第10話因業の再開

 あれから数日後、俺はジムのメンバー全員と一緒に、下田に呼び出された。新たな大会の発表だ。

「一週間後に名古屋市体育館でプロの試合が行われる事になった。そしてなんと日本格闘技協会から、城ヶ崎竜也への参加が推薦された。」

「俺が・・・?」

「凄いじゃないですか、先輩!!」

「もはやこのジムのエースじゃないですか!!」

 後輩達は俺を褒めているが、要は俺は半ば強制参加することになったという事だ。またセレナの見舞いに行けなくなる・・・。ジムのトレーニングを終えると、今度は個人的な用事で下田に呼び出された。

「竜也、一週間後に向けて気合い入れているか?」

「もちろんですよ。」

「時に、セレナって娘は最近どうだ?」

「・・・はっきり言って、もうそろそろですね。」

 このところ急な発作が起こるようになったセレナ、医者からも「いつ死んでも、おかしくない。」と言われている。それでも覚悟を決めているセレナだが、死の恐怖を拭いきれておらず暗い表情をしている。下田も俺の言っている事を察し、暗い表情になった。

「そうか・・・、お見舞いに行けなくしてしまい申し訳ない。」

「気にしないでください。俺はプロの選手、因縁の相手の危篤でも試合を抜け出す訳には行きません。」

「そうだな、とにかく頑張れよ。」

 下田はそう言うと去ったので、俺も帰宅することにした。








 翌日、セレナの病室に向かっていると「来ないで!!」という悲鳴が聞こえた。俺が悲鳴のする方に向かうと、そこはセレナの病室だった。

「まさか、東吾か!!」

 俺が乱暴に病室の扉を開けると、セレナのベッドの近くに町田と見覚えのある女性がいた。俺は女性が誰か直ぐに思い出した。

「美月か・・・。」

「え?何であたしの名前を・・・、まさか竜也君!!」

 美月も俺を思い出したようだ。あの時よりは老けたが、年より相当美人であることは変わってない。

「久しぶりだな。」

「ええ、セレナの見舞いによく来てるというのは本当だったのね。」

「竜也、話してないで追い出してよ。」

 セレナが大声で言った。しかし衰弱の影響で、その直後にむせた。

「大丈夫?叫んじゃだめよ。」

「セレナ、何でお母さんに出ていってもらいたいんだ?」

「だってもう死ぬんだもん、いつ会えなくなるか解らないのが怖いの・・。」

 セレナは俯いた。ここで町田が俺に言った。

「美月さんはセレナに言いたい事があるようだ、すまないけど美月さんとここを出て、どこかで美月さんから言いたいことを聴きだしてくれないか?」

 そして町田は美月の方を見た、美月は頷いて了承した。俺も頷いて了承した。






それから俺と美月は中日病院を出て、本町通に出て数分歩き、近くのカフェに入った。それぞれ注文をすると、俺から話を切り出した。

「単刀直入に聞く、町田からセレナの入院先を知ったんだな?」

「ええ。でも町田さんのいるところを知るのには苦労したわ。」

「ん?どういうことだ。」

「私、当時鬱で動けなかったの。だからセレナが捨てられた場所を知らなかったの。

てっきり東吾が引き取ったと思っていたから、鬱が治った時の私はセレナを捨てられた怒りで煮えたぎっていたわ。」

 つまり鬱で動けないのをいいことに我が子と切り離されたという事だ。その後美月は実の両親と縁を切り、両親を告訴した。美月の両親には育児放棄と保護責任の遺棄で三年の懲役が出たそうだ。その後社会に復帰した美月は数か月貯金した金で探偵を雇い、セレナのいる養護施設・桜道を突き止めた。しかしその時セレナはすでに桜道を抜け出していたので、会えなかった。

「セレナが白血病を患った時はショックだった・・・、あの時傍にいてあげれたら、私が鬱じゃなかったら・・・、そう思ったら鬱になった自分が許せなくなった。」

「そうか、あんたは何も知らなかったんだな。」

 美月は頷いた。無知であることが不幸に繋がるのはよくある話だが、ここまで大きなものになるのはごくまれである。

「美月は俺を恨まないのか?事の発端は俺の暴力だぞ。」

「言ったでしょ、鬱だった私が許せないって。私は他人のせいにしたり、他人の行動で自分に害がでても、その他人を恨みたくないの。」

 つまり自分の悪者は作らないということ、おそらく美月の強固な職業精神によるものだ。

「そうか、俺には一生をかけても無理なことだ。」

「そんなこと無いわよ、決意すれば誰だって出来るわ。」

「俺が言うから間違いない。」

「そうかしら?もしかしたら人を傷つけたく無くなるときが、いつか来るかもしれないわ。」

 美月の目はあの時の目になっていた、真剣に自分の思い通りになる相手の可能性を信じている。その後すでに運ばれて冷めたコーヒーを飲んで、カフェを出た。







 中日病院に戻ってきた俺と美月はセレナの病室に戻ってきた、でも病室に入る直前に美月が「もう帰ります。」と言いだした。

「なぜ帰るんだ?」

「もう私はセレナに拒絶された。あの子も思春期だし、私の事を許してもらえないのは、当然の事よ。」

 すると扉が開いて、桃枝が顔を覗かせた。

「あら、どうしたの?」

「実は美月がもうセレナに会わないというんだけど、どうする?」

「ふーん、それで美月さんはどうなんだい?」

「私は会わない事にします。理由はどうあれセレナの傍にいてあげられなかった私には、母親の資格はありません・・・。」

 すると桃枝は美月の腕を突然掴んで、病室へと引っ張った。いつものお節介が始まったのだ。

「何をするんですか!!」

「あんた、勘違いしているよ。我が子の傍にいてあげられないのに罪を感じているのなら、ほんの数日・数時間・一分一秒でも長く傍にいてあげるべきだ。それとも自分は最低な親だと、死ぬまで子供に思わせるつもりかい?」

 桃枝の一喝に美月の目から涙が溢れ出た。桃枝は美月の背中を優しくさすりながら言った。

「今からでも遅くない、真摯に向き合えば愛情は蘇る。」

 そして美月は持っていたハンカチで涙を拭きとり、セレナのベッドへと向かった。

「お母さん・・・。」

「セレナ・・・、今までごめんなさい!!ずっと鬱で動けなかったけど、立ち直ってあなたの所に会いに来たの。あなたには僅かな間かもしれないけど・・・、傍にいさせてください。」

「いいよ、本当はお母さんに会えてうれしかった。」

 美月はセレナを抱いた。

「町田さん、竜也。もう行こう、しばらく二人きりにしてあげるんだ。」

「わかりました。」

 俺は病室を出た。そして町田と桃枝と別れて、平和公園へなんとなく向かった。



 平和公園に到着した俺は、自販機でいつもの缶コーヒーを買ってベンチに座った。

「どうした?いつもなら家に直ぐ向かうはずのお前が、なぜこの公園に来たんだ。」

 頭の中のドラゴンが尋ねた。

「さあな、俺にもわからない。」

「人間には自分でも解らない行動をすることがあるというが、今のお前がそういう状態なのだな。」

「ああ、そうだ。」

「そういえばセレナに襲われてから幾日たったな・・・、あの時は親の仇だと言われて攻撃されたが、今となっては自分の死を待つ不幸な境遇の身になってしまった。」

 俺は頷いた。

「でもセレナの心は変わった。憎しみや憎悪が消え、笑顔を取り戻せるほどの清らかで明るい心になった。本当に・・・、人間は面白いな。」

 ドラゴンが含みのあることを言った。

「お前はそう思うか、でも本当は人間ていうのは複雑なものだぞ。ある日いつもと変わったり、小さなことで心が強く反応したりする。そんな連中と付き合うのは難しいぞ。」

「お?お前が人について語るとは・・・。」

 俺はまたかっこうがつかないことを言ってしまった、セレナの見舞いに行きすぎたのか感傷的になったようだ。そして俺は大きく寂しい背中で帰宅した。








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