第11話因業が消える時

 ついに大会の日が来た、俺は最後のウォーミングアップを終えて試合会場へ向かった。会場は名古屋市体育館、栄駅からは徒歩とバスで約三十分だ。

「竜也、調子はどうだ?」

 ドラゴンがバスの座席に座る俺に語りかけた。

「ああ、問題無い。」

「セレナに会えなくて辛いのかと思ったが、問題無さそうだ。」

「だから、俺はあいつに惚れてねえよ。」

 ドラゴンの戯言にぼやきながら、セレナを思い浮かべた。そしてバスを降りた俺は

歩き出して、名古屋市体育館に到着した。

「来たか、竜也。」

 下田がいった。

「竜也は第二試合からの出場だ、気合い入れろよ。」

 当然のことを言いながら、下田に背中を叩かれた。俺はジャージを脱いで、グローブを装着した。




 そして俺の出番が来た、コールに呼ばれてリングに上がる。

「赤コーナー、愛知の巨竜・タイラント城ケ崎~!」

 リングの中央で両手を広げる、つまみを一気に回すように会場のボリュームが上がった。

「青コーナ、リングに降臨しなまはげ・井山鬼助~!」

 対戦相手もリングに上がりパフォーマンスをした、下田いわく井山は秋田県出身でご当地選手として名を売っている。

「さあ、両者がリングに上がりました。果たして勝つのは、愛知の巨竜か秋田のなまはげか!!」

 俺は井山の視線に合わせるように、井山を睨んだ。

「レディー・・・ファイト!!」

 試合が始まった、互いにファイティングポーズをとって身構える。ジャブをしたのは俺だ。拳は井山の左頬にきまったが、井山は怯まない。すぐさま井山のジャブが、俺の顔面に入った。俺は直ぐに井山の肘を捉えて、腕坐三角固うでひしぎさんかくがためをきめた。井山の顔が痛みで少し歪んだ。

「いいぞ!そのまま、あいつの腕を痛めつけろ!!」

 下田の怒声が耳の端から聞こえる。俺は巻きつくヘビのように、井山の肘を離さなかった。するとレフェリーが指示を出してきた、井山はギブアップしたようだ。

「カンカンカンカン~!勝者・タイラント城ケ崎っーーー!」

観客の歓声が大きく響いた、俺はリングから降りる。

「よくやった、竜也。なまはげも大したことなかったな。」

下田の鷹揚な声が聞こえた。





十分程して俺の第二試合が始まった。

「赤コーナー、愛知の巨竜・タイラント城ケ崎~!!」

「青コーナ、不屈のヒグマ・熊田勇次郎!!」

俺と一緒にリングに上がったのは、背丈が同じくらいの男。下田によると、本名は愛田優二という。

「おい、タイラント城ケ崎!!俺はこの時を待っていたぜ、お前のうどの大木な図体に爪痕を残してやる!!」

熊田が大声で俺に言った、この試合は巨漢対決ということで観客の盛り上がりは人一倍だ。

「だったらてめえにトラウマを植え付けて、ヒグマをテディーベアにしてやる」

俺と熊田のマイクパフォーマンスに観客は熱狂した。

そして互いに闘争心をむき出しにして睨みつけた。

「レディー・・・ファイトーーッ!!」

ゴングの音が鳴ると、互いにジャブを出した。

熊田のパンチは強く、右頬がえぐられるようにめり込んだ。

俺は態勢を立て直して肩固めを決めにいった。

しかし熊田はそんな俺にのしかかって、倒すと絞め技をきめた。

「竜也、しっかりせい!!」

下田のかけ声がリングから聞こえる。

首から苦しみがじわじわと伝わってくる。

俺は何とか振り払おうとするが、熊田の力は強くなかなか離れられない。

『竜也、ここで使うか?』

ドラゴンが語りかけてきた、でもここで使うのは嫌だ。

「ワン・トゥー・スリー・・・」

レフリーのカウントが始まった、このままではサブミッションで負ける。

意識が遠のいてきた・・・、するとその時、

【負けないで!!】

という声が聞こえ、俺の全身に力がみなぎった。

「うおおおお!!」

「な、何・・・!!」

俺は腹筋をフルに使って熊田を押し上げるように起き上がった、そしてそのまま熊田を地面に倒した。

「おお!!ファインプレーだ、いいぞ城ヶ崎!!」

下田の声が大きく響いた。

「ぐっ、決まったと思ったのに・・・。」

熊田はすぐに立ち上がって、正拳突きを放った。

俺はフットワークでかわすと、熊田の左頬にパンチを決めた。

そこからは互いに打撃の打ち合いになり、「互いのどちらが勝者かわからない」という事実が熱を帯びて、観客の心を震わせた。

「いけーっ、竜也!!」

「熊田、負けるんじゃねえぞ!!」

互いに顔は赤く腫れあがり、ダメージの蓄積を全身で感じていた。

【竜也、やっつけろ!!いけーっ!!】

あの声がまた聞こえた、勝ちに行くならこのタイミングしかない。

熊田のパンチに満身創痍の体で持ちこたえると、肘打ちで熊田を倒し、熊田の腹筋に強烈な鉄槌をした。

熊田は鉄砲に撃たれた熊のように伸びてそのまま動かなくなった。

レフリーのカウントが進み、「テーン!!」の声がリングに響いた。

「決まった―――っ、死闘を制したのはタイラント城ケ崎・城ヶ崎竜也選手!!」

観客の歓声が俺への祝福としてリングに響きわたった。

俺は鉄槌を決めるまでの無意識から解き放たれ、自分の勝利を認識した。

「勝ったのか・・・。」

『そうだ、我の力を使わずにしてな。見事な大逆転勝利だった。』

ドラゴンが俺を褒めた。

【かっこよかったよ。】

またあの声が聞こえた。

【でも・・・、これでお別れだね・・・。楽しかった、最後に会えてよかった・・】

この言葉を最後に、声は止んだ。

そしてその声に俺は覚えがあった・・・。

「セレナ・・・、ありがとう」

俺はリングから降りると、後輩たちが俺を取り囲んだ。

「すごいです、竜也さん!!」

「絞め技からの大逆転勝利!!最高でした!!」

「いやあ、俺でも実際どうだったかわからないんだ・・・。そういや、下田はどうした?」

「なんかついさっき電話がきたみたいで・・・、あっ、来ました。」

下田がこちらに向かって歩いてきた。

「竜也、見事な勝利だった。」

そして一拍置いて、下田は言った。

「こんな時に告げるのは気が重いが・・・、セレナに来るべき時が来た。」

「・・・逝ってしまったか。」

下田は静かに頷いた、後輩達は先程までの盛り上がりがすっかり消えている。

「セレナは病室でさっきの試合の生放送を見ていた。その時に発作が来てしまってな、それでもセレナはお前を応援していた。そして試合終了のゴングが鳴ったのと同時に、セレナは亡くなったそうだ。」

「そうか・・・最後に死に際に付き添ってあげたかったが、叶わなかったな・・。」

「竜也、すぐに中日病院へ行け。」

「わかりました。」

俺はすぐに着替えて、中日病院へ向かった。










中日病院に着くと永久・桃枝・美月・大島・町田の五人がいた。

「竜也、こんな時にすまないな・・。」

「いいよ、気にしてないし。」

「セレナちゃん、最後まであんたのこと応援してたんだ。そしてあんたの勝利に喜んで、そのまま死んだ。色々恵まれなかったけど、後悔のない死に方だったよ。」

「あの子の顔を見てあげて。」

美月に言われて俺は病室に入り、ベッドの上のセレナの顔に被せられた顔かけを外した。

「・・・笑顔をしてるじゃないか。」

「はい、とてもいい笑顔です。短い人生の中であなたに会えたことを、喜んでいることでしょう。」

俺は手を合わせてセレナの冥福を祈り、顔かけをかけなおした。

「竜也さん、セレナちゃんの葬式には来るよね?」

「もちろんだ、最後まで見届けないとな・・・。」

「竜也、後は私に任せてくれ。」

俺は病室を出て中日病院を後にした。

「なあ、ドラゴン。もし違う形でセレナと出会えていたら、どうなっていたと思う?」

俺はドラゴンに言った。

『・・・さあな、もしもなんて我にもわからん。』

それから俺とドラゴンは、天国に行くセレナを見届けるように空を見上げた。








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