第6話死の宣告と寄り添う心
応急処置によりセレナは一命を取り留めた、しかしその後すぐにセレナは死の宣告を受けた。セレナが患った白血病は急性リンパ性白血病(A・L・L)というもので、再発したら治癒する可能性はゼロに近い。つまり死ぬまでずっと背負わなければならないのだ。
「再発・・・。そうか、私はもう助からないんだ。ハハ・・・ハハハハハ!」
このセリフは死の宣告を受けた直後に入院室のセレナの口から出たものだ。顔では笑っているが、心の中では絶望に打ちひしがれて泣いている。
「セレナ・・・、大丈夫か?」
「何で再発したの?もしかして、復讐を果たせなかった報いなの?私が勝手に桜道を抜け出した罰が当たったの?」
セレナは俺に尋ねた、しかし俺はその答えを出すことはできない。
「セレナ、悲しいけどこれが運命だ。こうなった以上、前向きでいるしかない。」
町田が優しく言った、それはこの場で最適な言葉だった。絶対的な絶望に打ちひしがれた人にとっては、他人からの希望の言葉は不快な気休めに過ぎない。
「・・・・・でも大人どころか高校生になれずに死ぬなんて、悲しすぎるよ。」
その言葉に永久と桃枝が泣いた、この夫婦はこの世で最も不幸な子供を見たのだ。
「セレナ。こんな俺が言うのもなんだけど、セレナが白血病を再発したのは逆に幸運じゃないか?」
「え・・・?」
「ちょっとあんた、何言っているのよ!!」
桃枝が俺に怒鳴ったが、俺は構わずに喋った。
「確かに死を受け入れるのは誰だってつらい。だけどそれだから絶望したり、無理に明るくなる必要なんてないんじゃないか?死ぬということは辛い過去も誰かを殺したい気持ちも消えてしまうからから、そういう面ではむしろ幸運なことだろ。」
「竜也・・・。」
永久と桃枝が俺を見て呟くと、セレナは静かに口を開いた。
「そうだよね・・・。少しでも明るくしようと心を使うより、受け入れて身を任せるほうがいいよね。」
「セレナ・・・。」
「私、今まで運命に立ち向かいながら生きてきた。けど何度やっても勝てなくて、ついには死ぬことになった・・・。なんなら最後は運命に任せてみるのもいいかな。」
セレナは俺に微笑んだ、その顔にはもう絶望は無い。セレナは自ら絶望を取り込んでなくしたのだ。それから俺と桃枝と永久と町田は、静かに病院から立ち去った。
翌日、俺は荷物をもってアパートに戻ってきた。セレナが入院することになったのも理由の一つだが、町田が「セレナの最期を見届けたい。」ということで、町田がしばらくの間文殊と愛の家に住み込むことになったからだ。俺のいつもの生活が戻ってきた、ただ一つ変わったのはジムが終わったら中日病院へセレナの顔を見に行くようになったということだ。
「お前、今日も行くのか?」
「ああ、そうだ。」
ドラゴンが俺に話しかけた、するとこんなことを言った。
「お前、セレナの事が気になっているようだな。」
「・・・まあな。」
痛いことを言われた。幼少期に恋をしていなかったせいで、十歳も年の離れた女性に俺の心は惹かれている。俺が中日病院のセレナの病室につくと、町田と一緒に百瀬の姿があった。
「あっ、百瀬さん。」
「竜也、やっぱり来たな。」
「親父から聞いたのか?」
「ああ、こないだ飲みに行った時にな。まさかお前の因縁の相手が白血病だったとはなあ・・・。」
百瀬はセレナを見ながらつぶやいた。
「今日は三人も来て賑やかだね、いつもは交互に一人ずつだから。」
いつもなら午前は町田、午後は俺がセレナの看病に来ている。
「そうだね、体調はどうだい?」
百瀬がセレナに尋ねた。
「大丈夫、白血病の治療は二度目だから。まあ、死んじゃうんだけどね。」
セレナは静かに答えた。
「そんなこと言わずに、前向きに・・・。」
百瀬が言いきるまえに、俺は百瀬の肩に手を置いた。
「百瀬さん、セレナは運命を受け入れる決断をした。無理に抗う事を言わないでくれないか。」
「・・・わかった。セレナ、お前は大した少女だ。」
「そんな事無いよ・・・。」
セレナは謙遜した。
「なあ、何か欲しいものはないか?」
「ううん、大丈夫。見舞いに来てくれることが嬉しいんだ。」
その一言に俺と百瀬と町田は、グッと心に来るものを感じた。そしてその後は他愛のない雑談をして、俺が病室に来てから四十分後に俺と百瀬と町田はセレナの病室を後にした。病院の出入り口に向かう途中、俺は町田に尋ねた。
「なあ、今までセレナの家族の誰かが見舞いに来たことあるのか?」
「いいや、誰一人来ていない。」
「そうか・・・。」
「全く可哀想な事だよ。実はセレナが入院する事になった時に、町田さんはセレナの家族の連絡先を病院に教えたんだ。それで病院はセレナの父親と母の実家に連絡したけど、両方とも『もう関係ない事だ。』と病院に来ることを拒否したんだ。娘が死ぬかもしれないという時に、なんて両親なんだ!」
百瀬はセレナの両親に対して憤慨した。
「あれ?どうして町田は、セレナの家族の連絡先を知っていたんだ?」
「一応、預かる子供の両親が生きている時は連絡先を教えてもらうようにしています。最初にセレナが白血病になった時も連絡しましたが、結局見舞いには家族の誰一人として来ませんでした。」
「始めから捨てるつもりだったんだな。」
「酷い話だ。」
俺も百瀬もそれ以上何も言わず、中日病院を出るとそれぞれの帰路を歩いて行った。
その翌日、名古屋体育館で大会の決勝戦が行われた。
「赤コーナー、名古屋の巨竜・タイラント城ケ崎ーーーっ!!」
俺はリングに上がった、歓声が四方から俺に向かって来る。
「青コーナ、静岡の巨人・水島ギガントーーーっ!!」
スキンヘッドの男がリングに上がった。背丈は俺より少し低いが、中学時代から大会でかなりの高成績を残してきた実力者だ。
「竜也、相手は強いぞ。油断するな!!」
下田の喝が入る、そして俺と水島は向かい合う。そしてゴングが鳴った、その瞬間水島のジャブが飛んだ。しかし俺はこの程度では揺らがない。直ぐに俺は水島を倒してアンクル・ホールドを決めた。そこから更に俺はマウントポジションになって、容赦ないグラウンドパンチを放った。俺はここで一旦離れたが、水島はまだ立ち上がってきた。そして俺にサッカーボールキックを決めた。俺はその衝撃で、体がネットにぶつかった。そして俺がよろめいた隙に水島は俺の上に乗って、肩固めを決めた。
「竜也、大丈夫か!!」
水島の剛腕が俺を締め付ける。しかし俺は負けられない・・・。
「竜也、あれをやるか?」
ドラゴンの声が聞こえた、俺にはここぞという時にしか使わないドラゴンの力がある。使えば大型トラックですら持ち上げられるパワーだが、その分代償もある。俺はドラゴンの力を解放し、水島の肩固めを破った。水島は仰向けに倒れる。
「おお、来たぞ!!これは勝てる!!」
下田は歓声を上げた。俺の体はパワーに溢れ、顔は殺気を帯びている。水島は起き上がってファイティングポーズをとったが、俺を見ている顔は恐怖を感じている。俺は水島に先制のスーパーマンパンチを決めた、再び水島が倒れる。更に間髪を入れずマウントポジションを取り、袖車絞めを決めた。レフェリーからサブミッションが入った、そして俺の勝利が宣言された。
「決まった――!!優勝はやはりタイラント城ケ崎だ!!」
ゴングの音と共に歓声が体育館に響き渡った、俺は達成感で無口になっていた。
「竜也、よくやった!!優勝だ!!」
「竜也先輩、最高です!!」
下田と後輩達の歓声がリングの下から聞こえた、そして俺は優勝と疲弊を抱えてリングを下りた。
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