幸運
――僕は日頃の行いという言葉が嫌いだ。
よく日頃の行いによって人の運は左右されるなんて話を聞くけど、あれは絶対に嘘だ。断言できる。
だって僕のこれまでの人生を見てほしい。常に不幸に見まわれて、幸運なんてものはどこにも転がってない。
僕の人生は、不幸と共にあると言っても過言ではない。別に何も悪いことはしてないのに、この仕打ちだ。日頃の行いで運が左右されるなんて、絶対にあり得ない。
さて、なぜ僕が突然こんな話をしたのか。これにはちゃんと理由がある。それは、
「おめでとうございます! 四等賞、大当たりいいいいいいいい!」
ハッピを着たおじさんがハンドベルを振り回し、カランカラン! というハンドベルの音をかき消さんばかりの大声を上げた。
「嘘……」
僕はそんなハイテンションのおじさんをガラガラの持ち手に手を置きながら、呆然と見つめることしかできないでいた。
――ことの発端は、今から十分ほど前のことだった。
場所は家から十分ほど歩いたところにあるスーパー。学校が休みの本日、昼過ぎに母さんに頼まれて僕は買い物に来ていた。
簡単な買い物だったのですぐに終わったけれど、会計の際に福引券を数枚もらった。店に入る時に福引をやっているのが目に入ったから、帰る前にせっかくだしやっていくかという軽い気持ちで福引券を使うことにした。
もちろん、当たることを期待していたわけじゃない。僕みたいな不幸の代名詞とも言える人間が、福引で当たりを引くなんてまずあり得ない。
……そう思っていた。ガラガラからハズレ以外の色の玉が出るこの瞬間までは。
何かで当たるというのは、生まれて初めての経験だ。十円ガムですら当たりを引いたことのない僕の初めての当たりが福引というのは、豪華すぎる。
生まれて初めての経験を嬉しいと思う反面、恐ろしくもあった。
だって考えてもみてほしい。常日頃不幸な僕がいきなり福引で当たりを引き当てるなんて、何かの前触れとしか思えない。
もしかしたらこの後、福引で当たりを出した反動で僕は死んでしまうなんてことも……か、考えただけでも恐ろしい!
「はい、四等の動物園のペアチケットです」
ハッピ姿のおじさんに白い封筒を手渡された。中身を確認してみると、おじさんの言う通り、僕が小さい頃に何度か行ったことのある動物園のチケットが入っていた。
正直、こんなのをもらっても使い道がないから困る。こういうのは本来、カップルなんかで使うものだろうに、どうして彼女いない歴=人生の僕が当ててしまうんだろう。
辞退したいけど、言い出せるような雰囲気ではないから受け取るしかない。
どうせなら、五等のお菓子の詰め合わせでも当たってくれた方が良かった。あれなら家族も喜んでくれる。
内心溜息を吐きたい気分になりながら、僕はその場を離れた。
「西脇君」
福引の列から少し離れたところで、名前を呼ばれた。誰なのかなんて、訊くまでもない。
僕は声のした方向に振り向くと、声の主の名前を呼ぶ。
「星村さん……」
「こんにちは、西脇君。こんなところで会うなんて、奇遇だね」
にっこりといい笑顔を浮かべた星村さんが、僕の前に立っていた。
「星村さん、どうしてこんなところに……?」
「買い物だよ。ちょっとお母さんにおつかいを頼まれたから、近所のスーパーに来たんだ」
そういえば以前公園で遭遇した時、家は近所だと言っていた。ここから例の公園もそう遠い場所じゃないし、公園の時同様偶然会うなんてのもあり得ないことじゃない。
「それにしても、西脇君が福引で当たるなんてねえ……明日は槍が降ってくるかも」
「……見てたんだ」
微妙に反論できないのが、少しだけ悔しい。槍は大袈裟だけど、雷雨ぐらいならあり得る。明日も休日だから、外には出ないようにしておこう
「うん、バッチリ見てたよ。どうせ全部ハズレでポケットティッシュだらけになるだろうと思ってたから、からかう準備をしてたんだけど無駄になっちゃったね」
「…………」
……ちょっとだけ当たって良かったと思ってしまったのが悔しい。
「それで? 西脇君はそのチケットどうするつもりなの? ペアチケットだけど、誰か誘う相手とかいるの?」
「……星村さん、分かってて訊いてるでしょ?」
「うん」
何て清々しい笑顔で答えるんだろう。とても悪意ある質問をした人間には見えない。
けれど星村さんの言う通り、僕には動物園に一緒に行ってくれそうな相手に心当たりはない。妹なら喜ぶかもしれないけど、勝手に動き回って迷子になる可能性大だから、誘う気になれない。
「はあ……」
使わずに捨てるのは流石にもったいないし……こんなことなら誰かに押し付けてしまいたい。……いや、待てよ?
「……ねえ星村さん、動物園に興味はある?」
「動物園? 最後に行ったのが小学生の時だから、ちょっと気にはなるけど……もしかして西脇君、私のこと誘ってる?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ」
「…………」
「あの、星村さん? 僕の足を蹴るのやめてくれない?」
懇願したにも関わらず、執拗に僕の足を蹴り続ける星村さん。何だかちょっとだけ怖い。僕、何か星村さんを怒らせるようなことをしたかな?
星村さんは、僕の足への攻撃を一向にやめる気配がない。大して痛くもないから、とりあえず無視して話を続けることにする。
「……星村さん、良かったらなんだけどこのチケットもらってくれない?」
そう言って、封筒ごとチケットを星村さんに差し出す。
すると星村さんは、足への蹴りをやめて目を丸くした。
「え、いいの……?」
「うん、僕には使い道がないし。星村さんが誰か仲のいい人を誘って一緒に行ってあげてよ。多分それが一番いい使い方だと思うし」
星村さんは僕と違って友達も多いはずだ。きっと僕よりも有効活用してくれるはず。これなら互いに得をする。まさにwin‐win結果だ。
「……そっか。じゃあ遠慮なくもらうね」
少し考えるような素振りを見せた後、星村さんは僕の手から封筒を受け取ってくれた。
これで目的は果たした。僕は家に戻るためにこの場を離れようとするけど、その前に星村さんが話しかけてきた。
「ところで西脇君って、来週の土日暇かな?」
「……多分何も予定はないと思うけど、それがどうかしたの?」
質問の意図が分からず、問い返す。
すると星村さんは笑みを深めながら答える。
「ならさ、一緒に動物園に行ってくれない?」
「え……?」
まさかの発言に、間の抜けた声が漏れてしまった。星村さんが僕を動物園に誘うって……いったい何の冗談なんだろう?
仮に行くとしたら僕のあげたペアチケットを使うんだろうけど、どうして僕を誘う? 意味が分からない。
「ええと、どうして僕を誘うのかな? 仲のいい人と行ってって言ったはずなんだけど……」
「うん、西脇君確かにそう言ってたね」
「なら――」
「だから西脇君を誘ったんだよ。何かおかしいこと、あるかな?」
僕の言葉を遮り、星村さんはさも当然のことのようにそう言った。
よく臆面もなく言えるものだ。僕は言われただけで、ちょっとだらしない笑みが溢れそうになったのに。
「ク、クラスメイトの子とかは? 星村さん、僕なんかよりも仲のいい子いるでしょ?」
「まあ一応いるけど、高校生にもなって動物園に行きたがる子はいないかなあ……」
確かに動物園なんて、大きくなると行かなくなるものだ。僕だって最後に行ったのはずっと昔のことだし。
「それにこのチケットは元々西脇君が当てたものなんだし、行くならやっぱり西脇君とがいいな」
「星村さん……」
「それとも西脇君は、私と行くの嫌?」
星村さんが少し距離を詰めて、ジっと僕に視線を合わせてくる。
「べ、別に嫌じゃないよ……」
星村さんと至近距離で見つめ合うのが恥ずかしくて、視線を逸らしながらぶっきらぼうに答えた。
星村さんは僕の返答に満足したのか、笑みと共に距離を取る。
「じゃあ、来週の休みに行こうね。集合場所と時間は……また今度一緒に決めようか」
一方的にそれだけ言い残して、星村さんは僕を残してその場を後にした。
僕は、星村さんが去るのを呆然と見送るしかなかった。
まさかちょっと買い物に出ただけで、星村さんと動物園に行く約束をすることになるとは……人生とは何が起こるか分からないものだ。
それにしても、星村さんと二人だけで動物園か……想像しただけでも緊張してきた。
これまで僕は友達と遊んだことはあまりない。しかも相手が異性の星村さんともなれば、緊張するのは仕方のないことだ。
ん? 女の子と二人だけで……? これってもしかして……、
「……デート?」
今更ながら、僕はとんでもないことに気付いてしまうのだった。
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