告白

「なあ西脇。ちょっと話があるんだけど、いいか?」


 それは体育の授業を終え、教室で着替えてる最中のことだった。


 僕は珍しく星村さん以外のクラスメイトに話しかけられた。社交性がなく、普段星村さん以外に話し相手のいない僕には、青天の霹靂と言ってもいい。


「僕はいいけど、どうかしたの、飯田君?」


 丁度着替え終わったので、了承する。


 僕に話しかけてきたのは、星村さん同様一年の時もクラスが一緒だった飯田君だ。一年の時はクラスメイトということ以外、特に接点もなく、それは二年になってからも今日まで変わらなかった。


 だというのに、いきなり僕に何の用だろう? あまり変なことじゃないといいけど……。


 僕が了承すると、飯田君は教室内をキョロキョロと見回してから、人のいない教室の端に移動すると僕を手招きした。


 どうしてわざわざそんなところに移動するのだろうか? という疑問を抱きながらも彼のところに向かう。


「いやあ悪いな、いきなり。ちょっと人には聞かれたくない話だから、ちょっと移動させてもらった」


「あ、うん。それは別にいいんだけど、話って何?」


 人に聞かれたくないということは、それなりに大きな話だ。


 けど、どうしてそんな重大な話を僕にしようとするのかな? 僕、飯田君とそこまで親しい関係になった覚えはないんだけど……。


「実は俺さ、今日……星村に告ろうと思ってるんだ」


「え……」


 飯田君の発言は、いったいどんな話をするのかと構えていた僕にとって寝耳に水だった。


「ほ、星村さんって……あの星村さん?」


「あの星村さんってのが誰のことを指してるか知らねえけど、俺が告白しようと思ってるのはクラスメイトの星村だな」


 つまり常日頃不幸な目に遭う僕を笑い、からかう、そんな僕のよく知る星村さんか。


「……どうして僕にそんな話をするの?」


「どうしてって、そんなの西脇が男子の中では一番星村と仲がいいからに決まってるだろ」


「え……」


 本日二度目の驚愕。僕と星村さんが仲がいい? 中々ユニークな冗談だ。柄にもなく笑ってしまう。


「ははは、面白い冗談だね。僕と星村さんが仲がいいなんて、誰が言ってたの?」


「誰がって……普段のお前らを見てれば誰でも分かるだろ。俺、星村が西脇以外の男子と話してるところなんて見たことないぞ」


 ……そういえば、僕も星村さんがクラスの男子と親しげに話してるところはあまり見たことがない。


 席が近いこともあってか、僕には頻繁に話しかけてくるけど、それ以外だとクラスの女子と話しているところぐらいしか見ない。


 本当にどうして僕だけには、話しかけくれるんだろう……? 前から思っていたことだけど、謎だ。


「ほ、星村さんのどこがいいの?」


「どこって……ほら、星村って結構可愛いじゃん。同学年でも五本の指に入るくらい可愛いよな」


「そう、だね……」


 普段からかいまくられてるから忘れがちだけど、星村さんは普通に可愛い。本人の口から聞いたことはないけど、きっとモテるだろう。


「でだ、星村に告る前に聞いておきたいんだけどよ、西脇ってもしかして星村と付き合ったりしてるのか?」


「はあ……?」


 付き合う? 僕と星村さんが?


 あまりに突飛な飯田君の発言に、目を丸くする。


「……僕みたいな地味な人間が、星村さんみたいな人と付き合えるわけないよ」


「だよな。星村が西脇みたいな陰キャと付き合うなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないよな」


 飯田君がさらりと酷いことを言う。ナチュラルに僕を見下してるのがよく分かる。正直好き放題言われて悔しくはあるけど、事実なので反論のしようがない。


 それによくよく考えてみると、星村さんと飯田君が付き合うというのは僕にとって悪い話じゃない。


 今までことあるごとにからかってきた星村さんも、彼氏ができれば僕にちょっかいを出すこともなくなるかもしれない。そう考えると悪くない……のかな?


「…………」


 なぜだろう、何かモヤモヤする。具合が悪いとかじゃないけど、胸の辺りが嫌な感じがして気持ち悪い。


 普段うっとおしいとすら思えるほど、星村さんは僕に構ってくる。


 それがなくなることを想像すると、少しだけ……本当に少しだけだけど寂しいと感じてしまう。どうしてこんな風に感じるのかは、自分でもよく分からない。


「なら、他に付き合ってる奴とかもいないよな?」


「…………」


「おい、西脇。聞いてるのかよ?」


「え? あ、ごめん。何だって?」


 しまった。ボーっとしていて話を全く聞いていなかった。


「だから、星村が他に付き合ってる奴はいないかって訊いてるんだよ。どうなんだ、実際?」


「ど、どうなんだろう?」


 星村さんの異性関係については、流石に僕も知らない。星村さんは、あまりそういうことに興味があるようには見えなかったけど……。


「何だ、知らねえのか。まあ誰かと付き合ってるって噂も聞かないし、多分今はフリーだろ」


 飯田君はそう結論付けた。


「色々と教えてくれてありがとな。俺、星村と付き合えるよう頑張るわ」


「ああ、うん……」


 意気込み語る飯田君に、ボクは曖昧に頷いた。






「…………」


 そして迎えた放課後。クラスメイトたちが教室を出ていく中、僕は一人席に着いたまま動かずにジっとしていた。


 ふと教室内をぐるりと見回す。……やっぱり星村さんの姿は見当たらない。多分飯田君が連れて行ったんだろう。


 正直、飯田君から告白の話を聞かされた後から、ずっと飯田君の話の内容が気になって残りの授業に集中できなかった。


 星村さんは飯田君のことをどう思っているのか、そもそも告白は成功するのか失敗するのか。そんな他愛ない考えが、僕の心をかき乱した。


 おかげで星村さんにも不審に思われてしまった。


 二人が今どこにいるのか探したい衝動に駆られるけれど、それは流石にやってはいけないことだ。飯田君にも失礼だ。


「……帰ろう」


 このまま教室にいたって意味はない。そう結論付けて、荷物をまとめてから僕は教室を出た。


 いつもより少し重たい足取りで下駄箱へ向かう。下駄箱の前まで来たところで、そこには意外な人物がいた。


「あれ、西脇君? まだ学校にいたの?」


「あ、うん。……そういう星村さんの方こそ、今から帰りなの?」


「うん、そうだよ。……そうだ、せっかくだから一緒に帰らない? 方向は一緒だし」


「僕はいいけど……」


 以前近所の公園で偶然遭遇した時も、互いの家が近いことを知った。だから、途中まで帰り道は一緒なので星村さんの提案に頷く。


 どうせ断っても帰る方向が一緒な以上、自然と一緒に帰ることになるし。


 僕と星村さんは下駄箱で上履きから靴に履き替えてから、校舎を出る。放課後になってから少し経ったせいか、下校する生徒はまばらだった。


「……そういえば今日、西脇君少し様子がおかしかったよね。どうして?」


「え……そうかな?」


「絶対にそうだよ。何か妙にソワソワしてて、明らかに様子がおかしかったよ?」


 まあ不審がられていたし、気になるのは当然か。けどソワソワしてた理由が星村さんが告白されると知ってたから、とは言えない。


「ええと、実は久し振りに星村さん以外のクラスメイト……飯田君に話しかけられたんだ」


 だから適当に嘘を吐くことにした。嘘とはいっても、飯田君に話しかけられたのは事実だ。


 飯田君の名前が出た途端、星村さんは少しだけ顔をしかめた。僕の知る星村さんにしては、珍しい反応だ。


「飯田君に……? もしかして何か嫌なことでも言われたの?」


「え、別に言われてないけど……何で?」


「…………」


 訊ねると、星村さんは押し黙ってしまった。心なしか不機嫌に見えるのは、僕の気のせいじゃないと思う。


 困ったな。こんな星村さんは初めて見るから、どう対応すればいいのか分からない。……いやそもそも僕は女の子の扱いなんて分からないから、どうせ何もできないか。


 互いに無言のまま、歩き続ける。僕と星村さんが一緒にいてここまで喋らないことなんて、今までに一度もなかった。だから少しだけ……気マズい。


「……今日さ、飯田君に告白されたんだ」


「…………!」


 唐突なカミングアウト。何の脈絡もなく言い出したことと、その内容に僕は驚きを隠せない。


「何か私のことが、一年の時から好きだったんだって。あんまり話したことないから、私全然知らなかったけど」


「へ、へえ、そんなんだ。……それで、何て返事したの?」


 適当な相槌を打ちつつ、僕は学校にいた時からずっと気になっていたことを訊ねる。


 当然、星村さんに答える義務はない。これは星村さんと飯田君、二人のプライバシーに関わることだ。気軽に聞いていいことじゃない。


「もちろん断ったよ」


 けれど当の本人は、聞いた僕の方が拍子抜けするほどあっさりと、そう答えた。


「り、理由を聞いてもいいかな……?」


 いけないことだと分かりつつも、訊いてしまう。


 だけど星村さんは特に気にした様子もなく、「いいよ」とあっさり頷いてみせた。


「別に特別な理由なんてないよ。ただ飯田君のことは、そういう目では見られなかったってだけ」


 大したことじゃない風に言ってるけど、言われた側からすればたまったものじゃない。だって星村さんの言ってることはつまり、異性としては見れないと言っていることに等しい。


 飯田君には、再起の機会すら与えられないということだ。……可哀想に。


「けどさ、その後フラれた腹いせなのか知らないけど、いきなり西脇君の悪口言い出したんだよ?」


「僕の?」


「うん、西脇君の。何か自分はダメなのに、どうして西脇君みたいな陰キャとは仲良くしてるのかとか、あんな地味な奴のどこがいいのかとか、酷いことばかり言ってた」


 何か随分と悪しざまに言われてるなあ。僕、何か飯田君に恨まれるようなことしたかな? 全く見に覚えがない。


「本当に酷いよね。元々付き合うつもりはなかったけど、断っておいて本当に良かったよ」


 不機嫌な様を隠そうともしない星村さん。彼女の怒りが言葉の端々から伝わってくる。


「もう、最悪だよ。何も知らないくせに、西脇君のことを貶して……」


「星村さん……」


 眉を吊り上げて表情にまで怒りを表す。今日ほど色々な表情を浮かべる星村さんを、僕はこれまで見たことがない。


 正直僕自身はあまり気にしていないけど、星村さんが僕のためにこれだけ怒ってくれてると思うと……少しだけ嬉しかった。


「……ありがとう、星村さん」


 僕は囁くような小さな声音で、星村さんに感謝を告げた。

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