第6話:エチェバル辺境伯家エドガー卿

「待ってくれ、聖女ルイーズ、俺も一緒に連れて行ってくれ」


 聖女ルイーズがボークラーク王家から追放された翌日、実際にはボークラーク王国が聖女ルイーズに見捨てられた翌日、王都からエチェバル辺境伯家エドガー卿が追いかけてきたのだが、影龍達はその邪魔をしなかった。


「ああ、エチェバル辺境伯殿ですか、いけませんよ、エチェバル辺境伯殿。

 私は王家から聖女の身分を剥奪されたのですよ。

 私を聖女と言ったら、国王や有力者に睨まれますよ」


 人間社会の事、特に貴族社会の事に全く興味がない聖女ルイーズだが、そんな彼女でも勇猛果敢だとか大陸随一とか称される、エチェバル辺境伯の事は知っていた。

 血統至上主義のボークラーク王国にあって、武勇の実力だけで辺境伯の地位を手に入れた規格外の叩き上げの元平民だ。

 十三歳で少年志願兵となり、三十年の長きにわたり無敗を誇っている、人族よりは巨人族と言われた方が納得できる巨躯の持ち主だ。


「いやいや、最初からずっと睨まれていますから、今更ですよ。

 それよりもどちらに行かれるつもりですか、行くところが決まっていないのなら、私の領地に来ませんか」


 エチェバル辺境伯は国王の事も有力貴族の事も全く意に介していない。

 さすが十万の敵軍を一人で追い返したと言われる剛勇無双の漢だけある。

 そんな漢が、聖女ルイーズの前では思春期の男の子のようにモジモジしている。

 誰がどう見てもエチェバル辺境伯が聖女ルイーズに恋しているのが明らかだ。

 四十三歳のエチェバル辺境伯が、十八歳の聖女ルイーズに恋心を抱いて近づくのを、影龍達は邪魔をしない。

 エチェバル辺境伯はよほどの好漢なのだろう。


「エチェバル辺境伯の領地は大魔境の手前でしたね?」


「はい、居住可能な領地は狭いですが、大魔境を領地とされていますので、大魔境から得られる魔獣でとても豊かですよ」


 三十年もの長きにわたり、王国を守護してきた守護神ともいえる大将軍に、辺境伯に相応しい領地を与えない、なんと下劣な国なのだろうか。

 多くの国がそんなエチェバル辺境伯を味方に加えようと、地位や領地や財宝を提示したが、エチェバル辺境伯はそんなモノには興味を示さなかった。

 エチェバル辺境伯が大切にしてきたのは、戦友とその家族だけだった。

 大切なモノを護るためには、隣国の誘いに乗る事はできなかった。


「そうですか、でも私には護るべき人達がいます。

 彼らに食べ物を与え住む家を与える必要があります。

 エチェバル辺境伯にそんな事は頼めませんから、お断りさせていただきます」

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