末を操作しながら私に質問する。


「お前、武器を何にするとか決めてんのか?」

「え? 武器?」

「そうだよ! 武器だよ! 武器が無きゃ戦えねぇだろ!」


 そっか、武具屋だから武器も売ってるんだ。


 私は完全に服を選びに来た心持ちでいてしまった為、すっかり武器の事は頭から抜けていた。


「お前さ、これがどんなゲームなのか知っててやってるのかよ」

「し、知ってます! 戦うゲームですもんね! 武器無きゃ戦えないですし!」

「お前大丈夫か?」


 ラウルは、呆れを通り越して不審感すら感じてるのか、気に入らなそうな顔で首を傾げている。


「そ、そうだ! 剣! 剣でいいです!」


 とりあえず、当たり障りないものでも買っておけば間違いないか。


「剣って……お前の初期の所持金と相談したら、一番安いロングソードだが……」

「それ! それにします!」


 私は、いそいそと端末を操作して、表示されているロングソードを選択して購入する。

 

「即決だな。確かに一番初心者向けかもしれねぇが……剣使うなら装備はこんな感じか」


 ラウルはひょいひょいと、慣れた手つきで装備を選んでいく。


「ほら、これ全部試着してみろ」

「へぇ、試着とかあるんだ! 便利ですね!」


 私は、早速端末を操作して試着の項目を選ぶと、身体中の装備の感覚が消えて光に包まれる。


「え!? まって! 今の私、体感だと完全に全裸ですけど!? 大丈夫ですか!?」

「うるせぇな! 周りにも客いるんだよ! 騒ぐな! 見えてねぇから安心しろ!」


 そして、私の体を包む光が消えた瞬間、肩から全身にかけてずしりと重くなる。


「お、おも……!? ちょっとなんですかこれ!?」


 全身赤褐色の金属でできた堅苦しい甲冑姿になった私を見て、ラウルは真顔で言い放った。


「お前、甲冑死ぬほど似合わねぇな」

「甲冑なんて着ませんよ!」


 私は急いで試着をキャンセルし、元の装備に戻す。


「甲冑は嫌です! もっと動きやすいやつにして下さい!」


 ラウルはその返事が分かってたかのように、大きくため息を吐いて端末をいじり直す。

 そんなラウルみたいにガシャガシャ動きづらそうに音を立てながら歩きたくない。そしてなによりかわいくない。


「……それなら必然的にアタッカー用の剣士装備になってくるわけだから、なるべく軽装になるな。盾も機動力下がるから装備無しとして……」


 ラウルはひょいひょいと慣れた手つきで装備を選んでいく


「ほら、これならどうだ。機動力重視だ」


 私はもう一度試着の項目を選ぶと、再度私の体が光に包まれる。


「あれ?」


 しかし、今度はあまり服を着たという感触が感じられない。


「ま、まって! これ、布面積が……!」


 私が着せられたのは、ほぼビキニと言ってもいいほど露出度の高い装備だった。


「アタッカーならそれが一番ステータスが優秀な装備だ」

「アタッカーとかどうでもいいですって! 普通のやつでいいですから!」


 私は急いで試着をキャンセルし、元の装備に戻す。


「注文が多いやつだな! そもそもお前が思う普通ってなんだよ!」

「分かりました! もういいです! 私が自分で選びます!」

「勝手にしろ!!」


 そう言って、私は結局自分で端末を操作して装備を選び始めると、不機嫌そうにラウルは腕を組んで私の事を睨みつけてくる。


 ——私は性能うんぬんよりも、着てて恥ずかしくない服にする!


 そう思い、売ってる装備の一覧を指でひたすら下へスクロールしてみるのだが、そこはさすがゲームの世界。私の思う普通の服が見当たらない。


「なにこれ。服っていうか、衣装じゃん。ニットとかボーダーとか無いんですか?」

「あるわけねぇだろ! ユニ〇ロじゃねぇんだから!」


 こんなのコスプレして出歩くようなもんじゃん……。


 ならば、その中でもなるべく目立たないのにしようと考えた私は、レザーコートという装備に目が留まる。

 早速試着してみると、何故かインナーに硬い金属の胸当てみたいなものと、同じ金属の肩当てみたいなものまで付いている事以外は、まぁまぁ普通の膝上まで丈がある革のコートだ。


「これでいっかぁ……」


 少々気にはいらないが、それを購入する。


「お前、それはレンジャー向け装備だぞ。ダメとは言わないが……」

「なんですか、レンジャーって」


 ぷいっと、ラウルの言葉を一蹴すると、呆れ顔で「もう知らねぇ」と呟いた。

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