第9話愚行を極めた者

「そんな因縁があったなんて・・・。」

 俺の話を聞いた時、撫子が言った言葉だった。

「あの後、美月の計らいで俺の暴力は許されたけどな。それがなければ、俺は鑑別所送りだった。」

「でしょうね。まあ母が許してくれたから、今のあなたがいるのよ。」

 セレナが言った。

「でも竜也の気持ち、少しわかる。自分の人生は自分でもわからないのに、他人が関わってあれこれしようとすると、何か嫌な気分になるってこと。文殊と愛の家に来た頃の私がそうだったから。」

 撫子が呟いた。

「でもそれだからこそ、今の私達がある。人との関りを一概に否定できないもの。」

 撫子が続けて言った。確かに美月とは嫌な事しかなかったが、それ以外の連中には無かった。それよりも城ヶ崎夫妻や下田のような特異点と言えるものもあるから、今の俺がいるのだ。

「じゃあ、そろそろ行くね。」

「うん、またね。」

 撫子はセレナと笑いながら挨拶をすると、俺と一緒に病室を後にした。病院から出ると撫子が言った。

「そういえば、名古屋老若連合に最近顔出していないね。」

 名古屋老若連合とは大半を愛知県出身者で形成された、いわば秘密結社まがいの集団である。リーダーは大島愛知で、大島財閥の御曹司。俺は高校二年生の時にグループを見学しに来たことがあり、その時に大島にスカウトされた。そんな金持ちの道楽に付き合ってられない俺は、スカウトを突っぱねた。

「だから言ってるだろ、俺はあそこに入るつもりは無い。」

「でも時々、文殊と愛の家に来てるじゃない。」

「あれはただの人助け。全く、金持ちが善人気取りしてるだけだ。」

「でも大島さんは本当にあなたに来てほしいそうよ、あなたが入れば百人力だって言っていたわ。」

「俺を買い被りすぎなんだよ・・・。」

 そう言って俺はため息をついた。そしてその後、俺は撫子と栄駅で別れてアパートへ帰宅した。








 それから三日間の間、セレナは確実に病弱した。毛は抜け落ちて、頭はポニーテールからニット帽に変わった。そして死への近づきを感じ、笑みを浮かべなくなった。そんなある日、俺は永久と偶然会った大島と一緒にセレナの見舞いに来た。

「それにしても城ヶ崎君に因縁の相手がいたとはね。しかもその娘に二度も襲われるとは、事実は小説よりも奇なりというのは本当にあったんだね。」

「はあ・・・、何でよりによってお前がいるんだよ。」

「まあいいじゃないか、見舞いは賑やかなほうがいいって。」

 永久はふざけながら言った、本当はお人好しで人の頼みを断れないくせに・・・。俺と大島と永久が病院の中へ入ると、病院の中がいつもと違ってざわざわしていた。

「なんかあったのかな?」

「これは・・・。竜也、大島と一緒にセレナの病室に向かってくれ。」

「親父、どうしたんだよ?」

「どうも私の力が必要な事態だ!」

 そう言って永久は病院の奥に行ってしまった。そして俺は大島をセレナの病室へ案内した。

「セレナ、調子はどうだ。」

「今日はいい感じよ。」

 そう言うセレナの声は小さい。

「あれ、この人は誰?」

「私は大島愛知、竜也の知り合いだ。」

「おい、知り合いじゃねえよ!」

「ハハハ、完全に知り合いじゃん!」

 それから大島は愛知老若連合の事をセレナに話した、セレナは大島の言葉に興味深々だ。

「凄い、まるで謎の組織みたい!私ももし、白血病が治ったら入会していいかな?」

「いいよ、その時は歓迎する。」

 俺は一人取り残され、ため息をついた。すると永久が重苦しい表情で病室に入ってきた。

「どうしたんだよ、親父?」

「セレナ、君のお父さんの名前は上原東吾だったな?」

「はい、一体どうしたの?」

「東吾がこの病院を訴えた。」

 俺とセレナと大島は絶句した。

「それって、裁判をやるぞという事か?」

「何でそんなことに?」

「私が看護師に尋ねたところ、院長室に案内されて院長から事情を聴いた。セレナの親族に白血病の事を伝えようと、病院は親族に何度も電話したらしい。そしたら『俺の娘が白血病だと、病院側が嘘の診断をした。』と東吾は怒って、訴えてきたということだ。」

 実に馬鹿馬鹿しい、俺は始めてそんな人間がいる事を知った。

「もう・・・本当にアホなんだから。」

 セレナは自らを捨てた父に対し、冷ややかに呆れた。







 その後親父から聞いた話。親父は医院長と一緒に東吾と話し合うために、中日病院に来た。しばらくして東吾と付き添いの弁護士が、院長室に来た。

「上原東吾さんですね?私が今回、中日病院を弁護する城ヶ崎永久です。」

「あ?意外とお人好しそうじゃねえか・・・。大したこと無さそうだぜ。」

 付き添いの弁護士が東吾をたしなめた、親父はその言動からしてこの一件に乗り気では無い事を悟った。そして親父の予想通り、話し合いは直ぐに終わった。中日病院側の行動は正当が認められ、上原東吾は不正に告訴したとして、刑法172条の虚偽告訴罪で逆に訴えられた。

「はあ!?何で俺が訴えられるんだよ!!俺はただ、セレナの事を忘れていたかっただけなのに、お前らが思い出させたからだろうが!!」

 東吾は喚きながら動機を言った。そしてドスドスと歩きながら、乱暴に院長室のドアを開けて去っていった。そして取り残された弁護士は、「依頼者がご迷惑をかけて申し訳ございません。」と頭を下げた。

「いいですよ、こういうのは慣れているので。」

「凄いですね、実を言うと負ける事は解っていたのですが依頼者の剣幕に圧されて、断りきれませんでした・・・。」

 親父はその弁護士が気の毒になったそうだ。








 そしてその頃俺は、セレナを乗せた車椅子を押して病院の売店に向かっていた。すると不機嫌な感じで歩く東吾に出くわした。

「あ、お父さん・・・。」

「あ!!セレナ!!」

 セレナは表情が硬直し、男は驚いた声を出した。俺も思い出した、冷徹で厳格な印象の男だったが、どうやら数年で性格が変わったようだ。

「白血病が再発したと聞いたが、かなり進行しているようだ。こりゃ死ぬのも時間の問題だな。」

 東吾は父親らしくない事を言った、親子の情は微塵も残ってない。

「ほお、どうやらこの男には愛情が無いらしい。まるでお前の様だ。」

 ドラゴンが一言余計な事を言った。

「何よ今更・・・。」

「はん、別にどうでもいいだろ。じゃあな。」

 俺はセレナの父親の言動に、何故か無性に腹が立った。そして車椅子から手を離して、セレナの父親に立ちはだかった。

「何だお前は?」

「俺は竜也だ、俺の事を覚えているだろう?」

「美月を投げた男だろ。・・・まさかお前!?」

 東吾は俺の事を思い出したようだ、俺は東吾に凄みながら言った。

「美月に怪我をさせてしまった事は完全に俺が悪い。だがな、お前がセレナを引き取らずに見捨てたせいで、俺はセレナに命を狙われ二回も襲われた。お前からすれば自業自得の話だろうがな、俺とセレナにとっては問題だ。お前には落とし前をつけてもらう必要がある。」

 東吾からそれまでの横柄な態度は消え失せ、猛獣を目の前にしたかのようにビビりだした。

「お、お前は、プロの格闘家だろ?俺を殴ったら、選手生命が危うくなるぞ!」

「俺の業績を知っているようだな、だから俺は喧嘩をしないが啖呵はする。おまえのようなクズは、我が子の前に現れる資格は無い!!」

 俺は東吾から視線を外すと、セレナの車椅子を押して病室に向かった。東吾は俺の啖呵がよほど効いたのか、青い顔で立ち尽くしていた。

「竜也、さっきはありがとう・・・。私の思いを、そのままあいつにぶちまけてくれて。」

「そんなつもりは無い、ただムカついただけだ。」

「それにしても完全にクズになっていたわね・・、前は優しいところもあったのに。」

 セレナは俯いた、おそらく両親と慎ましく暮らしていた時を思い出したのだろう。両親の子供に対する蛮行は、子供にとっては最低だ。親だからって、我がままや自分の負の感情を子供にぶつけるのは、素手で殴る事と同じなのだ。俺はセレナの気持ちを思い浮かべながら、セレナを乗せた車椅子と一緒にエレベーターに乗った。


 











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