ゲームを始めるにあたって

「で、私にゲームの設定のやり方を教えてほしいと」


 その夜、私は例のゲームをプレイする為に玲華に電話をかけていた。

 と言っても、このゲームをプレイして奏と面を向かって会おうだとか、話そうだとかは思っていない。

 こっそり遠くからでも、姿さえ見られれば。

 奏がゲームの中でだけでも楽しそうにしてる姿を見る事で、私は安心したかっただけなのかもしれない。


「昨日はあんなに興味無さそうだったのに、どういう風の吹き回しなのかしら」

「いやぁ、ちょっと調べたら面白そうだったし? 玲華も熱心に誘ってくれていたわけだし? 少しやってみようかなって?」

 

 正直な話、ゲームの事は全く調べていないが、せっかく誘ってくれたのにゲーム自体に興味が無いとは、教えを請う立場上、玲華には言えなかった。

 それに、私はこのゲームをまともに遊ぶつもりは毛頭ないのだから。


「そんな熱心に誘った記憶も無いのだけど……まぁ、いいわ」


 突然の私の心境の変化に玲華は少し疑問を抱いているようだったが、特に気にする様子も無く淡々とした口調で説明を始めてくれた。


「まず、私があげたゲーム機は手元にあるわね?」

「うん、このカチューシャみたいなやつでしょ?」


 手元にある見慣れない形のゲーム機。恐らく、形的に頭に装着するものだとは想像できるのだが……。


「その機械の名前はアデリア。このゲームをプレイするにあたっての最重要機械だから失くさないように。茜はすぐ物を失くすから」

「さすがにこれは失くさないよ。白いし見つけやすいもん」

「失くした時の話してるわよそれ」


 その言葉に苦笑いをかます私。

 確かに、私はあまり整理整頓は得意な方では無いが、さすがにこれは失くさないだろう、多分。


「そのアデリアについてるUSBケーブルをパソコンに挿すとウィンドウが表示されるわ」


 言われた通り、機械をいじりなれてないおぼつかない手つきでUSBケーブルを挿し込むと、パソコンにソルニウス・オンライン初期設定と表示されたウィンドウが開く。


「玲華、出たよ」

「後は画面の指示に従って事を進めていくわよ。正直結構長くなると思うから時間は大丈夫?」


 一応、家の事と自分の身の回りの事は全て終わらせておいた。私は「大丈夫」と返して、玲華の説明の続きを聞く。


「一応言っておくけど、設定が終わってもすぐにゲームができる訳じゃないから」


 玲華のその言葉を聞いて「どうして?」と、電話越しに首を傾げながら尋ねる。


「サーバーが開くのは……ゲームができるようになるのは、日付を跨いだ深夜零時からなのよ」

「ええー! 私、もうとっくに寝てる時間だよ!」


 電話越しに、自分でもやかましいと思う声量を出してしまう。明日は講義がある。今日は遅くても二十三時には寝たいのだ。

 少しの間を置いて、呆れたような玲華の声色が電話から返ってきた。


「……だから、寝てていいのよ」

「何言ってんの? 寝てちゃゲームできな……あっ」


 不意に昨日玲華がこのゲームについて説明していた事を思い出す。

 夢想現実という夢の世界。

 夜寝るときにしかできないゲーム。


「……寝なきゃできないじゃん!」

「昨日の私の話、やっぱり流して聞いてたのね」


 玲華は呆れた声で再び淡々と話し出す。


「寝る前にアデリアを起動して頭につけるのを忘れない事。寝てても零時になった瞬間に自動的に夢想世界に入れるから、安心してアホ面かまして寝てればいいわ」

「あの、やっぱり玲華さん怒ってらっしゃいます?」


 いつもと変わらない淡々とした口調なのは変わらないが、言葉にどこ知れぬ怒りを感じる。


「ゲームができるのは零時から朝六時までよ」

「六時になったらゲームできなくなるの?」

「そういうこと」


 ゲームをほとんどやらない私でも、変わった運営法のゲームなんだなと分かる。しかし、私にとって一日六時間もゲームするなんて十分過ぎる。

 一時間くらいしたら今日は切り上げよう。


「後、一度夢想現実に入ったら、基本は六時までこっちに戻ってこれなくなるから」

「……え?」

「後、夢想現実での六時間はリアルタイムの三十分。つまり、三日は夢想現実で生活するという気持ちでいるのよ」

「はぁ!?」


 淡々とした口調で、次々に衝撃的な事実が私の耳に入り、もはやどこからつっこめばいいか分からなかった。

 

「三日間、ずっとゲームしっぱなしってこと!?」

「体感の話よ。さすがにリアルの体に何か異常が起きたりすれば強制的にこっちに戻されるけど、一応寝る前にトイレは済ませておくことよ」


 私は何を話していいか分からず口をぱくぱくさせていた。

 現代の科学がそこまで進歩していた事に驚きを隠せなかった。というか、こんなすごい発明はゲーム以外にも生かせる事があるのではないだろうか。


「じゃ、設定を進めていくわよ」

「よ、よろしくお願いします」


 未だに頭の処理が追い付かない私をよそに、玲華は設定の仕方について相変わらずの淡々とした口調で説明していくのだった。





 一時間後。


「これで設定は終わりよ。お疲れ様」


 まさか分単位ではなく、一時間もかかるとは思ってなかった為、疲れ果てた私は机に頬をだらしなくつける。これだけ時間がかかったのも、私が何度も間違えて設定をやり直したりしたせいもあるのだろうが。


「長かった……」

「いくら普段ゲームしないからって、理解力無さ過ぎなんじゃないの?」

「玲華の言葉の言ってる意味が分からないんだもん……」


 電話越しにも聞こえる溜め息を吐く玲華。

 とりあえず分かったのが、このゲームでは自分の容姿体格はそのままになるらしい。個人情報の流出については責任を負えないと誓約書にネット上でサインをさせられた。

 しかし、これは私にとっては好都合だ。肝心の奏が、名前も容姿も別なら見つけようが無かったのだ。

 とりあえず無事に設定も終わって、なんだかんだ長時間付き合ってくれた玲華にお礼を言う。


「色々ありがとう。後は何とかなりそう」

「後は寝るだけだもの」

「そ、それもそうだね……」


 人がせっかくお礼を言ってるのに、いちいち憎まれ口叩かなくてもいいじゃん。


 なんて言葉が過るが、それを胸の内に留めておく。玲華の癖みたいなものだから仕方ないと割り切ってる自分がいるからだ。


「私も、暇があったらあっちで茜の事捜してみるから、会ったらよろしく」

「うん、本当にありがとう」

「いいわよ別に。元はと言えば私が誘ったんだから」


 なんて事を言いながら、少しだけその硬い表情を緩ませる玲華が想像できる。私は電話越しに「ふふっ」と笑いながら就寝のあいさつを告げる。


「おやすみ、玲華」

「おやすみ、良い夢を」


 そして、玲華の通話の終了を知らせるかのようにツーツーと端末から音が鳴る。


 良い夢を……か。


 不意にソルニウス・オンラインのパッケージに目が留まる。それに大きく書いてあるキャッチコピーのような文章。


 ここは、想いが形になる世界。


「想いが……形になる」


 ここに、きっと奏がいる。

 私は、アデリアを頭に装着し、ふかふかのベッドに身を預ける。


「疲れたぁ…」


 今日は色んな事があってすごく疲れた。寝付きの早さは問題無さそうだ。

 ゆっくりと目を閉じて、夢の世界に思いを馳せる。


 何が待ち受けているのだろう。


 私は少しの不安を抱えながら、その意識を闇の中に溶かしていった。

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