第7話病室に集う愛

 大会で優勝した俺は、翌日自宅で寝ていた。これは特に病気になったという訳ではない、ドラゴンの力による代償を受けているのだ。代償は一日物凄い倦怠感に襲われるというもの。頑張れば日常の動きは出来るが、激しい運動や外出する気力は無くなってしまう。

「あー、きついなあ・・・。」

「でも優勝できたじゃないか。元々、それを承知の上で使ったのだろう?」

「そうだけど・・・、やっぱりこの疲れは普通じゃないぜ。」

「まあな、でもこれまで何度も経験しているだろ。」

「はあ・・・、それでも慣れないものがあるんだよ。」

 俺はドラゴンに文句を言いながら布団に潜り込んだ。




 それから丸一日寝た俺は、力の代償から解放された。そしていつも通りジムに行った。すると後輩達がやってきた。

「あ、城ヶ崎先輩。決勝戦は素晴らしかったです。」

「そんなに良かったのか?」

「だって、肩固めかを抜け出してそこからTKO勝ちなんて、私には絶対無理です。もはや神業ですよ。」

「そういえば昨日の優勝祝いの打ち上げには来なかったそうですけど、一体何があったんですか?」

「そうですよ、皆で久しぶりに焼き肉を食べていたのに。」

 後輩達の質問に俺は睨みながら答えた。

「どう過ごそうと俺の勝手だろ、そんなみっともない質問は止めろ。」

 後輩たちは何も言い返さずに、「すみません・・・。」とへこみながら言った。そこへ下田がやってきた。

「みんな、前回の優勝は素晴らしかった。だがここで気を緩めてはいかん、次の大会に向けて練習に励むように。」

 下田の低い声が、俺や後輩達の気持ちを引き締める。

「今日は一つだけ言うことがある、竜也が家の事情でいつもより一時間早く帰ることになった。」

 俺は首を傾げた、セレナの見舞いには毎日行っているがジムを早退したことは無い。俺はトレーニング前、下田に尋ねた。

「どうして俺が早退することになっているのですか?」

「ああ、説明を忘れていたな。お前、毎日お見舞いに行っているだろ?セレナって娘の。」

「・・・親父から聞いたのか?」

 下田は頷いた。実は俺がこのジムに入会したのも、永久の紹介によるものだ。永久の良い所は顔が広いだが、俺の事情を知り合いに言うのは勘弁してほしい。

「お前に病院まで付き添ってもらいたいそうだ。」

「それは親父がか?」

「いいや。何でも文殊と愛の家の子供達が、セレナのために千羽鶴を作ったんだ。それを病室に届ける者の付き添いをしてもらいたいんだ。切り上げたらいつもの駅で待っていてほしい。」

「そんなの、町田に任せればいいのに。」

「町田は昨日、急用で東京へ帰ったそうだ。」

 それで俺に白羽の矢が立ったという事か。

「それにしても、世の中不思議だな。お前が十三の時にある女性を背負い投げしたことは知っていたが、セレナがその女性の娘さんだとはなあ・・・。」

 下田のこえが優しくなった。普段の指導が嵐のように厳しい下田も、永久と同じで人情に弱い。

「分かりました、言う通りにします。」

「ああ、さっさと始めろ。」

 下田の声色が元に戻った、俺はトレーニングルームへと向かった。




 その後俺はジムを一時間早く切り上げ、栄駅で待っていた。

「竜也さん、久しぶりです。」

「撫子・・・。」

 てっきり文殊組の中学生全員がくると思っていたが、来たのは大林撫子だった。背中にはリュックサックを背負っている。

「セレナの事、桃枝から聞いたよ。急にいなくなって気になっていたけど、白血病で入院していたなんて・・・。」

「まあ、可哀想な奴だな。」

「あたし、セレナと話がしてみたかったんだ。私も親の勝手で捨てられて、文殊と愛の家に来たんだ。だからあの時はセレナに怒ったけど、私と同じで寂しい子供という気がするんだ。だから桃枝に頼んで、千羽鶴を届ける役を買ったんだ。」

 事実、撫子の文殊と愛の家に来る前の生活は酷かった。父親を交通事故で亡くしたことで母親が酒に走りアル中になった、そのため家事は撫子がほとんどを毎日やった。更に母親は当時キャバクラで働いていたが、そこで会った男と恋仲になって、その勢いで最低限の荷物を持って男と失踪した。撫子はその日家の玄関前で号泣していた所を、警察に保護され文殊と愛の家に来たということだ。

「そうか、あいつも女性の相手がいた方が気も癒されるだろう。」

「そうだね。」

 そして俺と撫子は中日病院へ向かった。エレベーターに乗ってセレナの病室に入ると、セレナは一人でマンガを読んでいた。

「よお、来たぜ。」

「ああ、竜也。それと・・・誰?」

「撫子よ、あの時あんたを取り押さえた。」

「ああ、あの時邪魔した女ね。」

「その言い方は失礼じゃない?」

 撫子が笑いながら凄むと、セレナはビビッて持っていたマンガを落とした。

「まあ落ち着け、セレナに渡すものがあるんじゃなかったか?」

「そうだったね、みんながセレナのために作ったよ。」

 撫子は背負っていたリュックサックから、千羽鶴を取り出した。様々な色の小さな折り紙で折られた折り鶴が、虹を束ねたような棒に見える。

「これって千羽鶴・・・、私のために作ってくれたの?」

「うん、文殊と愛の家の子供達全員で。私も少し手伝ったわ。」

 セレナは静かにため息をつくと、一粒の涙をこぼした。

「どうしたの、セレナ?」

「親に捨てられ、竜也への敵討ちも諦め、このまま死を待つしかない私にも、愛情を向けてくれる人はいるんだね・・・。」

 その言葉を聞いた俺は、十三歳時の自分の愚かさに気付いた。あの時の美月も、俺への愛情を込めて俺にあの事を言ったのに、俺は自分の意志のために、美月の心ごとその愛情を破壊したのだ。

「そうだ。たとえ自分は拒んだとしても、本気で愛している人は愛情を向けてくれる人はいるんだ。」

「セレナ、実はあたしも家族に捨てられたんだ。」

 撫子が口を開いた。

「え、あなたもなの?」

「私は父を事故で亡くしたの、それで母が壊れて飲んだくれになった。しかもそのまま謎の男と一緒に、置手紙もお金も残さずにそのまま消えた。私は玄関前で待っていた所を、警察に保護され文殊と愛の家に来た。最初の内は愛などこの世には無いもので、みんな一人一人が敵なんだと思い込んでいた。それでグレて夜中に暴れて、桃子さんに多大な迷惑をかけた。それである時桃枝さんに言われたの、『私はあなたを見捨てない。時に叱るけど、あなたを見守り続ける。そういう優しい人があなたのすぐ近くに居ることを忘れないで。』とね。それで私は前を向けた。だからセレナも、近くにいる人を大切にしてね。」

 撫子の言葉にセレナは頷いた。

「みんなで作ったんだね、これ。凄いなあ・・・。」

 千羽鶴を見て感心しているセレナに、撫子が尋ねた。

「そういえばセレナは竜也のせいで不幸になったとか言っていたけど、何があったの?」

「うーん、あの時の私は三歳だったからあまり覚えてないの。竜也の方がよく知っているから、教えてもらったら?」

 セレナはとんでもないことを言い出した。確かに撫子が文殊と愛の家に来たのは十七歳の時だから、撫子があの時の事を知らないのは無理は無い。でも俺に振ったとはいえ、撫子という他人に自分の辛い過去の序章を話すことを許すは驚きだ。

「セレナはいいのか?」

「いいよ、もう私にはどうでもいい事だし。入院中によくよく考えていたら、最初から前向きでいれたら私は苦しまずに済んだって思ったんだ。」

 セレナの表情は優しかった、過去に悔やむ気持ちは全くもないようだ。

「・・・わかった。俺にとってもあんまりいい思い出ではないが、忘れられない過去でもあるな。話すよ。」

 俺は決心した。俺の少年時代に起きた最も因縁の深い、大人との戦い。それは自分のプライドを貫くために、ドラゴンの力を持ってして挑んだ大戦である。その一部始終を、今ここで明かそう・・・。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る